江夏攻略

 念入りに軍備を整え軍議を重ねる孫堅。


 軍議の結果。まずは江夏郡を攻略し、次に魯陽を救援し襄陽を攻めるという事で、話が纏まった。


 その軍備を進めている間、孫堅の妻や親族達が出兵を諫める言葉を掛けるが、孫堅は頑として聞き入れなかった。


 そんな中で孫策ただ一人は出兵に賛成した。


「父上。出陣するのであれば、私を連れて行って下さい。先の反董卓連合軍の時は満足に活躍できませんでしたので、此度の戦こそ江東の虎の息子は虎であると天下に響かせたいのですっ」


 親族が皆反対している中での孫策一人の賛成は孫堅からしたら、感悦の一言であった。


「よくぞ言った。流石は我が息子。それでこそ私の後を継ぐに相応しいと言えるだろう。よろしい、明日には出陣の準備が整う。それまでに身支度を整えるのだ」


「はい」


 孫策の力強い返事を聞いて、孫堅は爽快な気分となり、後の事は弟の孫静に任せて出陣の準備に掛かった。



 翌日。

 


 孫堅は出陣の太鼓を鳴らす前に、息子の孫策を探したが。


「なに、孫策は夜が開けぬ内に出陣しただと⁉」


「はっ。千人余りの兵と数隻の軍船と共に出陣なされました」


 兵士の報告を聞いて孫堅ではなく、程普が怒鳴り声を上げた。


「馬鹿者! 何故お止めしなかった⁉」


「そ、それが。殿の命を受けて先陣を承ったと申しておりまして、その上公覆殿も共に居たので、てっきり殿の命令だと思いまして……」


 兵がしどろもどろになりながら、報告するのを聞いて、孫堅は大笑しだした。


「ははははは、流石は我が息子。抜け駆けで先陣を切るとは、頼もしい奴だ」


「殿。笑い事ではありませんぞ」


「そう言うな、程普。大方、奥が孫策を連れて行くという話を聞いて、出陣を引き留めると察して黄蓋に声を掛けて一足先に出陣したのであろう。ふふふ、勇ましい事だ」


「殿。若君が頼もしいのは分かりましたが、万が一若君が討たれる様な事になっては我が軍の士気に係わります。急ぎ出陣しましょう」


「黄蓋が居るから大丈夫だと思うが……そうだな。出陣の鼓を鳴らせっ。我等も出陣するぞ!」


 程普が言っている事にも一理あると思い孫堅は出陣の鼓を鳴らして出陣した。




 その頃、孫策は率いた千の兵と共に群境を越えて鄳県城を攻撃していた。


 沿岸に容易く船をつける事が出来た。そのまま上陸し鄳県城を攻撃した。


 さほど兵を多く配備していなかった事と夜半過ぎに攻撃を仕掛けた事からか、城から大した攻撃を受ける事もなく城を陥落させる事に成功した。その攻撃には孫策も加わり敵兵を斬り倒していった。


 孫堅軍の兵達が勝鬨を上げるのを聞きながら孫策は安堵の息を漏らした。


(勝手に先陣になって出撃して城を落とせなかったら流石に軍法に則って裁かれる可能性もあったからな)


 孫策はそういう思いがあったので、何が何でも城を落とすか敵を撃退しなければならなかった。


 安堵していると黄蓋が孫策の肩を叩いた。


「お見事です。若君。まさか千人余りの兵で城を落とすとは」


「此処の城が小城で兵が少なかったから落とせたんだよ」


 黄蓋の称賛の言葉に孫策は事実を述べて返した。


「それでも、城を落としたのは見事と言えるでしょう」


「かもな。さて、父上が来るまで暫く待つか」


「はっ。それが良いと思います」


 黄蓋は孫策の命令を聞いて安堵した。


 城を落とした勢いに乗って周囲の城を攻めろと言って来るかもしれないと思ったからだ。


 その時は諫めようと思ったが、その心配もないので安堵したのであった。



 数刻後。



 孫策が落とした城に孫堅達本隊がやってきた。


 早速、孫策達は孫堅の元に呼び出されるが。


「若君! 貴方は何と言う事をなされたのです! 孫家の跡取りたる御方が勝手に出陣して御身が城攻めに加わるとは、何事ですか⁉」


 部屋に入るなり出迎えたのは程普の怒鳴り声であった。


 その後も、程普の説教は続いた。


「大将自らが、その身を危険に曝すなど一軍の将としてはならない事ですぞ! もし若君に何かあれば我等は奥方様に何とお詫びすれば宜しいのですか‼」


「あ、あ~。はい。気を付ける」


「それから、黄蓋っ。若君と一緒に先陣を取るとは何事かっ。お主の立場であれば若君の出陣を諫めるが筋であろうがっ」


「いやぁ、すまんすまん。私も若君が先陣になりたいと頼み込んできてな。それで断れなくて、ついな」


「この大馬鹿者!」


 程普の怒声を聞き、孫堅は笑っていた。


「あははは、程普。怒るのもそれぐらいにしろ。孫策。程普がこれほど怒るのは先程、本人が言った通りだ。以後気を付ける様に」


「はい」


「だが、父としては嬉しいぞ。小城とは言え見事城を攻め落とす事が出来たな。お主の成長ぶりを見て父は嬉しく思うぞ」


「はいっ」


 孫堅のお褒めの言葉を貰い、孫策は嬉しそうに声を上げた。


 程普はまだ言い足りない顔をしていたが、主君の孫堅がそう言い締めたのでそれ以上言うのは止めた。


 そして、そのまま軍議となった。結果的にはこの城を橋頭保にして周囲を占領していくという事に決まった。


 周囲の占領は後回しにして、前進してこの郡の主要県である安陸県を占領すれば良いのではという意見があったが、後々の事を考えると賭けに近いので却下された。




 孫堅達が周囲の地を占領しながら南下していくと、江夏郡の太守である黄祖が待ち構えていた。


 その数一万。対する孫堅軍は二万であった。


 両軍は名前も無い平野にて睨み合った。


 このまま口上を聞く事なく戦が始まるかと思われたが、黄祖軍から二騎ほど出て来た。


「我こそは黄祖軍の武将張虎なりっ」


「同じく陳生」


 二人は名乗り上げると持っている得物の切っ先を孫堅軍に向けながら声を上げる。


「汝等と我等には如何なる怨恨も無いのに、何故、我等が国を侵すかっ」


 それを聞いた孫堅は冷笑して、側にいる韓当に命じた。


「韓当。あの者等を討ち取って参れ」


「はっ」


 孫堅の下知に従い、韓当は大刀を回しながら張虎達の前に躍り出た。


「口だけ達者な雑魚共、この韓当の相手ができるか?」


「なにをっ」


 韓当と張虎がお互いの得物をぶつけ合った。


 二人は十合以上、刃を交えたが決着はつかなかった。


 それを見た陳生が助太刀とばかりに加わった。


 歴戦の雄である韓当も流石に旗色が危ういかと思われたが。


「韓当。手を貸すぞっ」


 そう言ったのは、孫策であった。


 孫策は弓を取り、弓弦を深く引き絞り矢を放った。


 放たれた矢は弧を描きながら、陳生の兜を貫き頭に当たる。


 陳生は短い悲鳴をあげて、馬から転げ落ちた。


 同僚がやられたのを見た張虎はそれに気を取られた。その一瞬の隙を韓当は見逃さず大刀を斬り下げた。


 その一撃を受けて、張虎は傷口から赤い鮮血を噴き出しながら馬から落ちて絶命した。


「敵将張虎、討ち取ったり!」


 韓当の名乗り上げを聞いて孫堅軍は歓声に沸き立ち、黄祖軍は士気が低下した。


「全軍、攻撃開始‼」


 孫堅がその隙を見逃さないとばかりに、全軍に攻撃命令を出した。


 両軍共に数の差はそれほど無かったが、士気が違った。


 意気軒昂の孫堅軍の攻撃を、黄祖軍は受け止める事が出来ずあっという間に瓦解した。


 黄祖に至っては、逃げる際中に深く切り込んだ孫策に捕まるという目に遭った。


 縄で縛られた黄祖は、孫堅達の前に突き出された。


「殿。この者はどうなさいますか?」


「そうよな。とりあえず、捕虜にして劉表と共にその首を斬ってくれよう」


 孫堅がそう言うので、黄祖は暫くの間生かされる事となった。


 郡を治める太守が捕縛されたという話が、直ぐに郡内を駆け回った。


 それにより、各県を治める県令達が孫堅に降伏を申し出て来た。


 孫堅はその降伏を受け入れながら、兵を取り上げて自軍に取り込んでいった。


 そうした事で、江夏を完全に治めた頃には、孫堅軍は三万にも達する軍勢になっていた。

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