この頃に言われだした

 袁紹は、呂布を受け入れて宴に招いた。


 呂布も久しぶりに、飲める酒の味に耽溺していた。


 翌日。


 袁紹は呂布に、黒山賊の討伐を命じた。


 表向きは御願いだが、家臣達の居並んでいる中で、そう言うのは命じているのと同じであった。


 その上、袁紹の目が拒否は許さないと物語っていた。


 呂布は袁紹の傲慢さに内心で怒りつつも、寄る辺も無い今の自分に拒否する事は出来ないと判断し引き受けた。


 そして、呂布は配下の成廉、魏越を伴ない数十騎を連れて常山郡へ向かった。


 呂布があまりに連れて行く兵が少ないので、袁紹達は訝しみつつ心の中で、戦う気があるのか?と思った。


 

 常山郡のとある平原。


 呂布は其処で、陣を張り休憩を取っていた。


「ふん。袁紹め。俺を自分の部下の様に使いおって」


 呂布は自分用の天幕の中で、袁紹の態度に不満を述べた。


 天幕には呂布以外誰も居ないので、答えは返ってこなかったが、構わず独白した。


「だが、あの袁紹が今では冀州の州牧か。ふん、董卓が生きていた時は禄に名前など聞きもしなかったのだがな」


 呂布は酒を煽りながら、不思議だと思っていた。


「これも乱世だから成る事が出来るのか。まぁ、名門の威光も大きいだろうがな」


 呂布は黙って酒を飲んでいると、天幕に部下が入って来た。


「ただいま、戻りました」


「ご苦労。首尾は?」


「手紙を送りましたところ、もう少ししたら此処に来るとの事です」


「そうか。では、宴の準備をせよ」


「はっ」


 部下は応えると、一礼し天幕から出て行った。


 呂布は部下を見送ると、笑みを浮かべつつ酒を飲んだ。




 数刻後。




 呂布の陣地に、数騎ほど伴った男がやって来た。


 年齢は二十代後半で整えていないボサボサの顎髭を生やしていた。


 丸い目をして大ぶりの顔をしていた。


 頭には黒い頭巾を被り、鎧も黒く染色していた。


 この全身を黒づくめにしている者の名は張燕。字を飛燕と言い、黒山賊の二代目頭目だ。


 張燕は陣地に入ると、馬から降りた。


 部下達も張燕に倣い馬から降りると、丁度そこに呂布が出て来た。


「やぁ、張燕。久しぶりだな」


「呂布か。お主も元気そうだな」


 張燕は呂布を見るなり、気軽に挨拶を交わした。


 呂布の一人目の義理の父親である丁原は執金吾の職に就く前は并州刺史であった。


 張燕が治めている常山郡とは、直ぐ近くにある州なので、張燕が朝廷に帰順した後は、丁原が中央に行くまで親しくしていた。


 その関係で呂布とも何度か顔を合わせていた。年も左程離れていないからか、それなりに親しくしていた。


「ささ、陣屋ゆえ大したもてなしは出来ぬが。どうぞ」


「お主と私の仲だ。何を気兼ねする必要がある」


「それもそうだな」


 そう言って呂布が笑うと、張燕も釣られて笑い出した。


 そして、二人が天幕の中に入ると、まず一献とばかりに酒を飲んだ。


 呂布達が酒を飲んだので、同席している部下達も酒を煽った。


「……ふぅ、さて宴を楽しむ前に。張燕」


「何だ。呂布」


「此度、俺がこの地に来たのは袁紹の命で来た」


 呂布は隠す事もないのか、来た理由を張燕に教えた。


 それを聞いて張燕よりも、呂布の部下達が驚いていた。


「ふむ。お主の話は聞いている。董卓を討ったものの、あちこちを転々としているそうだな」


「そうなのだ。それで、今は袁紹の元にいるのだ」


「成程な。それで、今日この宴に私を呼んだのは、私を殺す為か?」


 張燕がそう訊ねると、張燕の部下達も身構えた。


 だが、呂布は笑顔で手を振る。


「はははは、何で俺が殺す相手を宴に呼ぶのだ。そんな面倒な事をするぐらいなら、戦場で殺した方が手っ取り早いだろう。それに長年親しくしている張燕を殺すつもりなどない」


 張燕の問いかけに、呂布は笑いながら訂正する。


「ふむ。では、何用で呼んだのだ?」


 張燕は呂布が自分を殺す気が無いと分かりはしたが、何の為に自分を呼んだのか気になり訊ねた。


 呂布は直ぐに答えないで、酒を飲んで喉を潤した。


「……俺としては受け入れた袁紹の命令で戦わなければならないが。旧友のお主と戦うのは気が引ける。其処でだ。此処は適当に戦って、お主は軍団を解散させるというのは」


「解散だと?」


「飽くまでも一時的にだ。時期を見て、また再結集すればよいのだ。なに、このご時世だ。食い詰めの農民とか流民などを集めたら、直ぐに元の勢力の軍勢になろうぞ」


「ふむ。悪くないな」


 呂布の提案に張燕は頷いた。


「そうであろう」 


 呂布も自分の考えも話してみて、悪くないと内心で自画自賛していた。


「……おお、そうだ。呂布よ。それに加えて良い手があるぞ」


「ほぅ、それは一体」


「実はだな」


 張燕は最近、困っている事を話しだした。


 一時は百万を号した黒山賊だが、実際は十万ほどの兵しか居なかった。


 加えて、朝廷に帰順するまでの間に戦い続けた事で、兵も減り今は三万しか居ない。


 その内の一万は袁紹との戦いで、死んだり負傷し使い物にならなかった。


 残りの二万の内一万の兵が袁紹に勝った事で驕りだし、張燕の命令に従わなくなった。その兵を指揮する者達は先代の頭目の張牛角の部下であったので、張燕が頭目になった事に不満を持っていたので、これを機に独立を図りだした。


 このままでは、黒山賊は分裂する危機を迎えていた。


「なので、呂布よ。私と戦うふりをして、その者達を殺してくれ」


「ふむ。私がその者達を殺せば戦功になる。お主は自分に逆らう者達を除く事ができる。その後で軍団を解散させて、時期を見てまた結成するか」


「どうだ。悪く無かろう?」


「おう。その提案に乗ろう」


 呂布は話に乗ったとばかりに盃を掲げると、張燕も盃を掲げて誓い合った。




 それから二日後。


 


 呂布は張燕達黒山賊と戦った。


 尤も張燕に逆らう者達だけで編成された軍なので、張燕の為に戦う気が無いのか士気が低かった。


 対する呂布は目の前に居る者達だけ倒せば、勝利だと分かっているので、意気軒高であった。


「行くぞっ。続け‼」


 将である呂布の気迫に押されてか、兵達も士気が高かった。


 そして、戦いが始まると呂布は日に何度も突撃した。


 呂布の勇猛さに押されてか、黒山賊達は多くの死傷者を出した。


 数十日後には軍勢は敗れ去った。これは張燕が援軍要請されても、適当な理由をつけて援軍を送らなかった事が大きかった。


 先鋒が敗れたと聞くなり、張燕は部下を連れて本拠地を放棄し逃げ出した。


 それを見た部下達は、黒山賊は終わりだと判断したのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 これにより、黒山賊は離散した。表向きは。


 それを確認した呂布は、討ち取った首と共に意気揚々と袁紹の元に帰った。


 僅か数十騎しか連れないで、多くの首を持ち帰り数万の黒山賊を離散させた事から、世の人々は愛馬である赤兎と共に『人中に呂布あり、馬中に赤兎あり』と賞した。

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