父の元に向かう

 数日後。




 曹昂は朱霊、于禁、許褚、蔡邕を含む一軍を率いて、乗氏県に辿り着いた。


 県の城の外に辿り着くと、文武百官が並んで待っていた。


 先触れを出していたが、百官達が並んで待っている事に、曹昂は戦から帰って来た事を労う為に父が並ばせたのか?と思いながら見ていた。


 居並んでいる百官達の列の間から、曹操の姿が見えた。


 それを見るなり、曹昂は馬から降りて一礼する。


「父上。曹昂。ただいま戻りました」


「うむ。よくぞ帰って来たな」


 曹昂が帰還した事を告げると、曹操は上機嫌で曹昂の肩を叩いた。


 曹操が肩を叩かれると、痛いと思うよりも申し訳ない顔をしていた。


「どうした? 元気が無い様だが?」


「……父上」


 曹昂はその場で膝をついて、頭を下げた。


 突然、息子が頭を下げたのを見て曹操は驚き、居並んでいる百官達も何事かと話し出した。


「どうした。息子よ?」


「此度の徐州征伐を成せなかったのは、ひとえに我が身の不才故にございます。あれだけ大口を叩いたと言うのに、徐州を得る事が出来ませんでした。御爺様と一族の皆様の仇を取る事が叶いませんでした」


 曹昂は慙愧の念を込めて言う。


 それを聞いた曹操は「いや、逆に十分力になっているのだがな」と思った。


 元々、徐州を取る事が出来なかった原因は張邈が反乱を起こしたからであったが、その反乱も曹昂の献策に従って濮陽に曹操が居た事で事なきを得た。加えて、曹昂が作った『飛鳳』のお蔭で蝗害の被害をかなり抑える事が出来たのだ。


(もう十分な成果を上げていると言うのに、こやつは何故謝っているのだろう?)


 曹操からしたら、曹昂が頭を下げる理由が分からず困惑していた。


 側で話を聞いていた荀彧は、そっと曹操に耳打ちした。


「我が君。どうも若君は徐州を得る事が出来なかった事が、悔しいのだと思います」


 曹昂の話を聞いて、荀彧はそう判断した。


「得る事が出来なかったと言っても、原因は兗州と豫州のごたごたで帰還するしかなかっただけなのだし、こやつが謝る事ではないであろう」


「しかし、今回の遠征は殿の代理として出征した事になります。それが果たせなかったという事で、我が君の顔に泥を塗ったと思い、若君は謝っているのですよ」


 荀彧が曹昂が謝罪している理由を聞いて、曹操はようやく頭を下げる理由が分かり頷いた。


「荀彧。この場合、どうしたら良い?」


「此処は無難な事を言い、許すのが良いでしょう」


 荀彧に意見を求めて、意見を聞いた曹操はその通りにする事にした。


「……おほん、息子よ。勝敗は兵家の常だ。勝つ事もあれば負ける事もある。故に今回の事は教訓とし、次に生かすが良い」


「……はいっ」


 曹操が次に生かすようにと言うのを聞いて、曹昂は安堵の息を漏らした。


(良かった。あの兵器の事で何か言われるのかと思ったけど、許してくれた様だ)


 てっきり、もっと早く飛火鳥の存在を知っていれば蝗害に対処できたとか、父にまで秘密にするとは何事か、等と叱責されるのかと思っていた曹昂。


 安堵の息を漏らしつつ、曹操と共に城内に入って行った。






 城内に入り、曹操達は城の大広間にて今後の事を話し合う事となった。


 曹操が上座に座ると、曹昂を含めた皆は列を作り並んでいた。


「既に報告は聞いているかも知れんが、陳留の張邈が裏切り呂布と共に私に反逆して来た」


 そんな事は、この場に居る面々には周知の事実だが、確認と、話を進ませる為の振りであった。


「その反乱により重臣の李乾が戦死したが、呂布の撃退は成功した。だが、追撃しようにも我等も蝗害により何とか食っていける状態だ。皆に訊こう。これからどうするべきであろうか?」


 曹操が意見を求めると聞いて、荀彧が前に出た。


「我が君。私が思いますに、此処は戦を仕掛けるよりも国を豊かにするのが先決でしょう。でなければ、兵糧を調達するのもままならなくなります」


「うむ。確かに、その通りだ。しかし、呂布が仕掛けてきた時はどうする?」


「その時は迎撃をするだけで宜しいでしょう。しかし、これからの季節は夏でございます。日差しが強くなる季節です。加えて、呂布達が居る陳留も蝗害の被害が出ています。自分達の食料を得るのもやっとの状態で戦を仕掛ける事は無いでしょう」


 荀彧の分析を聞いて、皆頷きながら確かにと呟いていた。


「分からんぞ。あの呂布の事だ。食糧など敵から奪うという考えで戦をするかも知れんぞ」


「飢えた兵など何の役に立ちましょう。一戦したら逃げ散りますぞ」


「確かにな」


 曹操も言っていて、それは無いなと思い笑った。


「では、戦をするとしたら秋からと考えた方が良いのか?」


「はい。そうなります」


 荀彧が頷くのを見て、曹操は次に程立を見る。


「程立はどう見る?」


「私も荀彧殿と同意見です。今は蝗害で失った国力の回復に努めるべきです」


「成程。郭嘉はどうだ?」


「私も同意見です」


 郭嘉も荀彧と同じだと聞いて、曹操は曹昂を見た。


「息子よ。お前はどう思う?」


「父上。私の様な若輩者の意見など聞かずとも良いでしょう」


「この場に居る者達で、お主を若輩者と思う者など一人もおらん。良いから、早く意見を言うのだ」


「私も文若先生の意見と同意見です。仮に呂布が攻め込んできたとしても、飛火鳥を使い撃退すればよいでしょう」


「飛火鳥。ああ、お前は知らぬか。あれらは『飛鳳』と名付けたぞ」


「そうでしたか。では、敵が領内に攻め込んで来た時に、城壁から放つだけでも、十分に脅威です。飢えた状態でその様な脅威に晒さられれば、敵は逃げ出すでしょう」


「ふむ。悪くないな良し。では、詳しい話は荀彧達と話し合って決めるとしよう。後は他に何か伝えるべき事はあるか?」


 曹操は話も終わりなので、最後に何かあるかと思い皆に訊ねた。


「僕から父上に御願いがあります」


 曹昂が前に出た。


「何かあるのか? 昂」


「はい。徐州攻略時に助力してくれた者を太守に推薦したいのですが」


「ほぅ、誰だ?」


「徐州琅邪国の開陽に居る臧覇という者です。この者を琅邪国太守に推挙して貰えないでしょうか?」


「別に構わん。後で朝廷に奏上しよう。それで終わりか?」


「あと一人おります」


 曹昂は、居並んでいる者達の一番最後に並んでいる許褚を手招きした。


 手招きされた許褚は曹昂の背後に来ると、その場で跪いた。


「この者は許褚。字を仲康と言いまして、豫洲の賊を鎮圧する時に出会いました。この者を推挙したいと思います」


「ほぅ、どんな者なのだ?」


 曹昂が推挙すると聞いて、曹操と居並んでいる者達の視線は許褚に注がれた。


「この者はかなりの剛の者で、父上が信頼する典韋殿に勝るとも劣らない剛勇を持っております」


「ほぅっ、これはまた大きく出たな」


 曹昂が典韋の名を挙げたので、曹操は傍で侍立している典韋を見た。


「この悪来に勝るとも劣らない剛勇を持っているか。どうだ、悪来。試してみぬか?」


 曹操がそう訊ねてきたので、典韋は許褚を見た。


 ちなみに、この悪来とは曹操が典韋に付けた渾名であって字ではない。


 渾名の由来は典韋の怪力ぶりを見た曹操が殷(商とも言う)の紂王の家臣で剛力無双で名を馳せた悪来という者の再来だと言った事で、悪来と呼ばれる様になった。


「殿のご命令とあれば」


 典韋の方も曹昂が自分に優るとも劣らない剛勇の士を連れてきたと聞いて、その腕前がどれ程のものか気になり、試したい気持ちであった。


 そんな典韋の気持ちを察してか、曹操は面白そうに顔を緩ませる。


「良し。では、どれ程の腕前か見せてもらおうか」


 曹操も息子が推挙する者がどれ程の武勇を持っているのか気になり見てみたくなった。


 そして、曹操達は練兵場に場所を移して、典韋と許褚との一騎打ちを見る事となった。

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