時は来たれり
董卓は親族を私室に親族を呼び集めた。
「今日、この日をどれだけ嬉しき日であるか。儂が天子の御位を受ける事となったぞ」
その証拠と言わんばかりに董卓は持っている詔勅を皆に見せた。
親族達は喜ぶ中で、ただ一人。董卓の母である池陽君だけはブスッとした顔のままであった。
「母よ。どうした? 息子が天子の位に就くというに喜んでくれぬのか?」
「はぁ、お前が天子の位に就くとは。これは、儂も死期が近いかもしれんな」
池陽君は天井を仰ぎながら、悲しそうに呟いた。
「あははは、母よ。何を言っているのだ。耳は遠いが目を霞ませながらも、背筋はピンと立っている貴方をみて、誰が齢九十を超えた方だと思うのだ。儂が城に戻ったら、貴方は皇太后と敬われる身分になるのだぞ」
「はぁ、そうだと良いがな」
悲しそうな溜め息を吐く池陽君。
そんな母を見ても董卓は気分を悪くする事なく準備の為に部屋を出た。
その董卓の背を見送りながら、池陽君は祈った。
(どうか、曾孫は幸せであります様に)
別室で盛装で着飾った董卓が車に乗り、供として呂布と李儒を連れて行き、護衛に精鋭二千の兵で車の前後左右を守らせながら郿城を出立した。
二千の兵を連れた行軍という事で朝議に向かうよりも、時間が掛かった上に深い霧が出て道が暗かった。
「李儒よ。この天相を何と見る」
あまりに霧が深いので、何か良くない事が起こるのではと気をもむ董卓。
「太師。それは考え過ぎです。あれをご覧ください」
そう言って、李儒は太陽を指差した。
董卓は李儒が指差した所を見ると、其処は太陽があり、虹色の環が掛かっていた。
「これぞ正しく紅光紫霧の賀瑞と言えるでしょう」
「成程な」
李儒にそう言われて、董卓は胸にある不安な気持ちが消えた。
そして、霧が晴れて道が明るくなり、長安が見える頃には中天と言っていい時間であった。
長安の外城、そして市街を通り抜け、王城門まで来ると王允を除いた百官達が出迎えていた。
「「「おめでとう存じ上げます」」」
百官達は拝伏しながら、祝いの言葉を述べた。
董卓はそれを聞きながら、王允の姿が無い事に気付いた。
「何故、王允の姿が無いのだ?」
「王允様でしたら、宮中でお待ちです」
「そうか」
百官の一人に訊ねると、王允が宮中に居ると分かり安堵する。
そして、馬車を進ませて禁門の前まで来る董卓一行。
「掟により此処から、先は護衛は十名ほどでお願いします」
門を守る兵がそう言うと董卓は李儒に連れて来た兵を任せて、呂布と十人ほどの兵を連れて門を潜った。
門を潜り終えて閉まり禁廷に入ると、殿門の前に王允が巻物を持って立っていた。
「王允。其処で何をしている?」
車の中で董卓は訊ねると、王允は答えないで持っている巻物を広げた。
「勅命である‼ 逆臣董卓は朝廷を冒涜し、先帝陛下を始め数多の無辜なる民を殺めた。その罪、万死に値する。漢室の忠勇なる志士達よ。逆賊董卓を誅殺せよ」
王允が大声を上げて言うと、隠れていた御林軍の兵百人が出て来ると、剣を抜き喊声を上げながら、董卓に向かって行った。
供としてついてきた兵達は剣を抜いて応戦したが、多勢に無勢で瞬く間に切り殺された。
董卓を乗っている馬車から引きずり出して、兵達は持っている得物で董卓の身体を傷付けた。
腕、肩、足など斬り下げられたり、打ち突かれても致命傷に至る様子はなかった。
董卓が衣の下に、曹昂が用意した鎧を着用していたお蔭だ。
多数の傷を作りながら、董卓は呂布の元に行く。
「呂布、呂布よ。何をしているっ。この義父の危機を救わぬかっ」
絶叫しながら助けを求める董卓。
呂布は何も言わず、董卓の元に来た。
これで安心できると思ったのも束の間。
呂布は持っている方天画戟で穂先を突き付けた。
「勅命により、逆臣董卓を討つ」
「呂布、お前まで」
董卓が最後まで言い切る前に、呂布は董卓の心臓目掛けて方天画戟を突き刺した。
「ぎゃあああああっ‼」
血が霧の様に噴き出しながら、絶叫する董卓。
地面に倒れた後、暫くの間、身体をピクピク震わせた後で完全に動かなくなった。
董卓が動かなくなると、誰からともなく『万歳』と叫び出した。
禁廷に集まった文武百官達は叫んだ。王允は膝をつき喜びの涙を流した。
そんな中で呂布は持っている方天画戟を近くに居る兵に預けると、腰に佩いている剣を抜き、董卓の首を斬り落とした。
その首を兵の穂先に突き刺して叫んだ。
「皆、喜ぶにはまだ早い。これより外に居る董卓が連れて来た者達を殺し、郿城に居る董卓の一族郎党を捕らえるのだ‼」
呂布の号令の元、兵達は声を上げて行動を開始した。
呂布が愛馬赤兎に跨り、兵と共に門の外に居る董卓軍の兵達に攻撃を仕掛けた。
その際、李儒は呂布に討たれた。
呂布は門の外に居た董卓軍を壊滅させると、その勢いのまま郿城へと向かった。
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