濮陽防衛
当初、呂布軍が優勢だと思われた濮陽の戦いは、曹操の出現により曹操軍が優勢に変わった。
呂布を含めた呂布軍の者達は曹操は徐州に居て、此処には居ないと知って攻めていた。
だが、其処へ曹操が姿を見せた事に驚愕していた。
更には城を攻めている侯成、宋憲の背後を襲い掛かる史渙、楽進の二人はそれぞれ一万。魏越と交戦しているのは曹仁の一万。呂布と対する曹操は二万。そして、濮陽を守る夏候惇は一万の兵を。予備兵力として曹純が一万の兵を率いており、曹操軍は合計して七万の軍勢であった。
数がほぼ互角である所に居ない筈の曹操が居るという衝撃で、兵達は動揺していた。
其処に曹操軍は、微塵の容赦もなく攻め立てる。
「押されるなっ。数はそう変わりないなのだ。踏みとどまれ!」
呂布は愛用の方天画戟を振り回しながら、声を上げる。
それで動揺が治まるかと思われたが、その所為で曹操軍は声を上げているのが呂布だと分かり、兵達は呂布軍の兵達を無視して呂布へと押しかけた。
曹操が恩賞を渡すと宣言していた事で、兵達は恩賞欲しさに殺到した。
「しゃらくさいわっ」
呂布は迫りくる曹操軍の兵達に、方天画戟を振るい薙ぎ払った。
一振りした途端、六人の兵達は身体が真っ二つに分かれ、血と臓物を撒き散らしながら、地面へと倒れて行った。
呂布の武勇を見て兵達は怯えて足が竦んだが、其処に典韋がやってきた。
「其処に居るのは呂布かっ。いつぞやの勝負の決着を此処で付けてくれるわっ」
「おお、お前は典韋と言ったな。望むところだっ」
二人は馬を駆けさせて、剣戟を交えた。
以前、刃を交えた時の様に互角の戦いを演じる二人。
喚声を挙げながら得物を振るい、防ぐを繰り返すだけなのだが、数十合も続けば戦場の真っただ中であっても、誰もが見蕩れていた。
交戟も百を超えた頃に、一騎の兵が呂布の元にやって来た。
「急報っ、急報っ、将軍。一大事にございますっ」
呂布は鍔迫り合いながら、肩越しで振り返る。
「何だっ! 今は手を離せんっ。大声で伝えろ!」
一騎討ちを切り上げるのも面倒なのか、呂布は報告に来た兵に大声で伝えろと命じた。
そう命じられた兵は、その言葉に従うように息を吸った。
「魏越様が敵将の曹純の奇襲を受けて討死なさいました! 敵将曹仁率いる軍が本陣に攻め掛かっております! 更に城を守っている兵が城を出て攻めてきました! 侯成、魏続、宋憲様方の軍は撤退いたしました!」
呂布の命令に従った兵は、大声を上げて報告した。
その声の大きさに、敵味方問わず聞いていた。
「えええっ!」
「本陣は襲われて、城を攻めている軍が撤退したら、次襲われるのは俺達じゃないか」
「そうだ。此処には呂布将軍が居るんだ。将軍の首欲しさに曹操軍が攻めて来るぞっ」
呂布軍の兵達は報告を聞いて、収まって来た動揺がまた広がり始めた。
逆に曹操軍の兵達は朗報を聞いたとばかりに士気が上がり、猛烈な勢いで呂布軍に攻め掛かった。
兵達が動揺しているのを見て呂布は顔を顰めた。
「しまったっ。面倒な事を聞かせてしまったっ」
呂布は鍔迫り合いを止めて、典韋から距離を取り兵達の様子を見た。
青ざめた顔で曹操軍と戦っている者も居れば、武器を捨てて降伏している者も居れば、何処かに逃げようとしている者も居た。
「……これでは戦にならん。退けっ」
呂布は戦況が自分に不利だと判断するなり、馬首を翻して本陣へと後退した。
「逃げるか! 呂布っ。返して戦えっ」
「後日相手をしてやるっ。その時までその首を洗って待っておれっ」
典韋は逃げる呂布を追いながらその背に声を掛けるが、呂布は負け惜しみの様な事を言って去って行った。
典韋が乗っている馬も名馬ではあるのだが、呂布が乗る赤兎には、流石に敵わなかった。
だんだんと距離が離れて行き、典韋はもう追いつくのは無理だと判断し馬の足を止めて軍へと戻った。
這う這うの体で本陣に戻った呂布は本陣を守っていた陳宮と合流した。
「おお、呂布殿」
「陳宮。撤退の準備は?」
「滞りなく完了しました。ただ、敵の追撃を防ぐには誰を殿にさせますか?」
負け戦で殿をするのが一番難しいと分かっている呂布達。
敵を追撃を防ぐために文字通り決死の覚悟で防がねばならないからだ。
呂布の麾下の部将達も曹操軍の勢いの激しさを実感しているからか、追撃を防ぐ自信が無いのか誰も声を上げなかった。
「……自分がやりましょう」
部将達の中でボソリと呟いた者がいた。
二十代ぐらいだが、髭を生やしておらず精悍な顔立ちの男であった。
男の名前は高順と言い、并州五原郡九原県出身で呂布とは幼馴染であった。
呂布が義理の父である丁原に仕えた縁で呂布に仕える様になり、そのまま呂布と行動を共にしている。
「高順。やってくれるか?」
「・・・・・・(コクリ)」
「では、頼んだぞ!」
呂布はそう言って「撤退する。白馬県まで退くぞっ」と言って兵と共に撤退を始めた。
高順は呂布達を見送ると、控えている配下の元に向かい兜を被った。
この兜は、他とは違い顔面部を守る面頬が付けられていた。
面頬の切れ目から見える高順の目が傍に居る部下の一人を見た。その部下は心得ているのか、頷くと声を上げた。
「これより、我が隊は敵の追撃より味方を守る為に殿となる。者共、仲間を守る為に死ねっ」
「「「おおおおおっっっ」」」
部下の激励に、兵達は喚声を挙げて応えた。
そして、高順は馬に跨ると持っている得物を掲げて防戦の指揮を執った。
数刻後。
曹操軍本陣では、撤退した呂布軍の追撃をしているところであった。
全ての軍を合流させた事で被害はまだ分からないが、少なくとも五万の軍勢となった曹操軍。
呂布軍を撃退した勢いに乗り追撃を仕掛けようとしたが、其処に高順率いる殿部隊が現れた。
千人程の兵しか居ないのに、鎧兜や武具はいずれも精錬されていた。その軍装を見て曹操軍の兵達は、更なる手柄とばかりに高順隊に襲い掛かった。
高順は、迫りくる曹操軍を見て手を振り下ろした。
すると、高順兵達は喚声を挙げて敵軍に攻撃をした。高順は無言で手で合図を送るだけだと言うのに、兵達はまるで高順の手足の様に動き攻撃をする。
その指揮の巧みさで追撃を指揮していた楽進、曹仁の部隊を撃退していた。
「申し上げます‼ 追撃に出た楽進、曹仁の部隊が敵の殿部隊と交戦し敗退いたしましたっ」
「何だと?」
報告に来た兵の報告を聞いて曹操は耳を疑った。
「馬鹿を言うな。二人にはそれぞれ一万の兵を預けていたのだぞ。それが撃退されたというのか?」
「は、はい。その通りにございます」
「……信じられんな」
曹操は信頼する参謀の荀彧を見る。
荀彧も同じ思いなのか、驚いていた。
「敵はどれ程の数を殿にしているのだ?」
驚きつつも冷静に分析しようと情報を整理する荀彧。
「はっ。見た所、約千人との事です」
「千人で二万の兵を撃退したと言うのか? 奇々怪々だな」
曹操はあまりに不思議な事にどうするべきか悩んだ。
「……曹洪。敵の殿部隊は誰が率いているのか、聞いて来い」
「承知」
曹操にそう命じられた曹洪は言われた通りに、その殿部隊の元に馬を走らせた。
程なく、曹洪は戻って来た。
「敵の殿部隊の将の名は高順と言うそうだ」
「高順? 聞かぬ名だな」
曹洪が言った名前に聞き覚えが無いので、曹操は首を傾げた。
「だが、その将才は凄いぞ。何せ、名前を聞いた時、残敵の掃討が終わった史渙隊が攻撃をしていたが、高順は兵を巧みに指揮して撃退していたぞ」
「何とっ‼」
曹洪の話を聞いて、曹操は目を見開かせていた。
「楽進、曹仁だけでは無く、史渙まで撃退するとは。敵には凄い者がおるな」
「どうする? 流石にもう一軍をぶつけたら撃退出来ると思うが?」
曹洪は攻撃するかと訊ねると、曹操は直ぐに返事をせずに考えた。
「……いや、追撃は無しだ。一度兵を纏めよう」
曹操は折角勝ったのに、これ以上ケチがつくのを嫌い、追撃を止めた。
「良いのか? 此処で見逃したら、後で後悔するかもしれんぞ」
「それだけの才であれば、いずれ我が軍に加わる事もあろう。何を悔いる事がある?」
曹操がそう言うのを聞いて曹洪は呆れたが、直ぐに追撃の中止の命令を伝えた。
やがて、曹操軍が追撃するのを止めると高順は部隊を纏めて撤退を始めた。
約三万の兵を撃退したからか、千人の兵力だった高順隊は七百を切っていた。
本作では高順は呂布と同じ州出身とします
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