陳宮の誤算
濮陽の戦いで敗走した呂布は敵の追撃などを警戒しながら、数日掛けて降伏した白馬県に入ると、軍勢を整えた。
呂布が白馬県の城に入ったという報を聞いてか敗残兵が続々と集まった。
白馬県城の城内の大広間。
其処では軍議を行う為か呂布が上座に座り、他の部将達が列を作っていた。
「申し上げます。我が軍の兵は騎兵、歩兵合わせて…四万程になります」
兵数を数えた兵が少し言い淀みながら報告した。
「四万だとっ⁉ 陳留を出陣した時は六万は居たのだぞ⁉」
呂布は思ったよりも兵の損失が大きい事に衝撃を受けていた。
「はいっ。恐れながら……」
兵は呂布の怒気に当てられて、ビクビクしながら報告した。
呂布は怯えている兵を見て、これ以上報告する事も無いと思い手で下がる様に指示した。
兵が下がると、今度は別の兵が入って来た。
「報告します。済陰郡を侵攻していた薛蘭、李封の両大将の軍は冤句県を降伏させた後に、定陶県へ侵攻しましたが……その……」
「何だっ。早く報告しろっ」
兵士が言葉を詰まらせたので、呂布は怒声を上げた。
その声を聞いて兵士は言葉を続けた。
「定陶県へ侵攻しましたが、その県を守っていた華雄という者と交戦しました。薛蘭、李封の両大将は武運拙く華雄に討たれました」
「華雄だとっ! 何処に行ったのかと思ったが、あやつはこんな所に居たのかっ」
兵の報告を聞くなり呂布は薛蘭と李封が討たれた事よりも、華雄がこの地に居る事に衝撃を受けていた。
呂布が董卓軍に入る前は軍では一番の武勇を誇っていた男。反董卓連合軍の戦いで片腕を失うが、それでも武勇が衰える事がない豪傑。
そのような男が一県の県令をしているなど、呂布は聞いていなかった。
「まさか、華雄が居るとはっ。それで、その後はどうなった?」
「はっ。敗走した薛蘭、李封の両大将の軍は後詰の張遼殿と合流し、追撃して来た敵軍を撃退。その際に追撃を指揮した李乾という将を討ち取りましたが、少し遅れて追撃に出てきた華雄軍と交戦することとなり、数で敵わず張遼様は撤退なさいました。その戦いでかなりの兵を失った事で、籠城は無理と判断した張遼様は陳留へ撤退しました」
「……むぅ、そうか。下がれ」
撤退はしたが敵将を討ち取ったと聞いた呂布は褒める事も怒る事も出来ず、兵に下がる様に言うだけであった。
怒鳴り声を浴びせられると思っていた兵は、安堵しつつ下がった。
兵が下がると、呂布は武将の列の中にいるある者に目を向ける。
「陳宮。各郡にいるお主の知人から反乱の知らせは来たか?」
「…………」
呂布にそう訊ねられた陳宮は、青白い顔で震えていた。
兗州に放った密偵から、何処の郡からも反乱が起こったという話は聞いていない。
更に言えば、陳宮の元には、知人から送られてきた多数の断交状が届けられていた。
同じ頃、陳留に居る張邈の元にも、陳宮と同じく多くの断交状が叩きつけられていた。
陳宮はどうしてこの様な事になったのか分からなかったが、その原因は二つあった。
一つは、鮑信と李乾に加えて蔡邕が曹操の味方をしている事。
鮑信と李乾の二人は兗州内では強い影響力を持っている。
特に鮑信の家は、元を辿れば前漢の時代に名高い儒学者として知られている鮑宣を先祖に持つ名家だ。
鮑家は代々儒学で名を成さしめた家で兗州内で限定すれば、その名声は袁紹の家の名門袁家に勝る影響力を持っている。
蔡邕の方は娘の一人で長女の蔡瑜。字を貞姫と言い、その蔡瑜が兗州泰山郡で強い影響力を持っている羊氏の羊衜という男に嫁いでいた。
張邈が反乱を起こすという報告を受けた蔡邕は直ぐに娘婿の羊衜に文を送り、この反乱に大義が無い事を説き、知人友人に助力しない様に要請した。
岳父の要請を受けた羊衜は直ぐに行動した。
その結果、陳宮の知人友人達は動く事が出来なかった。
もう一つは濮陽を落とす事が出来なかった事だ。
如何に策を立てても、その通りに動かなければ策は実力を発揮しない。
陳宮の友人知人達もその内、隙が出来るだろう。
その時に反乱を起こせば良いと思いそれまで耐えるつもりであったが、呂布軍が曹操軍に撃退されたという報を聞いて考えを変えた。
如何に親しくしている者の要請とは言え、曹操に撃退される程度の勢力しか持っていない者に付いたら、自分の身が危なくなると思い、反乱を起こす事を止めて、陳宮と張邈の二人に断交状を叩きつけたのだ。
「どうした? 何か言わぬか? 知らせは来たのか? それとも、まだ来てないのか?」
呂布がねめつけながら陳宮に訊ねた。
「……申し上げます。各郡に居る知人の多くは反乱を起こす気配がありません」
もう隠す事が出来ないと思ったのか、陳宮は前に出て正直に話した。
「陳宮! 其処に直れっ。その首を刎ねてくれるっ‼」
呂布が立ち上がり、剣の柄に手を掛けながら陳宮に歩み寄った。
呂布は鞘から剣を抜いて陳宮に歩み寄ると、居並んでいる者達は慌てて呂布を宥めた。
「お待ち下さい。殿っ」
「陳宮殿はこれまで我等に尽力してくれた御方です。その方を斬っては」
「喧しいっ‼ こいつの言葉に従って濮陽を攻めたら、どうなった? 曹操が居ないと思ったら居て、反撃を喰らい撤退する羽目になったではないかっ。しかも、戦が始まる前には『この兗州は我が故郷。この地には私の友人知人が多数おります。必ずやその者達が力を貸すでしょう』と言っていたではないかっ。それがこのざまだっ‼」
呂布は言っていて腹が立ったのか、剣を振りかぶり始めた。
それを見て武将達は呂布の前に出て宥めた。
「殿。確かに、陳宮殿の言う通りにはなりませんでしたが、此処で御味方を斬って何になりましょうっ」
「侯成殿の申す通りです。殿、此処は陳宮殿をお許し下さいっ」
「何卒っ」
侯成と魏続と宋憲の三人が呂布の怒りを宥めようとした。
呂布はそれでも怒りを抑える事が出来なかったが、其処に高順が呂布の肩に手を置いた。
呂布は肩越しに高順を見た。
「高順。お前も殺すなと言うのか?」
「…………(コクリ)」
「ぬうぅぅ、……仕方がない。皆がそう言うのであれば、此処は許してやろう」
呂布は剣を鞘に納めたのを見て、皆安堵の息を漏らした。
「だが、陳宮。お前があれだけの大言を叩いたのに、どうしてお前の友人知人は反乱を起こさないのだ?」
呂布が上座に座り直すと陳宮に訊ねた。
「それについては、分かりません。ですので、調べる時間を頂きたい」
「調べたら、この状況を挽回できるのか?」
「はい。必ずやこの状況を打開してみせます」
陳宮は頭を下げながら自信ありそうに言うのを聞いた呂布は頷いた。
「良し。では、調べる時間をやるから、この状況を打開する策を練るのだ」
「はっ」
陳宮は深く頭を下げた。
その後、戦力の立て直しを図る話し合いが行われた。
呂布達が軍議を開いているのと同じ頃。
呂布軍を撃退した曹操軍は濮陽で態勢を整えていた。
そして、五万の軍を編成すると留守を夏候惇と荀彧に任せ、曹操自身が兵を率いて呂布が籠もる白馬県へと向かった。
丁度、濮陽と白馬との間の平野で休憩を取っていた。其処に使者がやって来た。
その使者は夏侯淵が送った使者であった。
「ふむ。夏侯淵と甘寧は私達が白馬県に着く頃には合流出来るか」
使者から渡された文を読みつつ曹操は使者に訊ねた。
「はい。妙才様もそう申しおりました」
「そうか。二人が率いる兵の数は」
「両名が率いる軍は歩兵騎兵合わせて一万五千になります」
「ふむ。まぁ、そんなものか」
豫洲の兵の殆どは曹昂が率いて徐州に向かっていた。
なので、一万五千も居るのは多い方なのだが。曹操からしたらもう少し欲しいと思っていた。
「……うん? この文の末尾に書かれている『敵も味方も度肝を抜く物を見せるから、腰抜かすなよ』と書かれてるが。どういう意味だ?」
文の末尾を見て、そう書かれているので曹操は使者に訊ねた。
「はっ。私も詳しくは分かりません」
使者も何の事を言っているのか分からないのか首を振った。
「ふむ。まぁ、息子が何か作ったのを見せるのだろう。見るのを楽しみとするか」
曹昂が皆に秘密で作った兵器を見せるのだろうと思い、曹操は深く考えなかった。
それよりも、今は白馬県を落とす方が大事なので、そちらに意識が向いていた。
曹操は使者に夏侯淵へ了解したと伝える様に命じて下がらせて、白馬県をどう落とすか考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます