閑話 言葉

 彭城に留まることになった陶謙。


 薬師の懸命な治療を行っているが、日に日に弱っていく。


 戦により齎された被害と、城内の民からの怒りにより心が弱ってると薬師告げた。


 そんな中で、陶商が陶謙に呼ばれた。


 陶商が部屋に入ると、床で横になっている陶謙が目に入った。


 側には薬師の他に、使用人や侍女が控えていた。 


「父上。お呼びにより参りました」


「おお、来たか・・・・・・」


 声が弱弱しく、元気が無かった。


 陶謙は何かを言う前に、薬師と使用人達を見る。


 薬師達は何も言わず、無言で頭を下げて部屋を後にした。


 部屋には陶謙達だけになると、ようやく口を開いた。


「せがれは、陶応は何処に居るか分かるか?」

 

 陶謙の口から、陶応の名が出るのを聞いて、陶商は思わず眉をひそめる。


 今陶謙がこの様な姿になっているのは、間違いなく陶応であった。


 元々、兄弟仲は良くなかった為、今回の件で陶商は陶応と縁を切る事を決めた。


「・・・・・・人を遣って探させていますが、見つかっていないそうです」


「そうか。もう探すのは止めよ」


「父上。良いのですか? あやつを捕らえて、あやつが言った事は嘘だという事を、民に伝える必要があると思いますが」


 その後は、処刑するか追放するかは決めるのは、陶謙次第だと思う陶商。


 だが、陶謙は首を横に振った。


「此度の戦でよく分かった。あの曹昂という者は、父親である曹操に劣らぬ奸雄よ。あの場で張闓達だけではなく、陶応の姿を見せて話をさせたのは、徐州征伐の大義名分を知らしめる為よ。それが終われば、もう用済みよ。自分の一族を殺した者達を何時までも、手元に置く必要はないであろう」


「では、もう陶応達は」


 陶商が最後まで言う前に、陶謙は首を横に振った。


「……息子よ。これが儂の最後の言葉と思い訊くが良い……」


「……はいっ」


「儂が死んだ後は、けして士官するな。お主の才覚では、この乱世は生き残る事は出来ん。儂の財産の全てをお前に渡す。それを使い、商人といて生きるか庶民として生きるかは、お主に任せる」


「はい。お言葉に従います」


 陶商は悲しみで身体を震わせながら、陶謙の言葉に頷いていた。


「父上。わたしはそれで構いませんが、この徐州はどうされるのです? もし父上が亡くなれば、その間、この土地を治める者が居なくなります」


 陶商の疑問に、陶謙は分かっているとばかりに笑った。


「それについては、既に考えている。それについては陳珪と相談して決めるつもりだ。尤も、もう候補は居るのだがな」


 陶謙の中では、既に候補が居るのだと分かった。


 陶商がそれが誰なのか聞こうとした所で、部屋の外に控えている使用人が「陳珪様が参りました」と告げた。


「そうか。通すが良い。息子よ。話は終わりだ」


「はっ」


 退室する様に促され、陶商は一礼し部屋を後にした。


 出る際、陳珪とすれ違ったので、目礼だけいえ離れて行った。


 廊下を歩きながら、陶商は候補とはいったい誰なのだろうと思っていた。

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