第六章
震天動地
時を遡らせて、曹昂が徐州で快進撃を続けている頃。
兗州東郡濮陽県城。
城内にある部屋で曹操は酒を飲みながら、荀彧からの報告を聞いて嬉しそうに笑っていた。
「ははははは、そうか。息子は順調に侵攻しているか」
「はい。進路上にある城を降伏させて守備兵を自軍に取り込みながら、陶謙がいる郯県へ向かっているそうです」
曹昂が報告の為に送った使者の話を聞いた荀彧も、素晴らしいと言いたげに顔を綻ばせていた。
何故、曹操がその報告を謁見の間ではない部屋で荀彧から聞いているのかと言うと、今対外的に曹操は徐州を侵攻している事になっている。
それを、誰かに知られる事を防ぐ為だ。
曹操の代わりに曹昂が軍を率いている事を知っているのも、曹操が曹昂に兵を任せた時に居た者達と一部の曹昂の部下達だけだ。
曹操が濮陽に居ると言う情報漏洩を防ぐ為に、表向きにこの城を守っているのは夏候惇と荀彧という事になっている。
「今の所は順調か。だが、戦である以上、何が起こるか分からないからな。曹昂には油断するなと厳に伝えよ」
「承知しました。ところで、殿。お聞きしても良いですか?」
「何だ?」
酒を呷っていた曹操は荀彧が訊ねて来たので、盃を卓に置き荀彧の方に顔を向けた。
「殿は、何故出陣しないのですか?」
軍は編成しているが、未だに出陣する気配が無い曹操を不思議に思い荀彧は訊ねた。
訊ねられた曹操も、別に隠す事もないのか話した。
「今城内に居る軍は息子が援軍に欲しいと言った時に動かす軍だ。それまで、動かすつもりは無い」
「左様ですか。しかし、若君の用心深さには感服としか言えませんな。あの年で其処まで考えて兵を動かすなど普通は有り得ません」
「はははは、流石は我が息子であろう」
荀彧が称賛するので、曹操は自慢げに言う。
「ですな。ああ、そうでした。徐州から送られてきた報告で、気になるところがありましたので、ついでに報告を」
「何だ?」
「いえ、徐州では殿が攻め落とした城に住んでいる者達は皆殺しにするだけでは無く、草木の一本も残さず刈りつくした。道には死体の山が出来ている。侵攻の邪魔なので死体を河に捨てているという噂が流れております」
「ほぅ、誰がそんな事を言っているのだ?」
曹昂の侵攻の速さに、誰がそんな噂を流しているのか気になり訊ねる曹操。
「……若君が人を遣って徐州の各県に噂として流していると聞いております」
少しだけ、言うのを躊躇った荀彧。
それを聞いた曹操は暫しの間、キョトンとしていたが。少しすると大笑しだした。
「ははははははっ、息子め。私を極悪非道の限りを尽くす者にするつもりかっ」
「殿。笑い事ではありませんぞ。この様な噂は早急に無くすべきです」
荀彧は苦言を呈したが、曹操は笑うのを止めると手を振った。
「いや、私が悪名を被る事で、徐州を落とす事が出来ると言うのであれば安い物だ。寧ろ、もっと言っても良いだろう。良し。人を遣って、もっと耳を疑うような噂を流すか」
曹昂が噂で自分の悪評を広める様な事をしてきたので、曹操もそれに乗っかってきた。
「お止め下さい。覆水盆に返らずという言葉があります様に。一度ついた悪名というのは拭い去る事は出来ませんよ」
荀彧が止めるように諫言すると、曹操は笑った。
「荀彧よ。私は世間では乱世の奸雄と言われているのだぞ。今更、悪名の一つや二つが増えたところで、何の問題も無かろう」
「ですが」
「私が気にしていないのだ。お主が気に掛ける必要は無いであろう」
「……殿が其処まで、言うのであれば」
曹操が気にするなと言うので荀彧は何も言う事が出来なかった。
その後、曹操は徐州に人をやって、ある事ない事を噂にして流した。
数十日後。
今日も曹操は部屋に居た。
この部屋に居る時は極力、人に会わない様にしている為、暇であった。
あまりに暇なので碁でも打とうかと思っていると、部屋に荀彧が慌ててやって来た。
「殿。一大事にございますっ」
「どうした? まさか、息子が陶謙に敗れたか?」
まだ一軍を率いるのは早かったかと思いながら曹操が訊ねると、荀彧は首を振る。
「いえ、そうではありません。呂布です。呂布が我が領内に侵攻しましたっ」
「何だとっ⁉」
驚くべき報告を聞いて、曹操は椅子から立ち上がった。
「州境に居る者達は何をしていた‼」
曹昂に軍の一部を与えたが、州内には十分に兵が居た。
なので、州境で抑えている筈だと思う曹操は怒鳴り声で荀彧に問い詰める。
「……殿。大変申し上げづらいのですが。陳留郡太守の張邈殿が呂布を自分が治める郡に招いたそうです」
荀彧は顔を伏せながら、報告をした。
だが、曹操はその報告を聞いても訳が分からない顔をしていた。
「……有り得ん! それは偽報であろうっ。もっと詳しく調べるのだっ」
「殿。呂布が率いる軍は陳留郡から参りました。更に『張』の字が書かれた旗が掲げられていました。陳留に居る密偵からは、張邈の弟の張超が一軍を率いて陳留に駐屯したそうです。我が君、これは反乱ですぞっ」
「……馬鹿な、有り得ん。孟卓が何故…………」
曹操はあまりの衝撃でへたり込んだ。
長年親友であった者が突然、反乱を起こした事に曹操は青ざめた顔をしていた。
「殿。お気を確かに。張邈が反乱を起こした理由は分かりませんが、今はこの反乱を抑え込むのが先です」
「…………う、うむ。そうだな。直ぐに夏候惇を呼べ。軍議を開くっ」
「はっ」
曹操は直ぐに正気を取り戻し、荀彧に軍議を開く事を告げた。
荀彧が一礼し部屋から出て行くと、曹操は南を見る。
その方向には陳留があった。
「……友よ。何故だ?」
そう呟いても返事は来なかった。
曹操は張邈を冷遇をした覚えなど無かった。
それなのに、どうして反乱を起こしたのか分からなかった。
一度話す機会を作るべきだなと思いながら曹操は部屋を出た。
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