孫堅 動く
豫洲沛郡譙県の県城。
その城にある一室で孫堅は先程届けられた文を見ていた。
送り主は袁術であった。
名門の出である事から最初の行は長ったらしく時候の挨拶や自分の事や孫堅の事を気遣った事が書かれていた。
中盤になると、自分が治めている南陽郡の郡境に劉表の軍の姿が頻繁に見られる様になった事が書かれ、そちらの領地にもいつ攻め込んで来るか分からないからこの際協力して荊州を取ろう。勝った暁には州の半分を与えると書かれていた。
それだけであれば孫堅は時期尚早で今は董卓に備えるべきだと言って体よく断ろうと思ったのだが、最後に書かれた一文を読んでどうしたものか悩んでいた。
『君と私は長年の親友。それに加えて貴殿が豫州牧になるのに尽力した。そんな君は私の願いを断る御仁では無いであろう』
この一文を読んで孫堅は悩んだ。
孫堅の調べでは劉表が袁術の郡境に兵を出している様子はなかった。恐らく袁術の虚言であろうと推察した。
そして、協力してというが密偵からの報告では未だに袁術の軍は兵を動かす準備を行っていなかった。
その事から袁術は孫堅だけ戦わせて自分は漁夫の利を得るつもりなのだと直ぐに分かった。
これでは骨折り損になると分かったが、だからと言って此処で兵を出さなければ袁術に義理を欠いた事になる上に、自分の名声に傷が付く事も簡単に想像できた。
なので、孫堅は悩んでいた。
「…………さて、どうするべきか」
孫堅は文を卓に置き考えていると、程普が部屋に入って来た。
「殿。何かお呼びと聞きましたが」
「おお、程普。これを読んでくれ」
孫堅は袁術の文を程普に渡して見せた。
その文を読んだ程普は不愉快そうに顔を歪めた。
「殿。これは腹黒い袁術の謀略です。袁術は我等と劉表を戦わせて共倒れを狙っているのです」
「お主もそう思うか」
「はい。これは殿の性格を読んだ策略です。殿。決して袁術の手に乗る事はありませんっ」
「分かっている。だがな」
孫堅は部屋の窓から見える空を見上げながら口を開いた。
「袁術には反董卓連合の時に世話になった。無論してやられた事があったが、その補填もして貰ったので水に流しても良い。連合軍解散の後は私が豫州牧になるのに尽力してくれたのは確かだ。そんな私が袁術の要請を断れば、世間はどう思う?」
孫堅は相手の腹の内を分かってはいるが、だからと言って恩義がある事に変わりない。そんな人物に義理を欠いた事をしては世間の不評を買う事になるのが嫌なのであった。
そんな孫堅の気持ちを知らず程普は思っている事を口に出した。
「世間の者達が何と言おうと言わせておけばいいのです。殿の名声に傷はつくかもしれませんが、一時の事です。今は生き残る事が大事です」
普通に考えれば程普の考えが正しいのだが、孫堅は違った。
程普の提言を聞いた孫堅は明らかにムッとした顔をしていた。
孫堅は自分の家を孫武の子孫と謳っているが、実際は彼の父を初めどのような家柄の生まれであったかは不明である。
なので、家名を貶められる事と傷がつく事を嫌っていた。
「すると、何か。お前は私の名が傷ついても構わないと言うのか?」
「いえ、ですが。一時傷ついてもその内解消する事が出来ますので」
「甘い。甘いぞ‼ 程普。一度でもそのような事をすれば、皆は私の事を恩知らずと罵り続けるだろう。そうなれば、末代までの恥だ。我が家の先祖の御霊にどう謝れば良いと言うのだっ」
「お気持ちは分かりますが、今は大局を見るべきです」
程普は孫堅を宥めたが、まだ怒りを解く気配は無かった。
「それに考えてみてください。袁紹は韓馥を脅し公孫瓚を騙して、冀州を手に入れました。袁術も袁紹と負けない腹黒い男です。殿に州の半分を与えると言っても守ると限らないでしょう」
「むっ、それは確かに・・・」
「ですので、此処は兵を出すのをやめましょう」
「・・・・・・お前の言う通りだな。頭に血が上ってしまった様だ。許せ」
「いえ、気にしていません」
孫堅が冷静になったのを見て、程普は安堵の息を漏らした。
その後、孫堅は袁術に、兵糧の調達が遅れているので、暫く兵が出せない旨を書いた文を送った。
袁術はその文を読むなり、激怒してもう自力で荊州を奪う事にした。
直ぐに兵を動員して攻め込んだが、劉表軍の大将である文聘が難なく撃退した。
その勢いに乗り、袁術が拠点にしてる魯陽県に攻め込んだ。
袁術は籠城しつつ、孫堅に援軍を頼んだ。
これには流石に援軍を送らねば、問題という事で、孫堅は兵を出す事にした。
孫堅が兵を集めるという情報は直ぐに『三毒』の耳に入り、すぐさま曹昂の元に届けられた。
その文を読んだ曹昂は、曹操に報告する前に少し考えた。
(連合軍を解散する前に袁紹と揉めなかったけど、それでも劉表と戦うのか。回避されるのかと思ったが違ったか)
孫堅と劉表が戦うのは、連合軍解散の時に孫堅が持っていた玉璽を袁紹が奪う為に劉表に命じた事が原因で、戦うと覚えていた曹昂。
その時に手を貸して玉璽を持っていない様にしたが、それでも戦う事になったのには理由があるのだろうと察した。
「……とりあえず、桓階に戦況の報告と場合によっては和睦する様にと文を出すか」
曹操に報告する前に曹昂は荊州で知り合った桓階に文を送る事にした。
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