どちらでも良い

「ふむ。流石は呂布と言うべきかな」


 濮陽城内にある謁見の間の前で、冀州に送っている間者からの報告を聞いて曹昂は呂布の武勇に感心していた。


 本当は張燕と呂布の共謀劇であったのだが、間者も其処まで知る事は出来ず、ただ黒山賊と呂布の戦の戦果だけを報告していた。


「それで、奉先殿は冀州に?」


「はっ。袁紹の元で食客扱いで滞在しております。ただ」


「ただ?」


「此度の黒山賊討伐の恩賞に、呂布は兵の補充を願ったそうなのですが、袁紹は色々と理由を付けて拒否しているそうです」


「まぁ、其処は仕方がないね。一万の兵を数十騎で壊滅したんだ。下手に兵を与えると、誰でも自分の身が危うくなると思うだろうね」


 武功を立てるのも、善し悪しだなと思う曹昂。


「引き続き冀州で情報収集してね」


「承知」


 報告した者が一礼し離れて行くと、曹昂は溜め息を吐いた。


「……さて、戻るか」


 曹昂は内心で戻りたくないと思いながら、謁見の間の扉を衛兵に開けて貰う。


 開けて貰った扉を潜り、謁見の間に入ると其処では激論が交わされていた。


「だから、こっちの方が良いであろう」


「いえ、こちらの方が」


「何を言う。こっちの方が良いに決まっているっ」


 曹操、荀彧、夏候惇の三人が自分の意見が正しいとばかりに、言葉に熱を込める。


 その熱が謁見の間に居る者達に伝わったのか、他の者達の言葉にも熱が籠もり出した。


(…………ああ、主要な人達を呼んだのが間違いだったのかな?)


 曹昂は話を聞いていて、心の底からそう思った。


 今、謁見の間には曹操、荀彧、夏候惇の他に武官では曹洪、曹仁、曹純、典韋、楽進、李乾、史渙。文官では程立、郭嘉が居た。


「だから、羊肝餅は漉し餡が良いに決まっているだろうっ」


 曹操が大音声で、そう断言した。


 事の始まりは、曹昂が羊羹こと羊肝餅の材料が届いたので早速作った事が原因であった。


 一応、糧食に使えると言ったので、練り羊羹の方を作った。


 漉し餡と粒餡の他に塩入りを作ったのだが。


「餡子だけしか入っていない事で、純粋に餡の味を楽しめる事が出来る。豆の粒粒した食感なぞなくても、十分に美味しいであろう。食べ終わるまで味が変わらないのは良いであろうっ」


 曹操は漉し餡が良いと言うと、曹洪と曹純と典韋が頷いた。


「いえ、我が君。私は粒餡を推します」


 荀彧は粒餡が良いと力強く言う。


「豆の粒粒した食感を餡子と共に味わえる事で、最後まで飽きる事が無く食べられます。漉し餡も悪くはありませんが、食べ終わるまで同じ味が続くのは飽きが来ます。この羊肝餅は糧食にと考えているのでしょう。であるならば、同じ味が続くよりも豆の食感を味わう事で、兵達は変化を楽しむ事が出来ます」


 荀彧は粒餡の良いところを挙げつつ、兵士に与える事も前提に意見を述べた。


 その意見に、程立と郭嘉が頷いた。


「ふん。確かに、漉し餡も粒餡も両方とも悪くない。寧ろ美味しいと言えるだろう。だが、両方とも甘いだけだ。故に」


 夏候惇は自分の意見は間違っていないとばかりに胸を張る。


「塩だ。塩を入れるべきだ。塩味があるからこそ、両方の餡の味を更に美味へと昇華させる。漉し餡でも粒餡でもどちらでも良いが。塩を入れるべきだっ」


 夏候惇は餡はどちらでも良いから塩を入れるべきだと言うと、曹仁、楽進、李乾、史渙が力強く頷いた。


「塩だと?」


「う~む。塩ですか」


 夏候惇の意見を聞いて、曹操と荀彧は訝しんだ。


「塩なんぞ入れたら、餡子の味が楽しめんだろうが。塩なぞ要らん」


「同感です。塩を入れては餡子と豆の調和が崩れます」


「何を言うかっ。塩があれば、粒餡と餡子の豆の調和を更に美味しく出来る。漉し餡であれば、塩味で餡子を更に美味しく出来るだろう」


「いや、漉し餡は漉し餡だけで楽しむべきだ」


「粒餡も餡子と豆の食感を味わうべきです」


「ええい、この分からず屋共めっ」


「その言葉、そっくりそのままお前に返すぞ。惇!」


 三人を中心に三つの味のどれを糧食にするか話し合った。


(……ええっと、粒餡が荀彧と郭嘉と程立の三人。漉し餡が父上と曹洪と曹純と典韋の四人。塩が夏候惇と曹仁と楽進と李乾と史渙の五人か。今の所、塩派が多いか。これはあれかな。塩派が武官だけなのは身体を動かすから塩味が好きなのかな? 父上は甘党だから、漉し餡なのかな? 荀彧達が粒餡派なのは味で飽きないから楽しめるからかな?)


 曹昂は口論に加わらないで、派閥に加わってる者達に関して考えていた。


 これには特に意味は無い。ただ、話に加わらないので暇潰しに考えていただけだ。


「漉し餡!」


「粒餡!」


「塩!」


 三者三様の反応に曹昂は呆れるしかなかった。


 余談だが、この口論の後、正式に羊肝餅は軍の糧食に選ばれた。


 味については一つの味に纏めないで三つの味を順番で出していく事になったが、曹操達は納得いかないのか時折この話を持ち出して、一つの味にしようと会議をするのだが、決まる事は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る