貴様、何故此処にいる⁉

 張邈から兵を預けられた呂布軍は、東郡に入ると二手に分かれた。


 一つは呂布自ら率いて濮陽へ向かい、もう一つは配下の薛蘭、李封の二人を将にして済陰郡へと向かわせた。


 薛蘭達と別れた呂布は、燎原の火の如く北上していった。


 進路上にある白馬県、燕県は王楷、許汜の声に応じて戦わず降伏した。


 呂布は食料を全て奪い、東進した。


 馬を駆けながら、側に居る陳宮に話しかける呂布。


「陳宮。濮陽を落とせば、本当に兗州は手に入るのだろうな?」


 呂布は、大地を蹴る馬蹄の音に負けない様に大声を上げながら訊ねた。


 訊ねられた陳宮も自信満々に答えた。


「勿論です! 曹操の本拠は濮陽。此処を落とせば、敵は本拠を失います。さすれば、兗州各郡に居る私の知人が内応する手筈になっておりますっ!」


「本当に大丈夫なのだろうな?」


「今は乱世です。強い者に付かねば、己の命を失う事になります。呂布殿の武勇は天下に轟いております。その武勇に皆はひれ伏しましょうぞっ」


 陳宮が呂布の武勇を称えるので、呂布も大いに満足した顔をしていた。


「そうか。別動隊を預けた薛蘭、李封の二人は済陰郡を制圧する事が出来るであろうか?」


 呂布にとっては信任の厚い二人ではあるが、腹心の張遼や高順に比べると武勇がイマイチであった。


「其処はご安心下さい。後詰に張遼殿を送ったのです。二人が制圧に手間が掛かりそうな時は助力する様に伝えております」


「そうか。なら安心だな」


 呂布は安堵して前を見て駆ける速度を上げながら方天画戟を掲げる。


「次は濮陽だ。この勢いのまま攻め落とすぞ!」


「「「おおおおぉぉぉぉ‼‼‼」」」


 呂布の掛け声に答えるように後ろに続く兵達は歓声を挙げた。




 数日後。




 呂布軍は、濮陽が見える所までやって来た。


 既に呂布が攻め込んで来ている事が知れ渡っているのか、城壁には武装した兵達が並んでいた。


 城壁に掛けられている旗は『荀』『夏候』の二つであった。


「ふん。事前に聞いた話通りだな」


「はい。であれば、城内に居る兵もそう多くはないでしょう」


「だろうな。良し、一気に攻め落とすぞ! 侯成、魏続、宋憲」


「「「はっ」」」


 呂布に名前を呼ばれた者達は呂布の側に馬を寄せる。


「侯成は北門。魏続は西門。宋憲は南門を攻撃せよ‼ どれだけ犠牲を出しても構わん。一刻も早く城を攻め落とせっ」


「「「承知しました」」」


 呂布の命を聞いて侯成達は一礼し自分の部隊と兵を率いて、それぞれの攻撃を担当する門へと向かった。


 程なく攻撃を命ずる太鼓が叩かれ、喊声が聞こえた。


 城へと迫る呂布軍。城を攻める事が分かっていたので、木で作った梯子を堀に掛けて渡り、其処から城壁に梯子を掛けて登って行った。


 対する城を守る曹操軍は登らせないとばかり、登って来る呂布軍の兵達に槍を突き出し落とし、弓弦が切れそうな程に引き絞られた矢を放ち呂布軍の兵達を大地に倒れさせる。


 呂布軍も梯子で登るだけでは無く、矢で援護する。それにより、城壁を守る曹操軍の兵達も苦悶の表情を浮かべ口から血を流しながら倒れて行く。中には城壁から落ちて地面に落下して、事切れる者も居た。


 呂布軍はこの城を落とせば、兗州を落とせると聞いていたからか戦意が高かった。


 城を守る曹操軍もこの城は本拠だと知っているので、落とされたら自分達は行く所を失う事が分かっているからか懸命に防戦していた。


「…………固いな」


 城を守る曹操軍の兵の防戦を見て呂布は呟いた。


「何の、如何に士気が高くても相手は少数です。我が軍には勢いがあります。この勢いのまま攻めれば、城は落ちるでしょう」


 呂布の呟きに陳宮は問題ないとばかりに答えた。


 信頼する参謀の陳宮がそう言うので、呂布も大丈夫かと思い城攻めを観戦していた。


 そんな時に、何処からか鉦の音が聞こえて来た。


 誰が鳴らしていると思い呂布は周りを見ると、其処に兵が駆け込んで来た。


「申し上げます‼ 北より曹操軍が攻めて参りましたっ」


「なに、数は?」


「凡そ一万と思われます」


 北から曹操軍が攻めて来たと聞いて、呂布は驚いたが攻め寄せて来た数を聞いて鼻を鳴らした。


「ふん、流石は曹操と言うべきか。濮陽を攻められる事を考えて予備兵力を用意していたという事か」


「でしょうな。ですが、我が軍は六万。侯成達に一万ずつ預けておりますが、三万の軍に一万で当たるなど無謀も良いところでしょう」


 呂布は曹操の用心深さは褒めたが、数があまりに少ない事に嗤った。陳宮も同じ思いなのか笑っていた。


「良し、魏越に一万の兵を与えて、攻めて来る曹操軍の迎撃に当たらせろ」


「承知しました」


 呂布は直ぐに配下の勇将である魏越に命を下した。


 少しして『魏』と書かれた旗を掲げた一軍が曹操軍へと進軍した。


 そして、呂布が城攻めを観戦していると、北門と南門が騒がしくなった。


 呂布が居る本陣からは何が起こっているのかは見えないが、喚声が聞こえて来るので何かが起こっているのは確かであった。


「何事だ⁉」


 呂布はそう声に出すが、周りに居る者達は分からないのか首を振るしかなかった。


 兵を送り調べるかと思っている呂布の元に驚くべき情報が齎された。


「申し上げます‼ 北門を攻撃していた侯成軍の背後に曹操軍が現れ攻撃をしました。数は一万!」


「申し上げます‼ 南門を攻撃中の宋憲軍の背後を曹操軍が攻撃しました。その数一万!」


「なにっ⁉」


 呂布はその報告に耳を疑った。


「曹操が居ないと言うのに、どうしてそれだけの兵力があると言うのだっ」


 呂布は報告に来た兵士に怒声を上げた。


「ひっ、我等にも分かりませんっ」


 怒る呂布を見て、怯えながら兵士達は分からないと答えるしかなかった。


「呂布殿。恐らく予備兵力でしょう。此処は援軍を送り、両将軍の援護を」


 陳宮は呂布を落ち着かせつつ、侯成達に援軍を送るべきだと進言している最中に兵が駆け込んで来た。


「報告! 南より曹操軍がこちらへ進軍中、さ、更に……」


 兵士は報告している途中で言葉を詰まらせた。


「何だっ、さっさと、報告しろっ」


 苛立っているところに兵士が言葉を詰まらせるので、呂布は顔を赤くしていた。


「さ、さらに、その軍が掲げられている旗に『帥』の字が書かれた旗が掲げられておりますっ」


「…………馬鹿言うな!」


 兵士の報告を聞いた呂布は怒鳴った。


 兵士が報告した『帥』の字が書かれた旗とは、大将旗の事だ。


 それは即ち曹操が此処に居ると言う事だ。


「曹操は徐州に居る筈であろうっ、どうして、此処に居るのだ! 見間違いであろうっ」


 呂布はあまりに訳が分からない報告に見間違いだと断言した。


「ですが、先頭には曹操がいると、……ぶふっ」


 報告を続けようとした兵士を、呂布は怒りで斬り殺した。


「嘘を申すなっ。そんな事が有り得る訳が無かろうっ。陳宮っ」


「はっ」


「本陣を預ける。此処は任せたぞ。俺は南から進軍する曹操軍を迎撃するっ」


 呂布はそう言い終えるなり、その場を後にした。


 呂布は愛馬赤兎に跨り、本陣に居る一万の兵と共に向かって来る曹操軍の迎撃に向かった。


(有り得ん。濮陽にこれだけの数の兵が居る事も有り得ないと言うのにっ、曹操も居るだとっ?そんな事が有り得るかっ)


 呂布は兵士の報告を信じられないまま向かった。


 そして、向かった先にいる曹操軍の先頭には大将旗が掲げられていた。その上、先頭に曹操の姿があった。


「そ、そうそうっ、きさま、なぜ、ここに……?」


 呂布はあまりに有り得ない状況に、言葉をつっかえていた。


 そんな呂布を見るなり、曹操はニンマリと笑った。


「おお、其処に居るのは、三つの家の奴隷の呂布ではないか」


 自分の蔑称を言った声を聞いて、呂布は目の前に居る曹操が直ぐに本物だと分かった。


「きさま、じょしゅうに、いるはずでは?」


「私が居ないのを良い事に本拠を狙う様な飢えた狼が居ては、おちおちと敵討ちも出来んわっ。お前を討ち取り、今回の反乱に与した者達を全て討ち取ってから、ゆっくりと敵討ちを行わせてもらおう。者共、掛かれ!」


 曹操が攻撃の号令を下すと、後ろに控えていた兵達は喊声を上げて呂布軍へ突撃した。


「呂布を討ち取った者には、金一万と爵位をやるっ。励めっ、励めっ」


 更に曹操は呂布を討ち取れば恩賞を渡すと言うと、兵達は目の色を変えて呂布へと殺到した。

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