琅邪国へ交渉に向かう

 宴を行った翌日。




 話し合った結果、全軍で開陽に向かう事となった。


 曹昂からしたら全軍で向かえば、威圧されて話を聞いてくれる気が無くなるのではと思い渋ったが、他の将達がそれなりの勢力を持っているのだから、全軍で向かうべきだという意見に負けて全軍で向かう事にした。


(まぁ、交渉が決裂して戦うと言う事も考えられるからな。それも考えて全軍で行くのも良いか)


 そう思い曹昂は、全軍で臧覇の元に向かう事にした。




 曹昂軍は郯県を出発し北上した。


 繒県を降伏させ駐屯し、ついでとばかりに、守備兵だけ軍に組み込んだ。


 城の謁見の間にある上座に座る曹昂は、居並ぶ将達に訊ねる。


「臧覇を我が軍の味方に引き入れる為に此処まで来たけど、此処からどうしようか?」


 曹昂の考えでは、率いていた部隊を臧覇が駐屯している開陽の近くで布陣して、其処で人か手紙を送り、一席設けて味方になる様に交渉するつもりであった。


 だが、全軍でこの地まで来ているので開陽まで行けば、警戒される可能性があった。


「そんなの簡単です。臧覇に手紙を送り、此処まで来るように伝えれば良いのです」


 劉巴はこれで解決とばかりに進言したが、曹昂は考えた。


「流石に見ず知らずの人から手紙を貰っても来るか分からないだろう。いっそのこと僕が部隊を率いて、開陽に行って話をするか?」


 曹昂が零すと、それを聞いた者達は反対した。


「曹昂様は我が軍の総大将であられるのですぞっ。その様な事をされては困ります!」


「もし、臧覇が陶謙と密約を交わして、曹昂殿が捕縛される様な事になれば、我等は曹操殿に申し開きが出来ません!」


「殿。ご自重下さい」


「お前さ、俺でもしない事をするなよ」


 朱霊、于禁、劉巴だけではなく孫策まで苦言を呈すが曹昂は唸った。


「う~ん。でもな、手紙や人で呼びつけたら、無礼に思うかもしれないからな」


「そうかもしれませんが、御身の立場をご理解下さいっ‼」


 劉巴が強くそう言うので、曹昂も折れて臧覇を手紙で繒県に呼び出す事にした。




 曹昂達が臧覇の元に向かっている頃。




 彭城国彭城県。


 その県には陶謙が一万八千の兵と共に駐屯していた。


 其処に戦いに敗れた劉備達が辿り着き、陶謙と対面した。


 劉備は陶謙に会うなり跪き頭を垂れた。


「申し訳ございません。お預かりした兵の大半を失うだけでは無く、郯県をも敵に奪われてしまいました」


 劉備は無念そうに声を絞り出しながら、陶謙に報告した。


 その報告を聞いて、陶謙と居並んでいる者達は衝撃を受けていた。


「なっ、敵の勢いが、それほど激しいと言うのか?」


 陶謙が椅子に座りながら訊ねると、曹豹が口を開いた。


「申し上げます。曹操軍の計略に掛かり、劉備殿が兵を率いて出陣してしまい、私は城を守る為に残ったのですが、兵が少ない所に、敵の別動隊から強襲を受けて、城は陥落させられました。誘き出された劉備殿も曹操軍と一戦交えて敗走いたしました」


 曹豹の報告を聞くと、劉備の後ろに控えていた張飛がムッとした。


 曹豹の言い方では、まるで劉備が敵の計略に嵌まり、城を出なければ城を奪われる事は無かったと言っている様に聞こえたからだ。


 あながち曹豹の言い分も間違っては無い。だが、張飛からしたら、全て敬愛する義兄の劉備の所為と言われては、腹が立つのも無理はない事であった。


 劉備も自分の判断で負けた事に変わりないので、曹豹の報告に口を挟む事はなかった。


「そうか。それで、兵の数は?」


「我等と共に付いて来た兵は二千。残りは捕まったのか殺されたのか逃げたのかは分かりません」


 陶謙が訊ねるので、劉備は自分と共にしている兵の数を報告した。


「そうか。まぁ、兵も全て殺された訳では無かろう。逃げた兵も時を置けば、この城に来るであろう。問題は曹操軍であるな」


 陶謙は近くにいる盧植を見る。


「曹操軍は何時頃、この城まで来るであろうか?」


「郯県とこの彭城は左程離れていません。城攻めで失った兵の編成が済み次第、この城まで来るでしょう」


「その時はどうすれば良いと思う?」


「敵の数が分かりませんが遠征軍である以上、食糧の問題があります。此処は籠城して敵を撤退させるのです」


「しかし、曹操軍は数万と聞いている。この城の兵だけでも守れるであろうか?」


「はい。ですので、この城内に居る全ての民にも城を守らせるのです」


 盧植がそう進言すると、陶謙は悲痛な顔をした。


「城内の民に城を守らせろと言うのかっ‼」


「敵を退けたいのであれば、これしか策はございません」


 盧植が断言すると陶謙は暫し考えた。


「……止むを得ない。麋竺」


「はっ」


 陶謙が声を掛けたのは、別駕従事の麋竺であった。


 字を子仲と言い、年は三十代前半で善良そうな顔付きで整った顎髭を生やしていた。


 身の丈は七尺約百六十センチと高くなかった。


 麋竺の家は、先祖代々富豪という家柄であった。


「城内に居る民達に布告を。城を守る為に兵を募ると伝えよ。女子供関係ないとも」


「……承知しました。それとお願いがございます」


 陶謙の心中を察しているのか、麋竺は反対も述べず深く頭を下げて願い出た。


「何だ?」


「私一人では少々手が足りませんので、どなたかの手を借りても良いでしょうか?」


「別に構わんが、誰の手を借りたい?」


 陶謙がそう訊ねると、麋竺は劉備に目を向けた。


「では、玄徳殿に」


 麋竺がそう言うと、陶謙は劉備を見る。


「劉備殿。如何であろうか?」


「はっ。私で良ければ」


 籠城の準備は曹豹と盧植の二人にさせれば良い。その補佐に関羽と張飛を付ければ良いので、問題ないと言えば問題ないと思い劉備は麋竺の手伝いをする事にした。


「そうか。では、皆籠城の準備を」


 陶謙がそう言うと、皆一礼し部屋から出て行った。盧植は劉備が麋竺の手伝いをするので、関羽達を軍議に参加させる為に連れて行った。


 麋竺は劉備の側に来ると、一礼した。


「玄徳殿。突然の事で驚きかもしれませんが。お願い致します」


「はっ、私で良ければ」


「それと」


 麋竺は膝を曲げて、深く頭を下げた。


「この徐州の為に援軍に来て頂き感謝いたします」


 麋竺が援軍に来た事に感謝を述べたので劉備は恐縮した。


「子仲殿。御立ち下さい。援軍に来たと言うのに、何の役に立ってはおりません。そんな私に感謝など述べる必要などありません」


 劉備がそう言うと、麋竺は顔を上げて首を振る。


「貴方様は他の諸侯が援軍に来ない中で来てくれたのです。その勇気に感謝を述べるのに、何の謂れがありましょうや。それに戦に出れば負ける事はありますが、生きていれば、挽回する事も出来ましょう」


「……そのお言葉、この劉備は嬉しく思います」


 劉備は自分の判断で負けたと思っているところを励まされ、逆にこちらが感謝したい気持ちであった。


 劉備は手で麋竺に立ち上がる様に促すと、麋竺は立ち上がった。


「では、玄徳殿。お手数ですが、私のお手伝いをお願いします」


「はい。それと私の事はこれからは劉備とお呼び下さいませ」


 少ししか話していないが、劉備は麋竺の人柄が気に入ったのか字では無く自分の名前で呼んでも良いと述べた。


「おお、そうですか。では、私の事は麋竺とお呼び下さい」


 麋竺も字では無く名前で呼んでも良いと言った。


「では、麋竺殿。城内の民達の元に向かいましょう」


「はい」


 劉備は麋竺と共に部屋を出て行った。


 この後、麋竺は劉備の人柄に惚れたのか、自分の妹を紹介した。

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