王允、謀略を練る

 謹慎を命じられてから数日が経った。


 呂布はふてくされた思いを抱きながら、酒を飲んで憂さ晴らしをしようと思い、使用人に酒の準備をさせる為に呼ぼうとした所に、使用人がやって来た。 


「申し上げます。王允様がお会いしたいと参りました」


「王允が? はて、何用か?」


 呂布は不思議がりながら、部屋に通すように命じた。




「突然の来訪致しました事にお許しを」


 部屋に通された王允は、呂布に一礼する。


「いえいえ、お気になさらずに」


 自分よりも高い官職に就いている王允に、呂布は気にしない様に言う。


「して、急な来訪という事は、何かあったのですかな?」


 呂布としては、其処が気になっていたので訊ねた。


「・・・・・・実は少々聞き捨てならない噂を耳にしまして」


「噂ですか?」


「はい。実は董相国と呂布殿との事です」


「ほぅ・・・・・・」


 王允は口から出た言葉に、呂布は顔を顰める。


「実は、最近董相国がこう口にしているそうです」


「どの様な事でしょうか?」


「『やはり、馬欲しさに寝返った男だ。このまま、儂の身辺を守らせる事は出来んな。何処かに呂布に優る豪傑を探すか』とか『天下は広い。探せば、呂布よりも優れた豪傑は居るだろう』と呟いているそうです」


「なにっ?」


 王允の話を聞いた呂布は顔を顰めた。


 董卓の言い方はまるで、自分はもう用済みと言っている様であった。


「・・・・・・いや、義理の息子に迎えたわたしを、そうそう切り捨てるなど」


「しかし、呂布殿。古来よりこんな言葉がある『飛鳥尽きて良弓蔵められ、狡兎死して走狗烹らる』と」


 この言葉の意味は、捕まえる鳥がいなくなると良い弓も死蔵され、足の速い兎が死ぬと、猟犬も不要になり煮て食われるという、敵が居なくなれば軍事に尽くした功臣はかえって、邪魔者扱いされて殺されることの例えだ。


「今の相国には朝廷を思いのままにする権力を得た事で、呂布殿は不要な存在となったのです。悲しい事ですな」


 王允は悲しそうに、首を振った。


 呂布は何も言い返す事が出来なかった。


「まぁ、義理の親子となったのですから、相国も呂布殿を殺す様な事はしないと思います。丁原とは違うのですから」


 王允の口から出た言葉に、呂布は身体を震わせた。


 丁原は。呂布の義理の父であった。


 その丁原を殺したのは、呂布であった。


(・・・・・・まさか、用済みとなったわたしを殺すという事をするつもりか?)


 呂布は、そんな思いが頭を支配した。


 殺されるという恐怖に、身体を震わせる。


 そんな呂布を見て、王允はほくそ笑む。


(これは、思っていたよりも効果があったな)


 怯える呂布を見て、内心で笑う王允。


 無論、今まで話していた事は全て嘘であった。


 呂布が張温の一族を逃亡させたという噂を流したのも王允であった。


 陳宮と相談して、この策が良いと言い教えてくれた。


 王允はその策に従い、行動した。


 その結果、董卓と呂布の中にヒビを入れる事に成功した。


 その成果に喜びつつ、王允は屋敷を後にした。


 そして、その後も何度も呂布の下に通い、董卓に関する嘘を教え込んだ。


 謹慎している事で宮中の話を聞く事が出来なかった呂布は、その言葉を信じる事しか出来なかった。


 やがて、呂布が謹慎を明けた日。


 呂布は董卓の前で跪いていた。


「呂布。参りました」


「おお、来たか。長い事お主の顔を見なかったので、気になっていたが元気そうで何よりだ」


「はっ。その様な温かいお言葉をかけて頂き恐縮です」


「そう畏まらずないで良い。これからは忠勤に励むのだ」


「承知しました」


「それと、この前は儂も言い過ぎた。詫びの品だ。受け取ってくれい」


 董卓は手で合図すると、宦官が呂布の前に金銀財宝を山の様に積みだした。


「これを全てですか・・・・・・」


「そうだ。受け取ってくれるな?」


「・・・・・・はっ。有り難く頂戴します」


 呂布は頭を下げてお礼を述べた。


「さぁ、これより朝議に向かうぞ。お主も付いて参れ」


「はい。分かりました」


 董卓は上機嫌で歩きながら進んでいく。呂布はその後に続く前に後ろを振り返る。


 董卓の後に続きながら、呂布は愕然としていた。


(まさか、王允の言う通りになるとはっ)


 謹慎が開ける前日。


 王允が屋敷に訪ねて来て、呂布にこう告げて来た。


『相国はまだ、貴殿に代わる豪傑を見つけておらぬので、下手にでるでしょう。その証拠に貴方が相国の下に参った際、金銀財宝を与えられる筈です。呂布殿が逃げるのを防ぐために』


 最初呂布は疑っていたが、本当に金銀財宝を与えられたので驚いていた。


(このまま、こいつに従えばわたしは殺させるな。ならば、その前に董卓を殺す‼)


 目の前を歩く董卓を睨みつけながら、呂布はそう誓った。

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