渡りに船
冀州常山郡。
其処は、冀州州牧になった袁紹が手を焼いている黄巾の乱の折りに出来た盗賊団の黒山賊が支配していた。
初代頭目の張牛角が官軍との戦いで戦死し、後を継いだ二代目頭目の張燕に変わったが、初代の時に比べると勢力が増していた。
元は褚燕という名であったが、二代目頭目になる際に張牛角の娘を娶り、名を張姓に改めた。
張燕が頭目になってからというものの、朝廷は何度鎮圧軍を出しても撃退された。
だが、張燕は今は撃退しても、いずれ自分達が鎮圧されるだろうと予想したのか、当時は、まだ勢力を持っていた十常侍に賄賂を贈り、朝廷に帰順する旨を伝えた。
賄賂を受け取った十常侍は、張燕は徳を示したと霊帝に平難中郎将に任命する様に上奏した。
更に手を回し、孝廉に推挙する資格を与えられた上に常山郡の太守に任命した。
これは事実上、張燕に常山郡の支配を容認したという事だ。
朝廷に支配を容認された事で、黒山賊は更に勢力を増して百万を号する程の軍勢となった。
しかし、張燕の支配を認めていた朝廷は一新された。
なので、新しく冀州州牧になった袁紹は自分の地位を固める為に、何度か討伐軍を編成したのだが、悉く撃退されていた。
冀州魏郡鄴県。
県城内にある謁見の間。
其処にある上座に座る袁紹は目の前に居る兵の報告を聞いて、苛立っていた。
「もう一度、申すが良い。誰が、負けたと?」
「は、はっ。審配将軍率いる三万の軍が黒山賊に戦いを挑み、数日間に渡り戦い続けました。審配将軍は配下の部将を上手く統率し、善戦しましたが…………惨敗いたしました」
「ぬうう。不甲斐ない奴めっ」
兵の報告を聞いた袁紹は怒声を挙げる。
怒りのあまり肘置きを何度も叩いた。
「我が君。気を静めて下さい。相手は朝廷の軍を何度も撃退した山賊。中々に侮りがたいのでしょう」
田豊が袁紹の怒りを宥めようしたが、袁紹の怒りが収まる気配はなかった。
「黙れっ。一度であればそうかもしれんが、これで何度黒山賊に兵を出した? ええい、言ってみろっ」
袁紹は怒声交じりで訊ねると、室内に居た者達は口を閉ざした。
流石に、口に憚られる事だからだ。
「四度、四度だぞ。一度目は張郃。二度目は高覧。三度目は顔良。そして、四度目の審配。我が陣営の名将を四人も送っているというのに、何故、討伐する事が出来ぬっ」
袁紹がそう訊ねても、皆は答える事が出来なかった。
相手の方が地の利がある。相手の軍が強かった。相手が軍略が優れていたとか色々と有るかも知れないが、それを今の袁紹に伝えたら、怒りのあまり何をするのか分からなかったからだ。
「申し上げます‼」
其処に、兵士が駆け込んで来た。
「何だ。黒山賊が勝利に酔って、
縁起でもない事を言う袁紹。
流石に、それは違うだろうと部屋に居る者達は思う。
「い、いえ、違います。そ、それよりも、もっと驚くべき事ですっ」
「驚くべき事だと?」
袁紹は、何がそんなに驚くべき事なのか逆に気になった。
「い、今、城門前にり、呂布が軍勢と共に参りました!」
「何だとっ⁉」
想像以上の報告に、袁紹は驚きのあまり立ち上がった。
室内に居る者達も、ざわつきだした。
「呂布だとっ」
「確か、今は袁術の元に居るのでは?」
「いや、袁術が揚州に逃げる時に、その元から離れたと聞いているぞ」
「それが、どうして冀州の此処に?」
「もしや、黒山賊と呼応して攻めてきたのか?」
武勇に優れているものの、危険人物と認識されている呂布。
田豊達は、対策を練るべきか小声で話していた。
「…………はははは、そうか。呂布が来たか。良し、直ぐに宴の準備をせよ」
「は、はっ?」
「許攸。お主、城門まで行き、何の為に来たのか聞きに行って参れ。もし、受け入れて欲しいと言ってきたら、城内に通すが良い」
「はっ」
袁紹にそう命じられて、許攸は部屋から出て行った。
「我が君。呂布が来たというのに、何故、宴を開くのですか?」
室内にいる者達を代表してか、沮授が訊ねた。
「ははは、考えても見よ。袁術の元に転がり込んだ呂布が、私の元に来たという事は寄る辺も無いので、私を頼って来たという事だろう」
「成程。ですが、黒山賊と呼応したと考えられませんか?」
「それは無かろう。黒山賊の頭目の張燕と呂布は何の縁も誼も無いのだぞ。どうやって連絡を取るのだ?」
「確かにそうですな」
「ふふふ、呂布が此処に来たのは丁度良い。黒山賊の討伐をしてもらおう」
袁紹がそう言うのを聞いて、田豊達は体よく黒山賊の討伐を呂布に押し付けるのだと察した。
「それはよろしゅうございます」
「張燕は賊。呂布は近くに置けば何をするか分からない危険人物。共倒れを狙うのも悪くありませんな」
「まして、呂布は義理の父である丁原と董卓を殺す様な男。そんな者を受け入れたら、何をするか分かりませんからな」
田豊達も名案とばかりに賛同したので、袁紹は満足そうに頷いた。
袁紹の目論見通り、呂布は受け入れを求めて来たので袁紹は応え、宴を催した。
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