教えておかないとな
豫洲潁川郡許県城。
父曹操の命令で豫州牧となった曹昂は孫策とその部下達と自分が連れて来た者達と一万の兵と共に着任した。
県令にもなった事がない曹昂からしたら、どうしたら良いのか分からず手探り状態であった。
それでも、己の知識と曹操が補佐としてつけた蔡邕のお蔭で問題なく州治を行えるようになった。
そんなある日。城の一室で曹昂は長安にいる密偵からの報告を聞いていた。
「董卓が討たれただってっ」
顏は驚いているものの、史実ではそろそろそんな時期だと知っている曹昂は内心では左程驚いていなかった。
「はっ、さる四月二十三日にて、未央宮にて王允の策謀に嵌められ、呂布の手に掛かり殺されました」
「そうか……他には?」
「呂布は董卓を殺した勢いで、郿城に攻め込み董卓一族を全て捕縛し、城から逃げ遅れた者達を皆殺しにした後で、城の蔵に収められていた数多の財宝を奪い取り城に火を掛けて長安に戻ったそうです。一族の者達は翌日、処刑されました」
曹昂は董白に、この事を伝えないとなと思いながら話を聞いていた。
「朝廷は王允殿を太師に、呂布は奮武将軍に任じられました。その王允は長安に居る董卓派の文武百官を処罰しながら、自分の派閥を強くしている模様です。また、兗州に使者を送ったそうです」
「兗州? ああ、成程」
王允が父曹操が州牧をしている兗州に使者を送り込んだと聞いて、直ぐに何の為なのか分かった曹昂。
(恐らく、董白を引き渡せという事を伝えに行くんだろうな。ご苦労な事だ)
連れて帰っている最中に、朝廷が董卓の残党達の手に落ちているかも知れないと言うのにと思う曹昂。
「兎も角、父上に文を送らないとな」
その際、王允の天下は長く続かないので、距離を取るべしという内容で送ろうと決める曹昂。
「報告ご苦労。下がって良いよ」
密偵が一礼して下がると、曹昂は豫洲内の郡の太守達にも許県に集まる様に文を出した。
指示を出し終えた曹昂は、その足で董白の部屋へ向かった。今回の董卓の死と、それに連座して一族が処刑された事を伝える為だ。
向かっていると、前から蔡邕がやって来た。
「これは若君」
「先生。何か有りましたか?」
自分に一礼する蔡邕に、曹昂は何か用があって訊ねて来たのだろうかと思い訊ねた。
「ええ、董卓殿の事はお聞きに?」
「はい。先程聞きました」
「そうですか。相国は確かに悪逆の限りを尽くした御方でした。しかし、私を厚く遇し、引き立ててくれた恩人である事は変わりません。ですので、お孫様であられる董白様に、お悔やみの言葉を掛けようと思いまして」
「では、一緒に探しましょうか」
曹昂は蔡邕を伴ない、董白の元に向かった。
侍女達から話を聞いて、董白は自分の部屋に居るそうなので曹昂達は部屋へ向かった。
部屋の前で声を掛けて、入っていく。
「そうか。爺ちゃんと一族の皆は死んじまったのか」
部屋に入った曹昂達は、訪ねて来た理由を話した。
既に董卓と一族が処刑された事を聞いていたのか、董白は悲しそうな顔であったが涙は流してはいなかった。
我慢している様にも見えるし、悲しみのあまり涙が出てこないのかも知れず曹昂は何も言わなかった。
「この度の事はお悔やみ申し上げます。貴方の祖父であられる董卓殿には恩義がありますので、何かありましたら、お声を掛けて下さい」
「ああ、分かった」
董白は淡々と答えた。
あまりの喪失感に考えるのも億劫なのか、反応がおざなりであった。
蔡邕も董白の態度を見ても何も言わず「では、これで」と一言言って一礼し部屋から出て行った。
部屋には曹昂と董白だけになった。
「……座っても良い?」
「好きにしろよ」
董白の許可を得た曹昂は寝台に腰掛けると、董白を手招きする。
それを見て董白は、何も言わず曹昂の腕の中に収まった。
曹昂の胸板に、自分の顔を押し付けながら呟く。
「逆賊とか、大奸とか色々言われているけどよ。あたしにとっては、たった一人の祖父ちゃんなんだ」
「そうだね」
微かに身体を震わせている董白。
その言葉に頷きつつ、曹昂は董卓の事に思いをはせる。
「朝廷に僕を出仕させると言った時が一番驚いたよ。あの時は父上が暗殺に失敗して逃げていたから嘘をついていたけど、その嘘が露見したのかと思ったよ」
「そう言えば、そんな事をしていたな。あたしもその話を聞いた時は驚いたよ」
「まぁ、何だかんだ言って、人の話を聞いてくれるから悪い人じゃあなかったな」
「ははは、確かに……グス」
董白が泣いているのが分かりながらも、曹昂は何も言わず黙って抱き締めた。
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