休戦
白馬県から数日掛けて、濮陽に戻った曹操は直ぐに主だった者達を集めて会議を開いた。
大広間で上座に座る曹操は集まった者達を見回した。
「皆集まっているな。これより蝗害の被害を聞き、どうするか決めようぞ」
曹操が開口すると、居並ぶ者達の列から荀彧が前に出た。
「我が君。蝗害の被害を話し合う前に、私の方から一つお聞きしたい事があります。宜しいですか?」
「何だ? 荀彧」
「殿が濮陽に戻る前に、頓丘県の県令が送った報告書に鳳凰が舞い降りて来て、蝗を撃退したと書かれているのですが。これはどういう事なのでしょうか?」
荀彧があまりに摩訶不思議な報告をするので、その報告を聞いた夏候惇と鮑信の二人は何とも言えない顔をしていた。
「あれは、何と言うか。鳳凰と言うべきなのかどうか、私には分からないが、何かが空を飛んでいる時点で目を疑う光景であったな」
「私が治める領内にも蝗がやって来たので対処をしていると『鳳凰がやって来て、蝗を滅ぼした』という報告を聞いた時は、最初蝗を恐れるあまり幻覚を見たのかと思いましたが、その空に浮かんでいる物を見た時は、本当に鳳凰がやって来たのかと思いました」
よく見ると、鳥のハリボテだと分かった。二人の常識では、ハリボテは空い飛ぶ事が無い物であった。
なので、ハリボテが空を飛ぶのを見て二人は、自分達の中にある常識が音を立てて崩れていくのを感じていた。
「私も同じ意見です。この目で見た時は、最初は本当に鳳凰かと思いましたが。よく見ると赤く色付けされたハリボテである事が分かりましたので、あれは鳳凰ではないと分かりました。其処でお聞きします。殿はあれは何なのか知っているのですか?」
曹操と共に従軍しなかった者達が曹操なら知っているかも知れないと思いジッと見た。
「……ああ、あれはな。息子が作った物だそうだ」
少し考えて隠す事がないと判断した曹操は皆に話した。
曹昂が作ったと聞いて、荀彧を含めた者達は驚いていた。
「若君が……」
「兵器の開発に関しては天凛の才があると聞いていたが」
「よもや、ハリボテを空を飛ばす事が出来るとは」
子供の頃から、付き合いがある夏候惇も驚愕を隠せなかった。
「して、どのような方法でハリボテを空に飛ばしているのです?」
「私よりも夏侯淵か甘寧の方が詳しいだろう。後で二人のどちらかに訊くが良い」
夏侯淵から話を聞きはした曹操であったが、上手く説明できる気がしなかったので夏侯淵と甘寧の二人に任せる事にした。
「承知しました。では、蝗害の報告を致します」
会議が終われば夏侯淵に訊く事にした荀彧は気持ちを切り替えて、脇に抱えている書類の束を両手で持ち替え見た。
「現在、此処濮陽は被害こそありませんが、東郡の殆どの県は被害を受けています。次に済北国と東平国。この二つの郡の被害は同じ位ですな。両郡内にある県の半分は被害を受けております。最後に泰山郡は一部の県で被害を受けていますが、こちらは何とかなるそうです」
「ふむ。だとすると、任城国。山陽郡。済陰郡の三つの郡に被害は無いと?」
「今のところ確認されておりません。被害に遭った郡の県内にある村々で暮らしている者達は住んでいた村を捨て他の場所に移り住み始めました」
「うぅむ。だとすれば、今年の税収はかなり少なくなると見た方が良いな」
食う物が無くなり生きるのに精一杯な者達から、税を取ってもたかが知れている。
とは言え、その税で暮らしている曹操達からしたら、死活問題であった。
「荀彧よ。何か策は無いか?」
「我が君。古より蝗害は天災の一つです。その被害を此処まで抑える事が出来たのは、若君がお作りになった物のお蔭です。あの物が無ければ、もっと深刻な状態になっております。正直な話、我等は食うのも困る状態になっていたでしょう」
荀彧は蝗害が如何に恐ろしいか語った。そして、曹昂が作った物の効果を称えていた。
「そうだな。確かにその通りだ。息子が戻って来たら大いに労おう。それで、今はどうしたら良いのか教えよ」
「現状では出来る方法は三つです。一つは誰かから援助を受ける。二つは食糧が豊かな所に行く。最後は誰かの財を奪うの三つですな」
荀彧の提案を聞いて、曹操達は妥当だと思い頷いた。
「ふ~む。誰かの財を奪うという事は、遠征をするという事だな。しかし、移動するという事はその分食糧が減るな。それに下手に移動すると、陳留に居る呂布がこの機とばかりに攻め込んで来るかも知れんな」
誰かの財を奪うのは、堅実とは言えないなと思う曹操。
「豫州で黄巾賊が暴れていると聞いておりますが?」
荀彧が報告に訊いていた事を話すと、曹操は首を振る。
「そちらは徐州から帰還した息子が殲滅するだろう。問題ない」
「もしかして、若君は陶謙を討ち取ったのですか?」
帰還すると聞いて、鮑信を含めた一部の者達が驚きつつ曹操に訊ねたが、曹操は苦笑いしながら手を振った。
「違う違う。陶謙を追い詰めている最中に、今回の騒ぎに豫州で黄巾賊が暴れていると聞いて引き返してきたそうだ」
「そうでしたか。では、誰かから援助して貰うと言うのは? 冀州の袁紹殿はご友人との事、頼めば援助して貰えるのでは?」
文官の一人がそう提案すると、程立が目を見開かせてその者を見た。
「何を言うかっ。我が殿を袁紹の風下に立てと言うのかっ」
程立の一喝に、文官は身体を震わせた。
程立は前に顔を向けて、列から前に出て曹操に一礼する。
「殿は何を担保に援助を受けるおつもりで? 私が袁紹であれば援助する条件として、殿の妻子を袁紹が治めている本拠地に送る様に命じますぞっ。そうなれば、殿は二度とこの乱世で英雄として立つ事は出来なくなるでしょう。それでも宜しいとっ?」
程立の言葉を聞いて、曹操は頭の中にあった袁紹から援助を受けようという気持ちが消え去った。
「うむ。程立の言う通りだな。誰かの援助を受けると言うのは無しだな。残るは食糧が豊かな所に行くか。何処に行くべきだと思う?」
「候補としては蝗害の被害を受けておらず広く食糧豊かな郡である山陽郡か済陰郡のどちらかですな」
「うぅむ。どちらにすべきか」
曹操はどちらにするか決められず、家臣達で話し合った。
結果、呂布の襲来に備えて済陰郡に駐屯する事が決まった。
移動の準備をしている最中、曹操は南の方を見た。
その方向には豫州があった。
(息子は今頃、大丈夫であろうか?)
そう思ったのも一瞬で、直ぐにあいつなら大丈夫だろうと思い、曹操は移動の準備の為に行動した。
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