久しぶりに弟妹に会う

 数日後。


 揚州に送った間者の報告が届いたので、それを読む曹昂。


「ふむ。朝廷は死んだ陳温殿の後任に揚州の州牧へ劉繇を任命したが、袁術を恐れて曲阿に駐屯して勢力を拡大中か」


 送られてきた報告書を読みながら曹昂は考えていた。


(これで揚州は袁術と劉繇の二大勢力が支配する様になった。まぁ、これで舅殿も外に目を向ける事は無くなるか)


 揚州は警戒だけして、暫く放っても問題無いなと思う曹昂。


 そして、仕事を再開しようとしたら曹操が文を送って来た。


「……話したい事があるので直ぐに来られたし。何だろう?」


 文の内容に訝しみながら曹昂は蔡邕に曹操から呼び出された事を告げて、暫くの間の統治を任せる事にした。


 折角なので董白と袁玉に加えて、貂蝉と練師も連れて行く事にした。


 曹昂は直ぐに準備を整えて城を発ち、曹操の居城濮陽へと向かった。




 数十日後。




 曹昂達は濮陽に到達した。


 すぐさま城内に入り、曹昂は父曹操に会いに向かった。


「父上。曹昂。お呼びにより参りました」


 曹操は丁度、私室で休憩中なのか侍女に茶を淹れさせて、飲んでいるところであった。


「うむ。良く来た」


 曹操は、久しぶりに会う息子に素っ気ない態度を取る。


 そんな父を見て、曹昂は何かしたかなと内心で思いながら、話し掛ける。


「ご用命との事ですが、何をする為にお呼びで?」


 とりあえず、何か用事があって呼んだのだろうと思い訊ねてみた。


 すると、曹操はジロリと曹昂を見た。


「……私に対して何か言う事は無いのか?」


「はい?」


 曹操にそう訊ねられても、曹昂は何を言いたいのか分からず首を傾げる。


 暫し考えるたが、曹操が何を言っているのか分からなかった。


「…………申し訳ありません。父上。何を言っているのかさっぱり分かりません」


「分からんと言うのか?」


「はい。全く」


 飛火鳥の事は蔡邕を含めて実験に参加した者達に口止めをしたので、曹操が知る筈がない。


 それ以外で、何を聞きたいのか分からない曹昂は訊ねるしかなかった。


「ふん。自分達は美味い物を食ったというのに、父である私には何の知らせも送らぬとは、随分と無情な子になったものだ」


「はい? …………ああ、妙才殿から聞いたのですか?」


「そうだ。お前は羊肝餅やら焼きたるたるすてーき《ハンバーグ》とやらを食べたそうだが。私にはその様な事を教えてくれないではないかっ」


 曹操は夏侯淵から送られてきた文で、羊肝餅と焼きタルタルステーキ《ハンバーグ》の事が書かれていた。


『楕円形の形をした肉の塊が、箸で簡単に切り取る事が出来る程に柔らかいのに、切り口から肉の汁が溢れ出る。その切り取った部分を口の中に入れ、噛む度に美味しい肉の汁が溢れ出る。

 まだ半分が生の焼いた卵を潰し、流れる黄身を絡めるとこの上ない美味』


 と味の感想が書かれていたので、曹操は思わず食べてみたいとさえ思ってしまった。


「しかも、その羊肝餅とやらは糧食に使えると書かれているではないか。そのような物は私にも見せるのが筋ではないか? ちゃんと糧食に使えるかどうかの確認をするのも、兵を率いる者の義務であろうっ」


「も、申し訳ありません。すっかり忘れていましたっ」


 曹昂は謝りつつも内心で、自分が先に食べられない事を怒っているのだと察した。


「まぁ、人は誰しも失敗はする。故に此処は作ってくれるというのであれば、水に流す事も吝かではないな」


「……あの、焼きタルタルステーキ《ハンバーグ》は今晩にでも作れますが。羊肝餅の方は少々時間が掛かります」


「ふむ。仕方がない。此処は今宵の食事に焼きたるたるすてーきとからめる無しのぷりんを十個作る事で許してやろう。ああ、それとその羊肝餅とやら作る時は粒餡と漉し餡の二つを作り、私に献上する様にせよ」


「はい。直ぐに材料を取り寄せてお作りいたします」


「うむ。楽しみにしているぞ」


 曹操はようやく笑顔を向けた。


(……これが僕の父か。大人げない)


 自分が先に食べられない事で、怒っている曹操に曹昂は思わずそう思った。




 曹操の私室を後にした曹昂は溜め息を吐いて、直ぐに厨房に向かった。


 曹操に言われた事を行う為だ。


(羊羹は材料を取り寄せないと無理だな。まぁ、暫くは居るから良いか。しかし、カラメル無しのプリンを十個とか。本当に好きだな)


 自分で作って出した物が原因とは言え、好きなのだなと思うしかない曹昂。


 そう思いながら歩いていると、前から五歳ぐらいの男の子が走ってくるのが見えた。


 大きな切れ目で整った顔立ちをしており、将来美男子になりそうであった。


「あっ、あにうえ!」


 その男の子は曹昂を見るなり、喜びの表情を浮かべながら曹昂の側に駆け寄った。


「丕じゃないか。どうしたんだい?」


 曹昂は自分の側に駆け寄る男の子こと、異母弟の曹丕の頭を撫でる。


「た、たすけてください。あ、あねうえが、あねうえがっ」


「……はぁ、またか」


 曹丕が助けを求めるのを聞いて、曹昂は溜め息を吐いた。


「こら~~、丕。逃げるんじゃないわよっ」


 大きな声を上げながらこちらに向かって来る者が居た。


 曹丕はその声を聞くなり、ビクッと身体を震わせると曹昂の後ろに隠れた。 


 声から察するに女性の様だが、その声を聞いて曹昂は溜め息を吐いた。


「待ちなさい。って、げっ、兄上」


「人を見るなり、げっと言うのは止めなさい。全く」


 曹昂は目の前の女性を見るなり、溜め息を吐いた。


 歳は十三歳ぐらいで、父親に似たのか眦が深く、端麗な顔立ちをしていた。


 今も、裳を持ち上げているぐらいに活発な性格をしている。


 この女性の名前は曹清そうせい。字を大河と言い曹昂の同母妹だ。


 男勝りな性格で、女性ながら剣と弓もかなり出来る。


 その為か、董白と仲が良い。


「また、丕を苛めて、いい加減止めなさい」


「兄上。これは苛めではありません。丕も男なのですから。この乱世でいずれは曹家の男子として活躍する時が来ます。ですので、少しでも生き残れる様に鍛えているだけですっ」


「だからと言って、五歳の子供に刃引きした剣を持たせて素振り百本とかやらせるのは酷だろう」


 刃引きしたとは言え鉄剣は重い。とても、五歳の子供が持てる重さではない。


「兄上は甘いのです。今の内に鍛えた方が良いに決まっていますっ」


「う~ん。だからと言って……あっ」


 曹昂は久しぶりに会う妹と話していると、妹の背後に育ての母である丁薔の姿を見た。


 その顔が怒っているので、曹昂は唾を飲み込んだ。


「…………ちなみに曹清」


「はい?」


「今日、お前の習い事はどうしたんだい?」


「……ええっと、少々休憩を」


 曹清は曹昂から、目を離してそんな事を言い出した。


(ああ、これはさぼったな)


 曹清の態度から、曹昂は直ぐにそう察した。


「その、休憩の間に丕を鍛えるのはどうかと思うけど」


「い、良いでしょう。別に。退屈…じゃなかった休憩中だったのだから、私が何をしても」


「随分と長い休憩な事ね。清」


 その冷たい声を聞いて、曹昂を含めた曹姉弟達は背筋を粟立たせた。


 曹清はゆっくりと首を動かして、後ろを見る。


「……は、ははは、ははうえっ」


「清。貴方、今日のこの時間は御琴の時間だった筈でしょう。どうして、此処に居るのかしら?」


「そ、それは、その……」


「其処の所を含めて、じっくりと聞きましょうか」


 丁薔は有無を言わさず、曹清の耳を掴むと引っ張りだした。


「いた、いたたた、ははうえ、どうか、ごようしゃをっ」


「聞く耳を持ちません」


 曹清は懇願するが、丁薔は耳を引っ張りながら曹清を何処かに連れて行った。


 二人が離れて行くと、曹丕はようやく曹昂の背から出て来た。


「たすかった~」


「災難だったね。丕」


「へやでしょもつをよんでいたら、あねうえがきて『男の子なのだから、部屋に閉じこもっていないで身体を動かしなさい』といって、むりやり、へやからつれだされたので、すきをみてにげだしました」


「はぁ、習い事から逃げて、暇だから丕を連れて身体を動かそうとしたのが分かるな」


「はい」


 二人は揃って溜め息を吐いた。


「あんな性格じゃあ、嫁の貰い手が無くなりそうだな」


「だ、だいじょうぶだとおもいます。たぶん」


 一応姉として敬愛しているからか、曹丕は曹清を弁護する。


(まぁ、曹清の性格にも驚いたけど。一番驚いたのは)


 曹昂は改めて、曹丕を見る。


(これが歴史上、色々と言われている魏王朝の文帝かと思うと。首を傾げるしかないんだよな~)


 まだ幼いとは言え、歴史上の人物になる様には曹昂は見えなかった。


 曹昂から不審そうな視線を向けられている曹丕は、何でそんな風に見られてるのか分からず首を傾げるしかなかった。


 余談だが、曹清の教育の成果なのか、または曹操の血を引いている為か曹丕は八歳にして巧みに文章を書き騎射や剣術を得意とする様になった。



 

 本作に出て来る曹清こと清河長公主の名前と字はオリジナルで、年齢は曹昂の四つ下とします

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