陶謙の帰還

曹昂軍が徐州を撤退してから十数日後。




 徐州下邳国東成県の城内の大広間。


「なにっ、曹昂軍が撤退した⁉」


 劉備は驚きの声を上げた。


 曹昂軍から解放された元劉備軍の兵が東成県にやって来た。


 城内に入り事情を話すと、そのまま大広間へと通されて此処に来た事情を改めて話した。


「はっ。詳しい事情は分かりませんが。国元で危急な事態が起こり、徐州征伐する事が出来ず撤退したとの事です」


 兵は自分が訊いた話をそのまま劉備達に話した。


 兵の報告を聞いて劉備を含めた部屋に居並ぶ者達はざわついていた。


「静まるのだ。それで、曹昂の軍はもう徐州には居ないと?」


 陶謙は声を上げて落ち着かせて兵に訊ねた。


「はっ。私が、解放された日から考えても恐らくは」


 兵が自分が解放されて、この県までに掛かった日数を考えて答えた。


 如何に大軍とは言え、どう考えても徐州は出ているだろうと予想は出来た。


「っち、曹昂軍の背後を突く事は出来ないか」


 兵の報告を聞いて張飛は最初今までしてやられた仕返しに奇襲できるかもと思ったが、無理だと分かり周りに聞こえる程の舌打ちをした。


「やれやれ、郯県での戦いの事をもう忘れていると見える。また同じ事をして恥を掻くおつもりか」


 張飛とは向かいの列に並ぶ曹豹が首を振る。


「なん、だと……てめえ……」


 皮肉を言われた張飛は怒りつつも事実であるので反論が出来なかった。


「抑えろ。張飛」


 関羽は怒る張飛を宥めた。関羽も曹豹と同意見なのか反論もしなかった。


「曹豹殿の言う通りだ。張飛、自重しろ」


 劉備にまで軽率だと言われて張飛は唸り声を挙げた。


「陶謙殿。これからは如何なさいますか?」


 劉備は陶謙にこれから如何するのか訊ねた。


「……何時までも此処東成県には居られん。郯県に戻るとしよう」


 陶謙は少し考えた後、州の政治を行っている郯県へ戻る事を決めた。


 そうと決めると陶謙達は直ぐに移動の準備を始めた。


 話し合いの結果、移動経路は彭城国を経由して、東海郡へ向かう事に決まった。




 数日後。


 陶謙軍は東成県を出発し北上した。


 途中進路上にある城に寄ったが、城内の様子の確認の為だ。


 曹昂軍の追撃から逃げる際、進路上にある城を通過したがその際、多くの城が陥落せず降伏しただけだという事を知った。


 そして、城内へ入ると至る所に糊付けされた紙が貼られていた。


『卑劣なる陶謙は曹嵩と一族の者達を殺し財宝を奪った。我、義兵を挙げん』


『卑劣なる陶謙は命惜しさに奪った財宝を持って故郷の揚州に逃げた』


 など書かれていた。


 城内居る民達はそれを読んでいた所為か陶謙が城内に入るのを見ると冷ややかな目で見ていた。


「おい、陶謙は南から来たって聞いたぞ」


「ああ。だとすると、紙に書かれている事は本当なのか?」


 陶謙の姿を見てざわつく民達。


 民達の話し声が聞こえている陶謙は何も言えなかった。


 頭の隅で揚州に逃げようかという気持ちが過ったのは確かであった。


 其処に曹昂軍が撤退したと聞いたので郯県へ戻る事が出来た。なので、陶謙は何も言えなかった。


 口を閉ざす陶謙を見て民達はあの紙に書かれている内容は本当なのではと思い込み始めた。




 陶謙達は城の様子を確認するだけであったのだが、城内の民達からしたら敵を追い払う事が出来ず逃げ出して、敵が撤退したので戻って来て食糧だけ集たかりに来たとしか思えなかった。


 民達の猜疑心に満ちた視線を浴びる度に陶謙は気落ちしていった。


 数日後。下邳国を通り抜け彭城国に入った陶謙軍。


 彭城県に到達すると、城は無残な姿となっていた。


 矢が至る所に突き刺さり、城壁や楼閣には火が放たれたのか黒く焦げていた


 城内に入ると、其処は更に悲惨であった。


 略奪する為に破壊された家々。赤黒い染みがこびり付いていた。


 道には破壊された家の壁、何かの破片などが散らばり文字通り足の踏み場さえなかった。


 生き残った城内に居る者達は破片などを片付けていた。


「これは酷い有様だな……」


「降伏した城とは此処まで違いがあるとは……」


 劉備と麋竺は城内の惨状を見て手で口を抑えていた。


 陶謙は青い顔で何も言えなかった。


 自分が逃げた事でこれ程の惨状になるとは思いもしなかったという顔であった。


 破片を片付けていた民達は陶謙達を見るなりキッと睨んだ。


 自分達がこんな目に遭うのはお前達の所為だと言っている様であった。


「あ、ああ……わ、わしは……」


 民達の怒りに満ちた視線を全身で浴びて陶謙はガタガタと震えて何も言えなかった。


「わしは……わしは…………うぐぅぅ」


 そう呟いた後、陶謙は胸を抑えて苦しみの声を上げた。


「陶謙殿⁈」


「殿。しっかりして下さい!」


 劉備と麋竺は苦しみだした陶謙の側に寄り身体を支えた。


 そして、陶謙を連れて内城へと向かった。


 内城も略奪されていたが、火が放たれていなかった様で施設としては使えた。


 其処に陶謙を休ませる事にした。 


 表向きは曹昂軍に破壊された彭城の再建と治安回復を務める名目で陶謙軍は彭城に駐屯した。

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