曹昂、州牧就任

 数日後。



 曹昂達が居る濮陽に孫策達がやって来た。


 程普、黄蓋、韓当と言った武将達と数千の兵を連れて。


 孫策が程普、黄蓋、韓当を連れて謁見の間に入ると、ざわめきが起こった。


「あれが孫策か」


「ふむ。孫堅殿の面影を感じる顔立ちだ」


「将来が楽しみだな」


 孫堅を見た事がある夏候惇達が、孫策の顔を見るなり小声で話し出した。


 そして、孫策は上座から数歩離れた所で止まり、膝をついて一礼する。


「孫策。孟徳殿に拝謁いたします」


「よくぞ来られた。孫策殿」


 一礼する孫策に曹操は、手で顔を上げる様に促した。


 促された孫策は顔を上げる。


「孫堅殿の件は残念であったな。惜しい御方がお亡くなりになられた」


「はっ。父も孟徳殿にそう言って頂けた事で、あの世で喜んでいる事でしょう」


「そうか。そうであれば嬉しいが」


 曹操はちらりと曹昂を見た。


 曹操の視線を受けて曹昂は、心得たとばかりに頷いた。


「孫策殿。貴殿が此処に来たという事は、我等の話を受け入れるという事で宜しいでしょうか?」


 曹昂がそう訊ねると、孫策は曹昂を見て頷いた。


 孫堅が死んで葬儀をしている最中、曹操から弔問の使者がやって来た。


 手紙を携えて。


『豫洲州牧であった文台殿が亡くなった以上、何時までも豫洲に居る事は出来ないだろう。行く当てがないのであれば、我が元に来られたし。悪いようにはしない』


 という内容が書かれていた。


 孫策からしても、父孫堅は袁術の後援により州牧になれた認識があった。


 なので、もし袁術が別の者を州牧に推せば、忽ち孫策達は寄る辺が無くなる。袁術の元に身を寄せるという考えもあったが、今回の件は袁術が遠因でもあるので、論外であった。


 そんな折に曹操から文が来たので、他に当てがない以上、此処は曹操を頼る事にした。


(父亡き後も従っている兵達を自軍に取り込む気か? それともこの伝国璽をくれと言うのだろうか?)


 孫策は父から預かった伝国璽が入った袋を服の上から握った。


 とりあえず今は言われた事に全て従うしかないと分かっているので、孫策は言われたらその通りにするしかないなと、濮陽に来る前から腹を括っていた。


「では、孫策殿を受け入れる条件として、こちらが求めるのは」


 何を言われるのか気になり、心臓を高鳴らせる孫策。


「こちらが求めるのは亡き孫堅殿が持っていた豫州州牧の印綬です」


「……えっ?」


 曹昂の口から出た言葉に耳を疑う孫策。


 聞き間違いかと思い、耳の中に指を突っ込んで掃除を始めた。


 孫策がいきなり奇行をしだしたので、曹昂達は目を点にした。


「済まない。もう一度言ってくれないか」


「だから、豫州の州牧の印綬をくれないかと言っているんだけど」


「……それだけ?」


「そうだけど?」


 孫策と曹昂は首を傾げる。


「いや、此処は兵力とか。伝国璽とか色々と有るだろう」


「程普さん達は君の部下でしょう。取り上げても素直に従うか分からないし、伝国璽なんか貰ったら、それこそ周りの諸侯から総攻撃を受けるから要らないよ」


「…………それで豫州の州牧の印綬?」


「これがあったら、実質的に父上が豫洲を支配できるからね」


「何故だ?」


「君が濮陽に来る前に袁術様の内情を調べたんだけど、これが酷くてね。重税を掛けるから民が逃げ出して税収が下がっているし、先の戦で兵力も減っているんだ。其処に先の孫堅殿の攻撃が、袁術様の謀略だって劉表様にバレてね。また何時攻められるか分からないから、今は豫州に口を出す余裕は無いんだ」


「ふむ。成程。それで、どうして豫州の州牧の印綬が必要なんだ」


「朝廷が認めた州牧の印綬だからね。後任が来ても追い出すきっかけに出来るからね」


「いや、袁術が何か言ってこないか?」


「其処で僕の身分が役に立つのさ。何せ袁術殿の娘婿という一応身内だからね。父上も身内に入るから。その父上が豫洲を治めるんだ。不満はあっても文句は無いと思うんだ」


「屁理屈じゃないか?」


「其処は物は言いようと言う事で。大丈夫、君がこっちに来るって文が来た時から袁術様に話は通しているから」


 孫策からの文が届いた時に、曹昂は袁術に『父に豫州を頂けましたら、お礼に毎月相応の物をお送りします』と文に書くと、袁術は直ぐに曹操の豫洲の支配を認めた。


 袁術からしても、今の自分では豫州に手が回らないものの、誰かに与えるのは惜しいと思っていた所に曹操が毎月相応の物を送ってくるというので、税収の補填にはなるだろうと思い認めたのだ。


「まぁ、お前がそう言うのなら」


 本当に大丈夫なのかと思いながら、孫策は豫州州牧の印綬を曹昂に渡した。


「確かに」


 印綬を貰った曹昂は曹操を見る。


「父上。これで豫州が手に入りましたよ」


「よくやった。息子よ。褒美をやろう」


 曹操が笑顔で褒美と言う言葉を聞いて、曹昂は身構えた。


 日頃から、曹操が曹昂に対して褒美と言ってあげた物に良い思い出がなかったからだ。


「何だ。その要らないと言いたげな顔は?」


「いえ、いきなりそんな事を言われて驚きまして」


「ふん。まぁいい。曹昂よ。印綬を貰ったのだ。お前が州牧になれ」


「……はい?」


 曹昂は首を傾げた。


「聞こえなかったか? では、もう一度言おう。曹昂、お前を豫州州牧に任ずる」


「…………」


 その様な話を聞かされていなかった、曹昂は口をパクパクさせていた。


「「「おめでとうございます。曹昂様。新豫州州牧にお祝い申し上げます」」」


 この場にいる家臣達は、誰も反対する事なく言祝ことほぎの言葉を述べた。


 それを聞いて、曹昂は直ぐに自分以外の人達には通達されていた事を察した。


「……ありがとうございます」


 曹操がそう宣言したので、最早覆す事は不可能だと察した曹昂は感謝の言葉を述べるだけであった。


 そして、孫策の傍に行き話し掛ける。


「という訳で、州牧になったんだけど手を貸してくれない」


「手を貸すって、何をすれば良いんだ?」


「僕の部下になってくれない? 今なら潁川郡以外の郡の太守に任命するから」


「本当か⁉」


「嘘をついても意味ないだろう。君の部下はそのまま君の部下のままで良いから」


「本当か⁉」


 あまりの好条件に、孫策は疑いの心を持ってしまった。


「今は一人でも信頼できる人が欲しいから、流石にこれ以上の条件は無理だけど」


「いやいや、十分すぎるから」


 孫策は思わず手を振り、考え込んだ。


「……行く当ても無いから。厄介になっても良いか?」


「ああ、別に良いよ」


 話は決まったとばかりに孫策は曹昂の手を握った。

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