当惑

 翌日。


 捕縛した何儀を即処刑し、軍を再編成した曹昂は陳国の陳県へと出発した。


 陳県は本来であれば陳国の郡治を行う県ではあるのだが、曹昂が潁川郡と一緒に治めている事で、その機能は果たしてはいないが、潁川郡から近いので、其処で許褚が来るのを待つ事にしていた曹昂。




 六日後。


 


 曹昂達は陳県が見える所まで辿り着いた。


 後は期日まで待つだけであったのだが、既に城外には『許』の字が書かれた旗が掲げた一団が居た。


 曹昂達が居る所からでは、距離があるので一団がどれだけ居るのかは分からないが、少なくとも千人近くは居るのは分かった。


 曹昂は自分達よりも早く来た事に驚いていた。


 そんな中で『許』の旗を掲げた一団から数騎出て、曹昂達の元に駆けてきた。


 その中の一騎に許褚の姿があった。


 許褚達は曹昂軍の元まで来ると、其処から馬から降りて曹昂の元までやって来た。


「お約束通り、許褚仲康。参りました」


「ご苦労様。随分と早く着いたようだけど、何かしたの?」


 まさか、自分達よりも早く着くとは予想もしなかった曹昂。其処の所が気になり訊ねた。


「どうと言う事はありません。故郷に戻るなり州牧様にお仕えする事を家族に話し、それで方々に居る知人に声を掛けた後、付いて行く者達を連れて駆けただけの事です」


 許褚は何の事も無いと言いたげに教えてくれたが、曹昂はそれでも早過ぎると思う。


 そして、ふと許褚の服を見ると、以前見た時と同じ服であった。


 背中に剣を差しているが、鎧も纏っていないので、曹昂は不思議に思い訊ねた。


「甲冑は纏っていない様だが、数日前に渡した恩賞はどうしたのかな?」


 許褚に渡した袋の中には、大粒の金が大量に入っていた。


 出先で金が必要になった際と何者かに追われる様になった際ばら撒いて逃げる為に入れていた。


 あれだけあれば、甲冑を買いそれなりの数の兵を引きつれるぐらいは出来るだろうと思ったのだが、許褚はすんなりと事情を話した。


「実家に生活の足しに残しました。少しばかり金を置き、残りは知人とついて来る者達の武具を用立てる為に使いました」


 許褚の恩賞の使い道を聞いて、曹昂達は目を丸くした。


 軍を募る際、まずは自分の武具を調達して、残った金で募った兵の武具を用意する。許褚の場合は自前の剣を持っているとは言え、甲冑を用意するべきだ。


 それなのに、人の物を用立てた許褚の要領の悪さに曹昂はふっと笑みを浮かべた。


「普通は自分の物を用立てるのが先だろうに。おかしな事をするね」


「はぁ、何分、知人が多いので。その者達に渡すのにかなり使いましたので」


「君はどうやら人が良い様だな。ははは」


 史実通りに誠実だが頭の回転は鈍いのだと思い曹昂は笑う。


 曹昂が笑うのを見て、許褚は揶揄われていると思い顔を赤くした。


 そして、曹昂は許褚と共に陳県へ入城した。


(飛ばない豚はただの豚だと、あのアニメの主人公は言っていたけど、フットワークが軽い動けるデブは何なのだろうな?)


 許褚があまりに早く来るので曹昂は思わずそう思ったが、意味ない事だと内心で笑った。


 その後期日までその県に居たが、許褚の知人達が続々と入城して来た。


 期日が終わり、数えてみるとその数三千人にも及んでいた。


 風貌から明らかに農民ではなく、浪人、侠客と言った者達が居たが、許褚の知人という事で曹昂は問題なく登用した。


 後に、この者達と典韋の部下達が中心となって曹操の護衛を務める近衛兵団『虎士』が組織された。




 許褚を加えた曹昂軍は陳県を出立し、本拠にしている潁川郡許県へと向かった。


 数日掛けて、許県に辿り着くと城外には文武百官が列を作り、曹昂の帰りを待っていた。


 その列の中を進む曹昂。列の終わりには蔡邕が居た。


「御無事の帰還。真に祝着至極にございます」


「先生も僕達が居ない中で、良くぞこの城を守って下さいました。感謝します」


 曹昂が帰って来た事を喜ぶ蔡邕。


 黄巾賊の暴虐は汝南郡だけではなく、潁川郡にも及んでいると聞いていたが、許県の城壁を見た限りでは、その影響は受けていないと判断する曹昂。


「はい。黄巾賊はどうやら主に汝南郡で暴れているようでして、こちらの郡の被害はそれ程ありません」


「そうか。まぁ、詳しい話は城の中で聞きましょうか」


 曹昂は蔡邕と共に城内へ入って行った。


 城内に入った曹昂は内城に入ると、軍を解散させて着替えもせずに広間に向かう。既に蔡邕がその部屋に居り、上座に曹昂が座ると蔡邕は今まで受けていた報告を曹昂に話した。


「……以上で報告するべき事は終わりです」


「そうか。張邈さんが裏切って、領内に呂布を引き入れたけど、父上が撃退したところで蝗害が起きたのか」


 報告を聞き終えた曹昂は難しい顔をしていた。


「蝗害の被害が大きい郡は東郡が多いのかな?」


「はい。東郡の殆どの県は被害を受けています。次に済北国と東平国の二つの郡は被害が同じ位だそうです。泰山郡は一部です。後、陳留郡の半分が被害を受けているとの事です。殿は濮陽から済陰郡乗氏県に移り、被害が大きい所へ援助を行っているようです」


「むぅ、これはまた……」


 思ったよりも被害が大きいなと小さく呟く曹昂。


 曹昂の予想では東郡内だけで抑えるつもりであったのだが、済北国、東平国、泰山郡、陳留郡にまで被害が及ぶのは想定外であった。


(うぅむ。あの飛火鳥の火力でも無理があったか。だとしたら、また蝗害が起きて必要になった時は、もっと大きなハリボテが必要になるな。金はあっても、其処までハリボテを用立てれるかな?)


 思ったよりも被害が大きい事に曹昂は飛火鳥を改良すべきかと考えていた。


 考えている曹昂を、黙って見ている蔡邕は感心していた。


(まさか、あの兵器のお蔭で此処まで被害を抑える事が出来るとは)


 曹昂からしたら被害が大きいと思っているが、蔡邕は違った。


 天災の一つに数えられている蝗害を州全土で見たら、かなり抑えられている方だと思っていた。


 古の時代よりその被害は歴史書に書かれていた。その歴史書にはその大規模な農被害が、どれほど酷いのかありありと書かれていた。


 蔡邕も目を通した事があるが、その内容を思い出すだけでもおぞましいと思った。


 だが、今回の蝗害は被害は大きいが、歴史書に書かれていた被害に比べると抑えられている方であった。


 暮らしている者達は離散しているそうだが、この時代では流民になっている者達も居るので、荒れ果てた土地を開墾させる方法もある。


 もしくは、陳留郡を平定したら戻って来る可能性もあった。


 なので、蔡邕はあまり深刻に考えていない。


「……陳留の動きはどうなっているのでしょうか?」


「私の方には詳しくは伝わっておりませんが、蝗害と戦に敗れた対策で奔走していると聞いております」


「成程。じゃあ、暫くは戦は起こらないと考えても良いのでしょうか?」


「断定は出来ませんが。恐らくは」


「そうですか。じゃあ、徐州の戦の結果を報告しないとな。……はぁ~」


 曹操の元に行かないといけないと思うと曹昂は気が重かった。


(これ程、被害が大きくなるのなら、父上に兵器の事を言った方が良かったかな? でも、言ってもどうなったか分からないか。ああ、気が重いな)


 徐州を得られなかった事に加えて、蝗害の被害が思ったよりも大きい事に曹昂は溜め息をついていた。


「胸中お察しします」


 曹昂が溜め息をつくのを見て、一族の仇が取れなかった事がそんなに残念なのだろうと思い込む蔡邕。


 数日後。


 汝南郡の事は太守の孫策に任せた曹昂は曹操が居る乗氏県へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る