援軍を出す暇もなかった

 それから更に数十日後。




 南陽郡に派遣していた間者から、驚くべき報告が齎された。


「……これは、父上に報告しないと駄目だな」


 間者が送って来た文を読むなり、曹昂は直ぐに曹操にこの報告を送った。


 同時に、豫州各郡の太守達に召集を掛けた。


 


 二日後。




 孫策、夏侯淵、甘寧の三人が城の謁見の間に集まった。


 まだ曹昂が上座に座っていないので、三人は世間話に興じていた。


「今日は何の用で呼んだのだろうな?」


「董卓が死んだ事で盗賊やら黄巾賊がうじゃうじゃ出て来たけど、対策はしていたから、それほど被害は出なかったな」


「それを祝って、呼んだとか?」


「今頃か? それにもう貰っている様なものだろう」


 盗賊の対処をする様に要請された時に、土産として試作品の羊肝餅を貰い帰って美味しく食べた。


 この時代、甘い物は贅沢品なので、それを貰っただけでも十分に褒美になった。


 それに加えて、その後一応の完成という事で話しに出た糧食に使える羊肝餅も孫策達の元に届けられた。


 腐っているかどうかの確認という事で届けられたが、常温でそれなりの距離を歩いたというのに、腐っていなかった。


 また、粒餡と漉し餡の違いも教えて欲しいという文と共に、二種類の羊肝餅が入ってた。


「ああ、二~三日そのまま放っても腐らなかったから、本当にすごかったな」


「確かにな」


「また、味も良い。漉し餡も悪くないが。やはり、粒餡が良い。餡子だけだと飽きるが、豆の食感で飽きさせる事が無くなる」


 夏侯淵が頷きながらそう言うと、孫策と甘寧の二人は驚いた顔をした。


「いや、漉し餡だろう」


「うん。間違いない。豆の粒粒した感じが餡子の味を楽しむのに邪魔だ。餡子が漉された事で、純粋に餡子の味を楽しめるだろう」


 孫策と甘寧は漉し餡の方が、美味しいと言い出した。


 余談だが、孫策配下の程普、黄蓋、韓当の三人は粒餡が好きと言って孫策と少しだけ揉めた。


 すると、三人は睨み合い激しい口論となった。


「ごめん。少し待たせた…………うん?」


 曹昂が蔡邕を伴い謁見の間に入ったが、室内の空気がギスギスした空気になっている事に首を傾げた。


 孫策達も何故かぐったりと疲れた顔をしていたが、曹昂が部屋に入るのを見ると服を正して一礼した。


(そんな長距離の移動でもしたのかな?)


 三人が何に疲れているのか分からない曹昂は気になりつつも上座に座った。


 曹昂の側には蔡邕が立った。


「さて、皆に集まって貰ったのは他でもない。少し前に舅の袁術殿が居る南陽郡に、派遣した間者から驚く情報が届けられたんだ」


 曹昂は間者から渡された文を翳しつつ集めた理由を教えた。


「袁術が何かしたのか?」


 孫策は袁術に父の事で恨みがあるので、内心いい気味だと思いながら訊ねた。


「間者からの報告だと、十日ほど前に劉表が部下の文聘に三万の兵を与えて袁術殿が居る魯陽に攻め込んだんだそうだ」


 自分達が思っていたよりも重大な情報に孫策達は驚いた。


「それで戦況は?」


 夏侯淵がこれからの事を色々と考えながら訊ねた。


 一応袁術とは縁戚になっているので、援軍を送らなければならない。


 この事を曹操に報告し、尚且つ援軍に誰を送るか話し合わないといけないなと思った夏侯淵。


 だが、曹昂は何とも言えない顔をしていた。


「……それが、もう魯陽は文聘軍に占領されている様で」


「何? 幾らなんでも早すぎないか?」


「魯陽は袁術の本拠地。そう易々とは落ちないと思うのだが」


 夏侯淵と甘寧の二人は怪訝そうであったが、孫策は少し考えると何か思いついたのか、手を叩いた。


「もしかして、緒戦で袁術が敗北して、そのまま捕まったとか?」


「それなら、どれだけ良かったか……」


 曹昂は呆れた様に首を振った。


 曹昂の反応に三人は袁術が何をしたのか気になった。


「……舅殿。一戦も交えないで、揚州に逃げたんだ」


「「「……はぁ?」」」


 曹昂が耳を疑うような事を言うので、孫策達は目が点になった。


「どうやら、先の戦の損害は回復できない上に、重税を掛け過ぎて人が逃げ出して、兵があまり集まらなかった様だ。これでは、戦にならないと判断して、それで知り合いがいる揚州に逃亡した様なんだ」


「え?」


「嘘だろう?」


 甘寧と夏侯淵は信じられないという顔をした。


「ははは、袁術らしいなっ」


 孫策は袁術に色々と因縁があったので、戦いもしないで逃げ出したと聞いた事が痛快な様で声を上げて笑い出した。


 一頻り笑うと、曹昂の立場を思い出して、ハッとしていた。


「……済まん。曹昂の立場を考えないで笑って」


 孫策の謝罪に対し、蔡邕は何か言いたげな顔をしていたものの曹昂は構わず手を振った。


「良いよ。君の場合だと舅殿には色々とあるからね。仕方がない」


 孫策の父の孫堅が死んだのは、袁術が遠因なので孫策が痛快な気分になるのも無理はないと思い曹昂は気にしなかった。


「ただ、この話には続きがあるんだ」


「続き?」


 夏侯淵は袁術が揚州に逃げて終わりだと思っていたが、まだ何の話があるのか気になった。


「それが、逃げ込んだ先の知り合いは揚州州牧の陳温殿の元だったんだけど。舅殿は、その陳温殿を暗殺した様なんだ」


 それを聞いて、夏侯淵達は衝撃を受けた。


 蔡邕も聞いていなかったのか、驚いていた。


「陳温殿が死んだ事で揚州は混乱状態。舅殿はその隙にとばかりに寿春を占拠して拠点にし、揚州北部で勢力拡大中なんだ」


「おいおい。自分を迎え入れてくれた知人を恩を返さないで殺すとか、ある意味で呂布より質が悪いな」


「良く、そんな事が出来るな」


「切羽詰まって、行動したって所か?」


「名門袁家も地に堕ちましたな」


 四人が辛辣な事を言うので、曹昂は頬を掻くしか出来なかった。


「ま、まぁ、一応揚州方面の警戒をお願いしようと皆を呼んだんだ」


「承知した」


「まぁ、勢力拡大中じゃあ、豫州こっちにちょっかいを掛ける余裕は無いだろう」


「同感」


「だが、一応の警戒はしましょう」


 これで、話は終わりとなった。


 孫策達はそれぞれの任地に戻るのは明日にするというので、その夜曹昂は宴を催した。


 その席で焼きタルタルステーキことハンバーグを出した。


 半熟の目玉焼きを乗せて焼いた時に出た肉汁を使ったソースを掛けただけであったが、三人はいたく気に入った。


 羊肝餅で少し口論を交わした三人であったが、ハンバーグを食べている時は楽しそうに味を批評していた。

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