此処まで面の皮を厚くなれないな

 父曹操から呼び出された翌日。




 曹昂はそろそろ豫州に戻ろうとしたが、其処に朝廷からの使者の先触れが来たので、曹操から、その席に出る様にと言われた。


 思ったよりも早く来たなと思いながら、曹昂は準備をした。


(さて、父上はどんな事を言うのだろうか?)


 董白を渡すと言うのか。それとも、何か理由を付けて渡さないのか。


 何と言うのだろうと思う曹昂。




 数刻後。




 濮陽城内の謁見の間。


 其処に曹操が上座に座り、曹昂はその右隣に立ち、左隣に荀彧が立った。


「申し上げます。朝廷からの使者が参りました」


「通せ」


「はっ」


 報告に来た兵が、そう告げると曹操は部屋に通すように命じた。


 直ぐに着飾った官服を着た使者が、手に巻物を持って部屋に入って来た。


 その使者が上座から数歩離れた所で止まると、巻物を広げた。


「天子からの詔である」


 使者がそう言うと、曹操は上座から立ち上がり、荀彧と共に使者の前まで行くので曹昂もその後に続いた。


 曹操達は使者の側を通り抜け、数歩離れた所で跪いた。曹昂もそれに倣った。


「逆賊董卓は、忠臣である王允と呂布の手に討たれた。逆賊の罪は一族郎党で払うのが我が国の掟。よって、朕は曹操の元に居る董卓の一族の者を差し出す事を、此処に命じる。以上である」


 詔を聞いた曹昂は、曹操がどう対応するのだろうと横目で見た。


 曹操は顔を上げると、使者を見上げる。


「差し出す事はやぶさかではありませんが。その前に不忠を行った事をお詫びいたします」


「不忠とは?」


「はっ。兗州州牧の劉岱が黄巾賊との争いに敗れてお亡くなりになった後で、兗州の各郡の太守の方々が私を州牧に推薦しました。董卓はそれを認めました。息子の曹昂が董白を嫁に娶った事が関係しているのでしょう。故に、私は逆賊の一味という事になりましょう。まずは、この不忠をお許しいただきたい」


「それは、私の判断では決められません」


「並びに豫州州牧の孫堅殿がお亡くなりになった際には、これ幸いと豫洲に侵攻し我が物にし、曹昂を豫州州牧に就任させました。どうか、この罪をお許し下さいませ」


「何とっ⁉」


 そんな話は聞いていなかったので、使者は驚きを隠せなかった。


「このまま董白を渡せば、私と息子は逆賊の威光で州牧になったと世間の者に言われ、要らぬ争いが起こるでしょう。しかし、今は董卓の孫娘が手元に居るという事で今の勢力を保つ事が出来るのです。ですので、今の朝廷で正式に我等親子を兗州と豫洲の州牧に任じてくれるのでしたら、逆賊の孫娘である董白を長安に送る事を約束します」


 曹操がそう言うのを聞いて、使者は自分の裁量を越えていると分かった。


「わ、分かりました。曹操殿の言葉を長安に伝えますので、暫しの間お待ちを」


 そう言って使者は慌てて謁見の間から出て行った。


 使者が出て行くと、曹操は立ち上がり笑い出した、


「ふはははは、見たか。あの使者の青い顔を。自分では判断できない事が起こり過ぎて混乱していたぞ」


 人がアタフタしているのを見て笑うとか、人が悪いなと思う曹昂。


「父上。あまり揶揄いなさらないで良いと思います」


「ははは、だが、これで時間は稼げたな」


「はぁ。そうですね」


 これで良いのかなと思う曹昂。


「若君。これで良いのですよ。長安に送った間者の報告では、董卓派の残党の李寉と郭汜の両名が涼州で十万以上の兵を従えているのです。何時、王允と呂布が失脚するか分からない状態です。そんな時に董卓の孫娘の董白を送りでもしたら、何が起こるか分かりませんからな」


 荀彧がそう言うので、荀彧も送るのは反対だという事が分かった。


「しかし、朝廷から正式に父上と僕を州牧に任じられた後はどうするのです?」


「その時は送ると言って、送らなければ良いだけだ。まぁ、王允は融通が利かぬ故、私を州牧に任じても、お前を州牧に任じる事は認めないだろう」


「はぁ、そうですか」


 これが、送る送る詐欺かと思う曹昂。


「父上の事ですから本当に送ると思いましたよ」


「何だ。別に送っても良かったのか?」


 曹操がそう訊ねると、曹昂は笑みを浮かべた。


「もしそうなったら、僕は何をするか分かりませんよ?」


「すまん。揶揄って悪かった」


 曹操は素直に謝った。


 曹昂の元に『帝虎』と『龍皇』が有る。あの兵器は一機で千の兵に匹敵する程の力を持っている。


 更には曹昂は諜報部隊『三毒』を預かっている。どんな所にでも忍び込める間者であったので、その者達が言う事を聞かなくなると思うと、あらゆる事に支障が出る。


 その上、火薬の製造法は、今のところ曹昂しか知らない。


 あの薬は戦の常識を変える兵器であった。あの兵器があれば寡兵であっても戦に勝てるだろうと確信できた。


 董白を助ける事で、それらを失う事がなくなると思えば安い物だと思う曹操。


「はぁ、我が息子ながら恐ろしい奴よ」


「何か言いました?」


「いや、何も」


 曹操は何でもないと首を振った。


「では、父上。僕は豫州に戻りますね」


「うむ。ちゃんと統治するのだぞ」


「はい」


 曹昂は一礼し部屋から出て行った。


 曹操は部屋に荀彧だけしかいなくなったので、ポツリと零した。


「その内、青州兵に優るとも劣らない精鋭を作るかもな。あやつ」


「ははは、まさか」


 曹操がそう言うと、荀彧は笑い飛ばした。

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