これからの事に備える

 数日後。




 許県城の謁見の間に、各郡の太守達が集まっていた。


 潁川郡は州牧の曹昂が兼任で太守になっていた。


 汝南郡には孫策が太守を。


 梁郡は夏侯淵を太守に。


 沛郡は甘寧が太守に。


 魯郡は蔡邕を太守にしていた。


 蔡邕は任命された地に赴かないで曹昂の元で補佐して貰っているので、当地は代官が統治している。


 夏侯淵が梁郡太守になったのはお目付け役として付いて来たからだ。


 蔡邕以外の太守全員が、謁見の間にある席に着いた事を確認すると曹昂は話し出した。


「もう聞いていると思うけど、長安に居る董卓が王允と呂布の手に掛かり殺された」


 曹昂がそう言うのを聞いて、自分達が聞いた話は嘘では無いのだと皆は察した。


「そうなると、一族は」


 孫策がそう訊ねると、曹昂が首を振るので、皆その意味を察した。


「そうか。だとしたら、董白はどうなるんだ?」


「逆賊の孫娘という事だから、どう考えても朝廷から引き渡しの命令が来るであろう」


「そうなるな。殿。如何するおつもりで?」


 甘寧がそう訊ねると、曹昂は肩を竦めながら答えた。


「突っぱねるだけだよ」


 曹昂があまりにも軽く言うので、蔡邕を含めて皆耳を疑った。


 夏侯淵だけは笑っていた。


「ははは、朝廷の命令に逆らうとか。逆賊と言われるかも知れないのに突っぱねるとか。恐れ知らずだな~」


「……そんな事は無いと思うのだけど」


「ですが、州牧。それはあまり良くない手だと思います」


 曹昂の言葉に、蔡邕は異議を申し立てた。


「朝廷は今は王允殿と呂布殿の二人が実権を握っております。董卓殿が亡き今、朝廷もいずれは力を取り戻すでしょう。そうなれば、朝廷の命令に背いた罪で逆賊にされかねませんぞ」


 蔡邕の意見にも一理あると思ったのか、皆の顔にはそれも有り得ると書かれていた。


「其処は大丈夫。近い内に呂布と王允は朝廷を追われるから」


 曹昂がそう言うが、皆は何を根拠にそんな事を言うのか分からなかった。


「何故、そう言い切れるのですか?」


「一つは王允と呂布は相性が悪い事。その内仲違いするだろう。もう一つは王允は頭が固いからね」


「頭が固いですか?」


 蔡邕はその言葉の意味が分からないのか、曹昂に訊ねた。


「僕は何度か会った事があるから分かるけど、王允は融通の利かないところがあったからね」


 曹昂は話しながら、昔、王允が豫州で刺史あった時の事を思い出す。


 黄巾の乱の折り、黄巾党の首魁の張角の弟子の一人である波才が潁川郡で決起した。


 皇甫嵩と朱儁と曹操の力で波才は敗退した。


 軍も壊滅したが、それなりの数の兵が逃亡した。


 最早、敗残兵と言っても良いので、恩赦を与えて命だけは助けても良いのだが、王允は一片の慈悲無く処刑した。


 更には、兵の家族達も捕まえて処罰した。


 国に反逆した者達は一族郎党死罪となっているが、兵士まで其処に当て嵌めるのはあまりに融通が利かないと言えた。


 曹昂もその話を聞いた時は、融通を利かせても良いだろうにと思った。


「……うぅむ。確かに、その通りですな」


 蔡邕も思い当たる節があるのか、納得した顔をしていた。


「それに呂布は自尊心が強いからね。自分を軽視されでもしたら、気を悪くするだろうね」


「成程な。曹昂は近い内に呂布と王允は失脚するって言いたいんだな?」


 夏侯淵の言葉に曹昂は頷いた。


「そう。まぁ、そこら辺はこちらで処理するから良いんだ。問題は董卓が死んだ事さ?」


「何か問題でも?」


「董卓が死んだのを機に、盗賊とかが活発になる可能性があると思うんだ」


 曹昂にそう言われて、皆は納得した。


「確かにそうだな」


「では、郡に戻り次第、警戒を厳にする様にすれば良いんだな」


「お願いできるかな」


「承知した」


「しゃあ、やってやるぜっ」


「盗賊なんぞ出た端から叩き潰してやる」


 曹昂の通達に、甘寧を含めた武闘派達は気合十分と吼えた。


 これで話す事は終わりなので、曹昂は手を挙げると侍女達が入って来た。


 侍女達が持っているお盆の上には皿が置かれており、その皿にはわずかに赤みを帯びた濃い茶色の四角い物体が二つ乗っていた。


 侍女達が太守の席に皿と匙と茶を置くと下がって行った。


「わざわざ来てもらうだけでは悪いから、今日は新作の菓子を食べて帰ってね」


「おっ、良いね~」


「こうして、美味い料理を食べられるのは良いな」


 皆は喜びながら匙を取り、まずは自分達の近くにある四角い物体に切り取り口の中に入れた。


「おっ、こいつは良いな。甘いだけじゃなくて、しっとりしてホクホクした食感だな」


「うむ。食べ応えがあって、中々腹持ちが良さそうだな」


「こうして、甘い物を食べれると言うのは贅沢だよな」


 皆は、その四角い物体の食感と味を堪能していた。


 一つの四角い物体を食べ終わると、もう一つの方の四角い物体に目を向けた。


 こちらは先程食べた物に比べると、滑らかで半透明に光線を受けている様に見えた。


 皆はこれも同じ物なのかと思い匙を入れると、先程食べた物に比べるとスーッと匙が入って行った。


 その感触に驚きつつも、皆はその四角い物体の切り取った部分を口の中に入れた。


「お、おおお、こいつは驚いたぜ!」


「さっきのに比べると柔らけえ」


「こちらは茶との相性が良いですな」


 皆は、その柔らかく茶の苦味にも負けない甘さを持ちながら、滑らかな四角い物体に喜んでいた。


「これは両方とも同じ菓子なのですか?」


「ああ、そうだよ。最初に食べたのは蒸し羊肝餅。もう一つは生羊肝餅だよ」


 曹昂がそう言うと、皆は感心しながらまだ残っている羊肝餅を見た。


「言われてみれば、この形と色合いが羊の肝に似ているな」


「生という事は火を通して居ないのか。どうやって固めたんだ?」


「其処は秘密という事で」


 曹昂は笑みを浮かべて、語らなかった。


 この羊肝餅とは羊羹の事だ。


 蒸し羊肝餅は蒸し羊羹。生羊肝餅は水羊羹だ。


 陳留の衛大人に頼んで、寒天の原材料になるテングサを探して貰った。


 テングサは沿岸域に広く分布しているので、徐州の海岸に行って探させてもらうと時間は掛かったがに見つける事が出来た。


 其処から天日に干して、水洗いし、煮て、酢を入れて更に煮て濾して冷ますとプルプルとした寒天になる。


 それを煮た餡子に混ぜて、型に入れて氷室冷蔵庫に入れれば羊羹が出来る。


「しっかし、こんな美味い物を食べられるとはな。お目付け役になって良かったぜ」


 夏侯淵は生羊肝餅を味わいながら喜んでいた。


 このお目付け役は曹操の命令で来たが、選ばれる際には曹洪と曹仁と夏侯淵との間で苛烈な争いがあった。


 何故、そんな争いが起こったのかと言うと、曹昂についていけば面白い事に出会える上に、今の様に美味しい物に有りつけるからだ。


 結果は夏侯淵が勝利し、その勝利の成果を味わっていた。


 曹昂も羊肝餅に口を付けた。


 咀嚼しながら食感や味をじっくりと味わっていた。


「うん。試作品だけど、良くできてるな」


 曹昂が試作品と言うので、興味が湧いたのか孫策が訊ねた。


「試作品って、完成したらどうなるんだよ?」


「そうだね。軍の糧食に出来る」


 曹昂のその言葉に、皆は雷を撃たれた様な衝撃を受けた。


 今、曹昂達が食べているのは水羊羹だが、これを寒天を多く含ませた練り羊羹にすれば常温保存が出来る。


 軍の長期遠征に持って行っても問題ないと言えた。


「「「…………」」」


 それを聞いて、孫策達は改めて羊肝餅を見た。


 これを遠征の時でも食べられると聞いて、驚いている様だ。


 遠征の時は長期保存する為に、兵糧は全て塩味が強く作られていた。


 塩辛い物しか食べられていない遠征で、甘い物が食べられると知り衝撃が抜けない様だ。


「……これ、完成したら本当に遠征中でも食べられるのか?」


「うん。それは確かだよ。まぁ、今食べているのに比べると固いだろうけど。其処は我慢して欲しい」


「いやいや、遠征中に甘い物を食べられる事自体が贅沢だからなっ。それで固いとか柔らかいとか言うのは贅沢過ぎて、天罰が下るぞっ」


 孫策がそう言うのを聞いて、曹昂以外の者達は頷いた。


 曹昂からしたら、そうかなとしか思えなかった。


 羊肝餅を食べ終えた孫策達は試作品の羊肝餅をホクホクした顔で持って帰り曹昂に言われた事を忠実に行った。




 それから数日が経たない内に豫洲だけではなく国内全土で盗賊が跋扈しだした。


 曹昂達は盗賊の対処に追われた。


 それに加えて黄巾賊も活動を始めだした。


 盗賊だけでも忙しい中で黄巾賊の対処に追われ、時間だけが過ぎて行った。


 そして、盗賊と黄巾賊が鎮圧されていき、ようやく落ち着けるというところで曹操からの書状が曹昂の元に齎された。 

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