交渉

 曹昂軍が、駐屯している繒県へと向かう者達が居た。


 着ている服は裾などが擦り切れており、着用している革製の鎧はくたびれていた。


 持っている槍の棒の部分には、細かい傷が幾つもあった。


 兵達も身嗜みを綺麗にしているとは言えず、皆身体の何処かに傷があり髭は整えていなかった。中には髪を結わえていない者まで居た。


 見るからに、兵士というよりも野盗といった者達であった。


 そんな野盗の集団の先頭で、馬に乗っている者が居た。


 年齢は三十代前半で鋭く引き締まった顔立ちに顔全体を覆うように髭を生やしていた。


 他の人の目に比べると白目の部分が大きかった。額から左目の上を通り頬にかけて斜めに走った切り傷があった。


 左目は普通に物が見えているので視界は問題ないようであった。


 身の丈は八尺約百八十センチほどあり、屈強な身体を持っていた。


 この者の名は臧覇。字を宣高と言う者であった。


(さて、手紙で呼び出したという曹操とは、如何なる人物であろうか?)


 臧覇は馬に揺られながら、頭の中の想像で曹操はどんな人物なのか考えた。


 数日前に、自分の元に手紙が送られてきた。


 内容は天下の事で論じたいので、繒県まで来られたしと書かれていた。


 曹操の噂は聞いているが、会った事も無い。


 そのような人物が、どうして自分を呼び出したのか分からなかった臧覇。


 部下達は呼び出すとは無礼だと言って無視するべきだと言って来たが、臧覇としては天下に名高い曹操が、自分を呼び出す理由が気になり呼び出しに応じる事にした。


 一時期陶謙に仕えはしたが、意見が合わず開陽で半独立状態になったが、何時までも、この状態でいられないのは分かっていた。


 だが、陶謙にまた仕えようという思いは無く、別の勢力に着くか独立しようと考えていた。


 そんな時に、自分がいる県の近くを支配している曹操が会いたいと言うので話を聞く事にした。


(話をして気に入らなかったら、配下に加わらないで、本当に独立するか)


 そう考え護衛として兵を千騎ほど率いて繒県へと向かっていた。


「おい」


「へい。何ですか? 頭」


「頭は止めろ。俺は別に山賊の大将じゃない」


「すいません」


 臧覇に怒られ、謝る部下。


 部下は謝りつつ、その見た目で山賊じゃないと言われてもおかしいと内心思った。


「繒県には、先触れを送っているんだろうな?」


「はい。ちゃんと出しております。今日あたりに着くと伝えております」


「そうか。相手は曹操だからな、何があるか分からないから十分に注意しろよ」


 臧覇は連れて来た部下達に注意を促すと、部下達は声を上げて応じた。


 それから、少しすると臧覇達の前に数騎の集団がやって来た。


 見慣れない騎馬の一団に、警戒する臧覇達。


 その騎馬の一団が臧覇達から、十歩ほど離れた所で止まると先頭に居る者が声を掛けて来た。


「其処に居るのは、臧宣高殿の一行か?」


「そうだ! お前は何者だっ?」


「私は曹操様が一子であられる曹昂様の家臣の刑道栄だ! 我が主人の命で迎えに参った‼」


「ほぅ、それはありがたい」


 曹操の息子の家臣が迎えに来たと聞いて、予想よりも待遇が良い気がする臧覇。


(ふむ。それだけ、俺の実力を重く見ているという事か? いや、会ってみないと分からんか)


 とりあえず、曹操に会い自分をどう遇するのか聞いてから、軍門に降るか独立をするか決めようと考える臧覇。


 せめて、陶謙よりも重い役職を与えてくれよと思いながら、刑螂の後に付いて行った。




 刑螂の案内で繒県城内に入る臧覇達。


 城に入る前に、城の外に布陣している陣営の数を見た。


 装備は粗末であったり、よく整備されていたりとバラバラであったが、数は多かった。


 臧覇の見立てでは、十万近くは居るだろうと予想した。


(これは、もし戦ったら勝っても負けても、途轍もない損害が出るな)


 下手に、向こうの申し出を断る事が出来ないなと思いながら歩く臧覇。


 内城に入り中庭を通ると、刑螂に其処で臧覇と護衛の者だけ通すと言われた。


 臧覇の部下達は不満そうであったが、臧覇は護衛に連れて行ける人数を聞き、信用が篤く腕が立つ部下を選んだ。


 選び終わると、刑螂が手で付いて来る様に合図を送ると臧覇と護衛の部下達はその後に付いて行った。




 繒県城内にある大広間。


 曹昂は、其処の一番奥にある席に座り臧覇が来るのを待っていた。


 頬杖をつきながら部屋に居る将達を見ている曹昂。卓を指で叩きながら臧覇達が来るのを待っていた。


「少しは落ち着けよ」


 曹昂の隣に居る董白が、卓を叩く曹昂に落ち着くように声を掛ける。


「あ、ああ、うん。そうだね……」


 董白に言われて曹昂は卓を叩くのを止めるが、少しするとまた卓を叩きだした。


 それを見て、董白は溜め息を吐いた。


「お前、あたしがこれを言うのは何回目だよ? 少しは落ち着けよ」


「ごめん」


 董白に指摘されて、素直に謝る曹昂。


 其処まで言われては流石に落ち着かねばならないと思ったのか、曹昂は息を吐いて気を静めた。


 それで落ち着いて来たかと思われたが、また卓を指で叩こうと指を動かそうとしていた所に、大広間の扉が開かれ兵士が入って来た。


「申し上げます。刑螂殿が客人方を連れて参りました」


「お通ししろ」


 兵士が一礼して報告するなり、曹昂は頬杖をつくのを止めて身嗜みを整えつつ通すように指示した。


 言われた兵士は一礼し部屋を出て行く。少しすると、扉が開かれた。


 開かれた扉から入って来たのは刑螂の後に数人の見慣れない者達であった。


 その見慣れない者達の先頭に居る者が注意深く辺りを見回していた。


(ふむ。あれが臧覇かな? う~ん。何と言うか、見た目まんま山賊だな)


 臧覇だと、当たりを付けた者を見た曹昂はそう思った。


 顔は全体を覆うように髭を生やし、額から左目の上を通り頬にかけて斜めに走った切り傷があった。


 目も大きく白目の部分が多いので三白眼であった。身の丈は約八尺ほどあり屈強な身体をしていた。


 鉄の鎧を着ているが、その下に来ている服の裾などは擦り切れていた。


(この人に山で会ったら、皆山賊だと思うだろうな)


 そう思いながら、臧覇達を見る曹昂。


 刑螂が、曹昂からある程度離れた所で止まると一礼する。


 臧覇達は刑螂が誰に頭を下げているのか分からないというよりも、頭を下げる必要がないのか佇んでいた。


 于禁達は無礼なと思い、柄に手を掛けるが、曹昂は手で止めた。


「殿。臧宣高殿の一行をお連れしました」


「ご苦労」


 刑蟷は臧覇達が自分の後ろに居るので、頭を下げているのか知らないままで曹昂に報告をした。


 曹昂は刑螂を労うと、刑螂は一礼し于禁達が並んでいる所に自分も並んだ。


「よくぞ、此処まで来られた。僕はこの軍の大将をしている曹昂と申します」


 曹昂が名乗りながら自分の立場を言うと、臧覇達はキョトンとしていた。


 てっきり曹操が来たと思っていたので、大将は曹操だと思っていた。其処に曹昂が大将をしていると言うので、呆気に取られるのも無理はない事であった。


「曹昂って、確か曹操の息子だよな?」


「ああ、そう聞いているぜ」


「まだガキじゃねえか」


「こんな子供に軍の指揮が出来るのか?」


 臧覇と共に連れて来た者達は、明らかに曹昂を馬鹿にしたように話していた。


 本人達は小声で話しているつもりであろうが、曹昂達の耳にはハッキリと聞こえていた。


 曹昂を除いた皆が、今にも剣を抜きそうな程に怒気を発していた。


 曹昂は皆を落ち着かせようと口を開こうとしたが、臧覇が肩越しに部下達を睨む。


「黙ってろ。さもないと、俺がその舌を切り取るぞっ」


 静かだが怒った声で、部下達に言う臧覇。


 忽ち部下達は、青い顔をして頷いた。


 臧覇は前に振り向くと、曹昂に向かって頭を下げる。


「部下が失礼をした。改めて、我が名は臧覇。字を宣高と言う。お呼びとの事で参った」


 臧覇が謝りつつ頭を下げるので、部下達もそれに倣った。


 見事に統率されているのを見た曹昂は、手を振る。


「手紙でお呼び立てしたのはこちらなので、そう畏まらないで結構ですよ」


「左様で」


 そう答えながら臧覇は、曹昂の周りに居る者達を見る。


(この曹昂と同じぐらいの年齢の者も居るが、居並んでいる者達は部将だな。曹昂の隣に居るのは侍女か? それにしては、綺麗な服を着ているな。まぁ、何かしらの役職に就いているのだろう)


 曹昂の隣に居る董白の正体が分からない臧覇は、女官か何かだと思いながら、曹昂に話し掛ける。


「お呼びとの事で参ったが、何用か?」


 臧覇の中では、今回の陶謙の戦の事で呼び出されたのだと推察していたが、一応確認の為に訊ねた。


「それは、宣高殿の様な優れた御方が徐州の片田舎に何時までも居るのは勿体ないと思い、声を掛けた次第です」


「ほぅ、つまりは、貴殿の父の軍門に降れと?」


「平たく言えばそうなりますね」


「ふん。ならば、その見返りは、何なのか教えて頂こう」


 臧覇は降るにしても、何の見返りも無いのに降るつもりは無かった。


 最低でも県の県令を約束すると言うのであれば軍門に降り、金銀財宝をくれると言えば、この話は断ろうと決めていた。


(県令にするという誓約書を交わせば、向こうも無下には出来ない。もし、してもそれで非難するだけだ。どれだけの金銀財宝を送ると言われても、本当に送って来るのか分からない物の為に戦う事など、馬鹿な事は無い)


 臧覇は曹昂がどう答えるのか興味を持ちながら、答えを待った。


 于禁達は何と言うのだろうと思い、関心を抱いていた。


「……では、我らの軍門に降ると言うのであれば、この琅邪国の太守に任命すると言うのは如何でしょうか?」


「「「……はっ?」」」


 曹昂の口から出た言葉に皆、耳を疑った。


「……申し訳ない。もう一度おっしゃってくれるか?」


 聞き間違いだと思いもう一度訊ねる臧覇。


「この琅邪国の太守に任命すると言うのは如何でしょうか」


 曹昂は聞き間違えない様に、ハッキリと答えた。


 それを聞いて、臧覇を含めた皆は言葉を失った。


「……曹昂殿。貴殿の父君は兗州の州牧であるので、兗州であれば何処かの郡の太守にしてくれると言うのは分かる。だが、此処は徐州だ。何故、貴殿が此処徐州の太守の任命が出来るのだ?」


 あまりに荒唐無稽な言葉に、臧覇は怒るよりも何処からそんな事が言えるのか分からず訊ねた。


 曹昂はその理由を順に話しだした。


「陶謙は長安の朝廷に貢物を送り、徐州州牧の地位と安東将軍と溧陽侯の位を貰った事は御存じで?」


「うむ。それは知っている」


「今の長安は李傕と郭汜の二人が支配しています。その二人は董卓の部下であった事はご承知で?」


「当然だ」


 何故、そんな事を聞いているんだという顔をしながら答える臧覇。


 曹昂は、隣に董白を指差した。


「この女性は、僕の妻で名前を董白と言います」


 曹昂が妻と紹介されて、董白は嬉しいのか顔を緩めつつ頬を掻いていた。


「董白? ……もしやっ」


 今迄の話と董の性を聞いて臧覇は、何かに思い至った顔をした。


 そんな臧覇の顔を見て、曹昂は笑みを浮かべた。


「ご想像通り。この董白は董卓の孫娘ですっ」


 曹昂が董白の身分を言うと、臧覇は唸った。


 部下達は話に付いて行けないのか、頻りに首を傾げていた。


「つまり、主筋の孫娘の婿である曹昂殿が、今の朝廷に私を琅邪国の太守に推挙すれば任命される可能性は高いと?」


「その通りです」


 臧覇の問いに答えつつ、曹昂は董白に訊ねた。


「大丈夫だよね?」


「其処は任せろ。李傕と郭汜はあたしが生まれた時からの付き合いだ。爺ちゃんは知らねえが、あたしだけは知っている二人の誰にも知られたくない秘密を沢山持っているからな」


 董白が自信満々に言うので、曹昂は満足そうに頷いた。


「という訳で、この戦に協力するというのであれば、一郡の太守に成れますよ」


「……少し考える時間を頂きたい」


 臧覇は考えを纏めたいので、時間が欲しいと言い出した。


「一旦帰ります? それとも別室を用意しますか?」


「……別室で考えたい」


 臧覇はそう答えると、自分の後ろから腹の虫が鳴る音が聞こえた。


 それほど大きくない音なのだが、丁度誰も話していない時に鳴り出したので、余計に響いた。


 腹の虫を鳴らした部下も、恥ずかしいのか頭を掻いていた。


「腹を空かしたままで考えても碌な事も浮かばないでしょう。一緒に粗餐でも如何です?」


「いや、しかし」


「別に大した物ではないので」


「……では、お言葉に甘えて」


 臧覇も部下の腹の虫が鳴いた音を聞いて、自分も腹を空かしていると自覚した。


 とりあえず、腹に何か詰め込んでから考える事にした臧覇。


(考えたいから、酒は程々にしないとな)


 そう考えながら臧覇は昼餐が出て来るのを待った。




 新しく臧覇達の席を用意し、曹昂達は昼食を取る事にした。


 別に宴と言う訳では無いので、楽士も妓女も呼ばなかった。


 臧覇達も特に不満はない様であったが、膳にある料理に目を奪われていた。


 一つは褐色の円形の形をしている物に挟まれた円形に平らに広げられた物の上に、焼き色がついた輪切りにされた物と黄色い薄く切られた物が挟まれていた。卵を焼いたのか、中心部分が黄色で外側が白く円形に焼かれていた。


 もう一つは、同じ褐色の円形の形をしている物に、挟まれた黒茶色の液体が掛かった平らに広げられた物と黄色い液体が掛かり入っていた。


 それが、平たい皿に置かれていた。


(何だ。これは?)


 臧覇達は、初めて見る物に戸惑っていた。


 部下の一人が指を伸ばして、褐色の円形の物を突っついた。すると、指が沈み込んだの驚いて、指を引っ込めた。


 だが、その感触が面白いのか、その部下は指を伸ばして突っつきだした。


 得体の知れない物に臧覇達は困惑している中で、向かいの席に座っている于禁達はその褐色の円形の物を掴み、口を大きく開けて咀嚼していた。


 曹昂も手で、持って食べていた。


 咀嚼している顔が何とも美味しそうなので、臧覇達は唾を飲み込んでいた。


 自分達も手を付けたいが、見た事も無い料理なので手を出しづらそうであった。


「どうかしました?」


 臧覇達が食べないのを見て曹昂は不思議そうな顔で訊ねた。


 于禁達は臧覇達が食べないのを見て不服そうな顔をしていた。


「あ、いや、その。この料理は何と言うのですか?」


 臧覇がそう訊ねてきて、曹昂はハッとした。


「ああ、すいません。説明していませんでしたね。これは焼きタルタルステーキ(ハンバーグ)を挟んだ料理で名付けて漢堡包はんぱおと名付けました」


「はんぱお?」


「やきたるたるすてーき?」


 臧覇達は初めて、聞く言葉に目を点にしていた。


「簡単に言えば、焼餅に肉団子を挟んだ物ですよ」


「……あ、ああ、成程。そういう料理か」


 曹昂の説明を聞いて、臧覇は目の前にある漢堡包がどんな料理か分かった。


(何の事は無い焼餅に肉を団子にした物を挟んだだけか)


 この焼餅とは無発酵パンの一種の事だ。


「しかし、その割りには、何と言うか、ふかふかしているな」


 部下に真似て臧覇もパンの部分を指で押して見ると、指が沈みそうな位にふかふかしているので、驚いていた。


 いつも、自分達が食べている焼餅はこれ程ふかふかしておらず、固く食べ応えがある物であった。


「まぁ、どんなのか分かったので。頂くとしようか」


 臧覇が四つある内の一つに手を伸ばして口を開けて噛み付いた。


「……うめえっ」


 少し咀嚼した後、臧覇の一声はそれであった。


 外側は香ばしく焼かれた食感と、中の部分は白く柔らかかった。


 挟まれている物は輪切りにされた物も甘く、噛むとホロホロになっていった。


 黄色い薄く切られた物は、酢で漬け込んでいた様で酸味があったが、その酸味が肉の脂身を打ち消してくれた。


 もう一つの曹昂が言っていた肉団子。中までしっかりと火が通っているのに、噛み切れる程に柔らかかった。


 それでいて、味付けもされていて、塩だけではなく色々な香辛料が使われている様で、肉の臭みなど感じさせる事がなかった。


 更に食べ進むと、卵の中心部分の黄身の部分に辿り着いた。


 噛みつくと黄身は完全に火が通っていなかった様で、其処から黄色い液が流れ出た。


 それが肉に混ざり、更なるコクを与えていた。


(こんなにふかふかな焼餅なんて初めて食ったぜ。さて、もう一つは)


 臧覇は漢堡包の味に感激しつつ、もう一つの方に手を伸ばして噛みついた。


 その途端、臧覇の手の動きが止まった。口だけは咀嚼する為に動いているが、表情が無く、ただ無心で食べていた。


 口の中に入っている漢堡包が嚥下すると、また噛みつき無言で咀嚼していた。


(無言で食べてる。そんなに気に入ったのか)


 臧覇が食べているのを見て曹昂はそう思った。


 そして、臧覇が食べている漢堡包が無くなると臧覇は手をジッと見た。


「……曹昂殿。申し訳ないが、この今食べた漢堡包の方を頂けるだろうか?」


「ええ、どうぞ。まだ沢山あるので。味付けはどうしますか?」


「……その、二つ目の甘く塩味がある物と、酸味もある物が掛かっているのと加えて、この最初食べた時に挟まれていた卵も入れてくれませんか」


 ちゃっかりと、自分が食べたい物を注文する臧覇。


 曹昂は特に何も言わず、侍女に臧覇が言った物を持って来るように命じた。


「気に入りました? 照り焼き汁照り焼きソース魔夜眠不マヨネーズを掛けた漢堡包は?」


「ええ、とても。また、甘くしょっぱくて酸味を感じられるとは素晴らしいですな。また、挟まれている肉も良い。細かく刻んで円形に固めた事で肉の脂と味が美味しく食べれますな」


 其処まで言って臧覇は、ふと思い訊ねた。


「そう言えば、この肉の団子は何の肉を使っているのですか?」


 食べた感じでは、鶏肉では無い豚肉を使っているが、それだけではこれほど美味しい肉の団子にはならない。


 其処が気になり訊ねる臧覇。


「ああ、この肉は牛と豚の肉を細かく刻んで成形した物です」


 曹昂が肉の種類を教えると、臧覇達は噴き出した。


 臧覇は食べ終えているが、部下達は食べている者も居たので口の中にある物も噴き出していた。


 それを見て、于禁達は汚いと思いつつ、無礼だなと思った。


「げほ、げほ……ぶたと、うしのにく?」


「ええ、そうですよ」


 臧覇が咳きこみながら訊ねると、曹昂はその通りとばかりに頷いた。


(……嘘だろう。いや、しかし、この肉の食感は鳥でも羊でも無かった。しかし、牛だとっ)


 臧覇は牛の肉を食べたと、知り慄いていた。


 この時代では、牛の肉は食べられはしていたが、主に畑を耕す為か車を引くための労働力としてだけでは無く、何かの儀式の際に生贄に捧げられる神聖な生き物で神に供える最高の贄という存在であった。


 そんな存在の為か、臧覇も牛を食べたのは数度しかなかった。


 その時食べた牛は、動けなくなった牛を潰した肉を食べたのだが、その時の食べた食感に比べても、柔らかかった。


 話を聞いた限りでは、豚肉を混ぜているらしいが、それでも牛肉がこんなに柔らかくなる事に驚いていた。


 臧覇でさえそうなのだから、部下達も同じで冷や汗を流していた。


「どうしました? あっ、もしかして牛肉が苦手だったとか?」


 曹昂が訊ねると、臧覇達は首を振った。


 臧覇はチラリと于禁達を見たが、牛肉と聞いても特に思う事ないのか平然と食べていた。


(牛肉が出たというのに驚いていないっ。という事は、曹操軍は普段から牛肉を食べているという事か?)


 牛を労働力にしないで食べる。それだけ豊かだという証拠を突き付けられた気分の臧覇。


(兵力の多さ、牛肉を食べられる豊かさ。敵ながら恐ろしい存在だな)


 そう思うと臧覇は曹操と敵対するのを避けたい気分になった。部下達も同じ思いなのか、臧覇と同じ様な顔をしていた。


 少しすると、臧覇の注文通りの漢堡包が来たが、最初食べた時に比べると臧覇達は黙々と食べだした。


 臧覇達が一言も喋らないで黙って食べるのを見て、そんなに気に入ったんだなと曹昂は思った。


 皆、食べ終わると食後の菓子として、漉し餡の練り羊羹が出て来た。


 于禁達は羊羹が食べれるのを喜びつつ、黒文字で切り取り口の中に運んで行った。


 臧覇達は曹昂から甘い物だと聞いて于禁達と同じようにして食べると、その甘さに驚嘆していた。




 数刻後。




「では、数日後に参りますっ」 


 臧覇は馬に跨りながら曹昂に一礼していた。


 部下達も同じように一礼していた。


「承知しました。では、また後日」


「はっ」


 臧覇は曹昂に一礼し、中庭から出て行った


 臧覇を見送ると、曹昂は安堵の息を吐いた。


「ふぅ、良かった。協力して貰って」


「そうだな。昼飯を食べ終わった途端に、跪いて『陶謙征伐に助力するので。太守の件をよろしくお願いする』って言った時は、どうしたんだと思ったぜ」


 曹昂の独白に答えるように、孫策も話が進んだ事に驚いていた。


「まぁ、何はともあれ。これで陶謙を攻めている時に、背後を突かれる心配は無くなりましたな」


「うむ。これで安心して、彭城に攻め込む事が出来る」


 朱霊と于禁は何の憂いも無く戦が出来る事を喜んでいた。


「しかし、牛肉と聞いて噴き出したからね。苦手だったのかな? 申し訳ない事をしたな」


 臧覇達が漢堡包を噴き出したのを見て、曹昂は悪い事をしたなと思った。


「ふん。何とも勿体ない事をする」


 于禁達は漢堡包を噴き出したのを見て怒っていたが、臧覇達が牛肉を饗された事で驚いて噴き出したとは知らない。


「まぁ、お詫びとして羊肝餅を、何本か上げたから良いと思うぜ」


 孫策は内心ちょっと人が良すぎではと思うが、曹昂だから良いかと思い何も言わなかった。


「そうだね。でも、孫策達が牛肉を食べたから普通に食べれると思っていたよ」


 濮陽から曹昂が州治を行っている許県に着いた時、戦勝を祈ってという意味で牛肉の料理を出した。


 朱霊と于禁は驚きはしたが、孫策は曹昂が許県にある牧場で牛を飼い食べる様に飼育していると聞いていたので出ても驚きはしなかった。


「俺はどちらかと言うと、漢堡包よりも牛肉の炙膾牛肉のタタキの方が良いな。肉の噛み応えが味わえる。其処に酢と豆醤の上澄み液を混ぜたのを付けて食べると、この上ないほど美味いと思うけどな」


 孫策が牛肉の料理で、自分の中で美味いのを挙げると于禁達も言い出した。


「私は牛肉だけの焼きたるたるすてーきだな。豚肉を混ぜていないので、脂がしつこくない上に、肉を食べた感じがするからな」


「私は切って、あの照り焼き汁を掛けた物が好きですな。あの甘くて塩味がある味、酒が何杯でも進みそうだ」


 朱霊はハンバーグを、于禁は牛肉の照り焼きが良いと言い出した。


「まぁ、どれも美味しいよね」


「「「確かに」」」


 曹昂がそう言うと、皆は笑い出した。


「なぁ、今更だけど。あの照り焼き汁って、どんな風に作るんだ?」


「豆醤の上澄み液。酒。後最近ようやく出来た味醂」


「みりん? 何だ。それ?」


「甘い酒かな。最近、ようやく出来たんだよ」


 曹昂が苦労したと言いたげに、息を漏らした。


「原料は分かっているんだけど、熟成させるのが難しくてね。何度も腐造したよ」


 父曹操が作る様に命じた酒の製造よりも、何倍も疲れたと思う曹昂。


「へぇ、それって飲めるのか?」


「僕はまだ飲んだ事は無いけど、飲んだ人が言うには、甘いらしいよ」


「そうなのか。今度、飲んでも良いか?」


「……別に良いけど、今は駄目だよ」


「分かってる」


 曹昂達は城の中に入ろうとしたが、曹昂は視界の隅に居る人物を見て足を止めた。


「? どうした?」


「腹ごなしに、ちょっと散歩してくる」


「遠くに行くなよ。あまり、遠くに行くと嫁さんが血相変えて探し出すぞ」


「分かってるよ」


 孫策に揶揄われ苦笑いする曹昂は、孫策達と別れて中庭を歩き出した。


 少し歩くと、曹昂は足を止めた。


 すると、曹昂の背後に音もなく人が現れた。


 曹昂は背後に居る者に構う事なく、口を開いた。


「何か報告事項があるか」


「いえ、特には」


「そう。じゃあ、捕らえた陶応と張闓達は何時頃この城に来れる?」


「はっ。明後日までには、この城に運び終えます」


「そう。張闓達が持っていた財宝は?」


「既に許県へ運び出しております」


「そう。分かった」


 曹昂の返事を聞くと、曹昂に報告していた者は音もなく姿を消した。


「……さて、戻るか」


 曹昂は散歩を終えて城の中へと戻った。




 本作に出て来る臧覇は生年は160年とします。

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