同じ頃、曹昂は

曹操が蝗害により拠点を移動している頃。




 曹昂は豫洲汝南郡にて黄巾賊の討伐を行っていた。


「……へくち」


 曹昂は自軍が山の攻略の為に攻めているのを見ていると、鼻がムズムズしだし、くしゃみをした。


「……可愛いくしゃみですな」


 側に居た于禁が曹昂のくしゃみを聞き微笑んでいた。


「大丈夫か? 遠征して疲れたか?」


 曹昂がくしゃみをしたのを見て董白は心配していた。


「大丈夫だから。それよりも、もう戦は終わるね」


 董白に心配しないで良いと手を振る曹昂は今攻略している山を見た。


 黄巾賊は嵩山の山の一つに籠もっていた。


 開戦前は十万の兵を擁し山塞に籠もっているので、攻略するのに時間が掛かると思われていたが、黄巾賊の副将黄邵と部下の何曼が何を思ったのか分からないが、共に山から打って出てきた。


 数が多い事を過信して攻めてきたようだが、所詮は無力な民を相手に暴れていた賊軍であったからか、曹昂軍は向かって来る黄巾賊に矢を雨あられの様に放つと、忽ち怯みだした。


 その隙を突かんとばかりに孫策、朱霊率いる部隊が左右から挟み込むように攻撃すると、瞬く間に陣形が崩れた。


 黄巾賊軍は多数の死骸を大地に横たえさせて、この攻撃で何曼が朱霊に討ち取られた。


 その間に孫策は副将の黄邵を見つけて、部隊を深入りさせて黄邵を討ち取る事に成功した。


 そして、両部隊は山に突入した。


 残るは大将の何儀だけであったが、軍が負けて黄邵と何曼が討たれたという報を聞くなり山から逃げ出した。


 その報告を聞いた曹昂は顎を撫でた。


 追撃するべきか、それとも今は放置して山に居る黄巾賊の残党を掃討するのが先か考えている様だ。


「あっ、孫策様が部隊を率いて敵大将の何儀を追撃しているそうです」


 兵が思い出したように報告したのを聞き、曹昂は顎を撫でるのを止めた。


「そう。じゃあ、朱霊将軍に伝令。山に居る黄巾賊を掃討せよと伝えよ。降伏する者は殺すなとも」


「承知しました」


 兵は曹昂に一礼し朱霊に報告に向かった。




 孫策は父の頃から仕えている部下の程普、黄蓋、韓当の三人と部隊を率いて山を駆けていた。


「このまま何儀を逃がしたら、また面倒な事を起こしそうだからな。斬り殺すか捕まえるぞっ」


「「「おおおおおっっっ」」」


 孫策の檄に兵達が声を挙げて答えた。


 馬を駆けている孫策の後を追う程普達は馬を寄せて話していた。


「孫策様は随分と逸っている様に見えるが、どう思う?」


 黄蓋が程普に話し掛けた。程普は孫策が逸っている理由が分かっているからか、何の事も無い様に黄蓋に教えた。


「孫策様は此処汝南郡の太守を任されていたからな。その自分が居ない間に黄巾賊が暴れたと聞いて責任を感じているのだろう」


「義理固い御方よ。そういうところは御父君にそっくりだな」


「確かに……むっ」


 黄蓋の言葉に相槌を打つ程普。その視線の先で、粗末な武装をした一団が黄色い布を巻いている男達を捕縛しているのが見えた。


 黄色い布を巻いている男達は何人かは縄で縛られているが、数人程大地に倒れていた。


 程普は恐らく黄色い布を巻いている者達は逃げた何儀とその部下達だろうと予測した。


 そして、次にその何儀達を捕縛している者達を見た。


 鎧を纏わず、服を着ているだけで武器もボロボロの槍か竹を割って作った槍を持っていた。


 その中で、一際大きい男が居た。


 身の丈八尺約百八十四センチほどあった。


 高い身長に加えて、腰の周囲が十囲約百二十センチはあった。


 巨漢と言っても良い体格であった。


 虎の様に毛がこわく突っ張った口ひげを生やし、雄々しく毅然とした容姿を持っていた。


 程普はその者を一目見て、只者では無いと直ぐに分かった。


 此処は相手を刺激しない様にしなければと思う程普。だが。


「おいっ、お前。そいつらをどうするつもりだっ」


 孫策が槍を構えつつ、何儀達を捕まえた者達を見ながら声を荒げる。


 何儀達を捕まえた者達は互いの顔を見合わせていると、巨漢の男が前に出た。


「こいつらは俺達が捕まえたんだ。こいつらを、どうしようと俺達の勝手だ」


「ぬうっ、俺は汝南郡の太守の孫策だ。そいつらを俺に渡すと言うのであれば、後で恩賞を与えるぞ」


 話を聞いた孫策は今話している者達は落ち武者狩りの農民だという事が分かった。


 それで自分の身分を明かし、恩賞を与えるので渡すように命じた。


 孫策の言葉を聞いて、巨漢の一団はキョトンとしたが、直ぐに笑い出した。


「何がおかしいっ」


 孫策は突然笑われたので怒声を上げた。


「一郡の太守がこんな所まで来る訳ないだろう。身なりから見たところ、それなりの役職の者だろうが、こいつらを渡しても、自分の恩賞にするかも知れないから渡せんな」


 巨漢の者は渡せない理由を話すと、孫策は怒りで顔を赤くした。


「俺はそんな事をせんっ」


「言うだけなら誰でも出来る。だが、其処まで言うのであれば」


 巨漢の男は背中に差している剣を抜いた。


「力尽くで奪うが良いっ」


「望むところだっ。死んでも恨むなよっ」


 孫策は相手が徒歩であるのを見て、馬上で戦うのは不利だと思い馬から降りた。


 馬に乗っての戦いは、駆けている時は強いが足を止めれば背後、手綱を持っている手の方を攻撃されれば防ぐ事が難しい。


 今、孫策達が居る所は広くない山間なので、駆けて戦うのは難しかった。


 そう判断した孫策は槍を構えつつ近付く。巨漢の男も農民達の中から出て、孫策に近付いた。


 孫策達はお互いを睨み合った。そして、二人は喚声を上げて得物を振るい干戈を交えた。

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