食事をしていると
火薬の実験を行った翌日。
曹昂は実験の成果を史渙を含めた実験に参加した者達に口止めをした。
まだ実験をしたいので報告はするべきではないと判断したからだ。
とは言え、手伝ってもらったのに何もお礼をしないのは、人として問題があると思い、料理を御馳走する事にした。
それで城の中庭の一つに史渙と実験に手伝った者達が集まったのだが。
「……何故、父上と元譲さん達まで居るのですか?」
其処には呼んだ覚えが無い曹操達の姿があった。
それだけではなく楽進、蔡邕、李乾、典韋、甘寧、劉巴、邢螂だけではなくちゃっかりと丁薔と卞蓮の姿もあった。
「しかも、母上達まで」
「はは、何やら美味しい物を作るというではないか。最近、お前が忙しい様なのでな。何をしているのか聞かない代わりに御馳走になろうと思ってな」
曹昂が呆れながら呟くと、その呟きが聞こえたのか曹操が笑いながら此処にいる理由を教えた。
要は、最近曹昂は何かしている様だが報告しないので聞かないが、その代わりに美味い物を食べさせろという事であった。
隠し事をしているのは確かなので何も言えなかった。
「……分かりました。ただ、その前に」
曹昂は渋々だが料理を作る事に承諾したが、見慣れない人物がいる事が気になり目を向ける。
その視線を辿った曹操は何を言いたいのか分かったのか、直ぐに教えてくれた。
「ああ、お前が居ない時に仕官した程立という者だ。荀彧が私に推薦した賢者だ」
「そうでしたか……」
ああ、ようやく仕える事にしたんだと思う曹昂。
娘を使って曹操の人となりを探らせていたようなので、その内何らかの手段で仕えるのだろうと思っていたので左程驚かなかった。
だが、曹操からしたら曹昂の反応が薄いのを見て不審そうな顔をした。
「程立に何かあるのか? ……ああ、そうか。そういう事か」
曹操は何か思いついたのか、面白そうな顔をしながら曹昂の頭を撫でた。
「ふふふ、息子よ。何だ、自分が知らない間に荀彧以外に策略で相談できる者が居て嫉妬しているのか?」
「はぁ?」
一瞬曹昂は曹操が何を言ってるのか分からず目を点にしていた。
「隠すな隠すな。最近、お前が色々と忙しいし、荀彧も内政で手一杯でな。なので策略を相談できる者が居なくてな。そんな訳で程立を招いたのだ。だからと言って、お前を蔑ろにするつもりはないからな。安心するが良い。はははは」
曹操が機嫌良さそうに笑うが、曹昂からしたら何を言っているんだろうという思いしかなかった。
(あっ、そう言えば。程丹さんが程立の娘さんだって言っていなかったな。だから、こんな勘違いを起こしたのか)
曹操がどうしてそんな勘違いをしたのか分かり曹昂は溜め息を吐いた。
「はい。父上。今から調理を行うので離れて下さいね~」
曹操の対応が面倒になった曹昂は席に座らせた。
「とりあえず、調理しますか」
曹操と話している間にも調理の準備は進んでいた。
火が付いている炭が入っている七輪の上に金網が乗せられていた。
金網が炭火の熱で熱せられていく。
曹昂は七輪の上に手を翳してどれぐらい熱いかを確かめる。
「……良し。じゃあ、焼くか」
曹昂はそう言って簡易的な卓の上に置かれている板には黒い液体に浸かっている肉があった。
既に切り分けられているのか、長さはそれぞれ違うが、黒い液体に浸かっていたからか赤い肉の部分が少しだけ黒くなっていた。
曹昂はその切り分けられた肉を熱せられた金網の上に乗せると、肉が音を立てながら焼けていく。
熱せられた事で肉は焼かれる前よりも縮んだが、香ばしい匂いを周囲に漂わせる。
肉の脂が金網から炭に落ちて更に火勢が強くなり、肉に付いていた液体が焦げてそれが更に腹を刺激する匂いとなった。
その匂いを嗅いでいるだけで数人が生唾を飲んでいた。
曹操などは、何時の間にか酒を用意して丁薔にお酌させていた。
薄く切られた肉は直ぐに焼けたので、曹昂は箸でひっくり返した。
熱せられた肉は端を少し焦がしながらも茶色に焼かれていた。
裏面も焼けたのを見た曹昂は傍にいる貂蝉達を見る。
その視線を受けて貂蝉は卓の上に置かれており布で覆われている容器の布を取り払った。
容器の中に入っていたのは米であった。
貂蝉はその米を少し深い器に盛って曹昂に渡した。
米が入った器を貰った曹昂は十分に焼かれた肉を米の上にこれでもかと言うくらいに載せていく。
最後に彩りとして白い葱を細く切った物を肉の上に乗せた。
「はい。出来上がり。公劉殿。どうぞ」
「……では、遠慮なく」
曹昂に呼ばれた史渙は周りからの羨望の視線を浴びつつも曹昂から器を貰う。
「あっちに匙と箸があるから、それで好きに食べて下さい」
曹昂が手で示した方向には練師がおり、側にある卓には匙と箸が入っている容器があった。
史渙はそちらに向かい箸を貰い、肉を摘まみ上げた。
先程まで焼かれた居た事で熱はまだ持っており、プスプスと音を立てていたが口の中に入れた。
「……少し味が濃いが美味いな」
咀嚼した後で肉の味を表する史渙。
「じゃあ、下にある米と一緒に食べて下さい」
「では、……おおっ、これは」
曹昂に言われた通り史渙は米と肉を一緒に食べてみるとその味に驚嘆する。
味が濃いと思った肉は米と一緒に食べると丁度良い味になっていたので驚いている様であった。
「絶妙な味だ。肉は味が濃く、そこに米の少し甘く淡泊な味わいを合わせたからこそ、この様な素晴らしい味となっている」
史渙はそう言って、器の料理を食べるのを再開した。
美味しそうに食べている史渙を見て、皆も羨ましそうに見ていた。
「はい。食べたい人からどうぞっ」
曹昂の声が聞こえたのでそちらを見ると、卓の上に史渙が食べている料理が大量に置かれていた。
昼時という事で皆腹を空かせていたので我先にその料理を取りに向かった。
「うまっ」
「味が沁み込んだ肉と米がこんなに合うとは」
「この肉は酒と一緒に食べても美味いだろうな」
食べている者達は、思い思いの感想を述べていた。
「ふむ。この肉、酒と素晴らしいくらいに合っている」
曹操は器を貰うなり、まずは肉と酒を組み合わせて食べていた。
「玄妙と言っても良い組み合わせだ。素晴らしい」
そして、肉を食べ終わると曹操は肉のタレが付いた米を食べた。
「うむ。肉の味が米に沁み込み、肉と一緒に食べなくても十分に美味いと言える味だ」
曹操はそう言って米を味わいながら食べていた。
何処かの通みたいな食べ方をするなと見ながら思う曹昂。
しかし、流石に一杯だけでは足りないのか皆お代わりを求めてきた。
曹昂が作っていく端から消えていく中で、美味しそうな匂いに誘われる様に中庭に人がやって来た。
「此処にいると聞いて来たのですが、随分と美味しそうな物を食べている様ですね。我が君」
「おお、荀彧。戻って来たか。うん? そちらの者は?」
曹操は濮陽に戻ってきた荀彧を労いつつも傍にいる男性を見る。
年齢は二十代前半。ちまちまと整った顔立ちで髭を生やしていなかった。
髪を巾で纏めており
爛々と輝く目は曹操をジッと見ていた。
それは値踏みしている様であった。
「ああ、この者は同郷の知人です。ほら、ご挨拶を」
荀彧に促されてその者は前に出て来て一礼する。
「お初にお目に掛かります。私は郭嘉。字を奉孝と申します」
丁寧に一礼する郭嘉。
「ほぅ、お主が。いや、良くぞ来てくれた。歓迎するぞ」
曹操はその名を聞いて面白そうに顔を緩ませた。
そして挨拶もそこそこに、曹操は郭嘉が新しく部下になった事を祝ってそのまま宴を開く事にした。
「荀彧からの手紙で報された、"程立と共に推挙したい人物"とこうして話す事が出来て嬉しく思うぞ」
曹操は酒を片手に持ちながら郭嘉が自分の元に来てくれた事を喜んでいた。
「はい。私も、今日来れたのは、嬉しく思います……」
郭嘉は先程から曹操達が食べていた焼肉を食べて、その味に感動していた。
食べながら話すのは流石に失礼だと思われるが郭嘉はそんな考えなど思い至らない程に焼き肉を食べていた。
「味付けして焼いている。ただ、それだけなのにこれ程に美味いとは。正直に言って、焼いた肉が美味いと思ったのは今日が初めてです。それに加えて、この米と一緒に食べる事でこの玄妙な組み合わせが素晴らしすぎる。そして、この酒。透明がかっていたので最初は酒と思いませんでしたが、一口飲めば、酒の匂いと強い酒精を感じさせる。これ程の美味しい料理は初めて食べますっ」
「おお。そうか。それは良かった」
曹操は郭嘉の料理の感想を聞いて感動しているようだと分かり嬉しそうであった。
「ところで、お主らはどういう経緯で知り合ったのだ?」
曹操がそう尋ねるが、郭嘉は食べる事に夢中で聞いていなかった。
「其処は私が説明します」
郭嘉が話せそうにないので、荀彧が代わりに教えてくれた。
「私は一時期、殿にお仕えする前に袁紹殿の元に居たのです」
「袁紹の元にか?」
「ええ、本当は韓馥殿に仕えるつもりだったのですが、その韓馥殿が州牧の地位を譲り渡してしまったのです。私が冀州に着いた時には公孫瓚との戦が終わり冀州の州治を行っている時でした」
「丁度、息子が帰って来る頃に着いたのか。完全に入れ違いだな」
曹操は、どうして曹昂と荀彧が出会わなかったのか分かり納得した。
「何か言いましたか?」
「いや、それでどうなったのだ?」
「仕えてみて、長く仕えるに値しないと思いそろそろ辞去しようかと思っている所に郭嘉がやって来ました」
「成程。其処で知り合ったのか」
「はい。まぁ、本人は数日程仕えて、袁紹に仕えている知人達に袁紹の欠点を教えて袁紹に辞去を申し出てそのまま冀州を後にしましたけどね。尤も、私もその少し後に袁紹の元を辞去しました」
「ははは、袁紹も有能な者達に去られるとは、可哀そうに」
曹操は口では、そう言いながらも内心では袁紹にいい気味だと思っていた。
荀彧はその時の事を思い出したのか、苦笑いを浮かべていた。
「その時に袁紹殿に忠告したのですが、どうもそれが本人の気に障ったのか怒り出しましてね。今にも剣を抜きそうな剣幕でしたので私は慌てて逃げ出しました」
「ははは、それは災難であったな。それで、何と言ったのだ?」
曹操がそう訊ねると、荀彧はふっと笑った後に言った。
「『周公旦の形ばかりを真似ても大成はしませんよ』と」
「ふははは、そうかそうか。まぁ、確かにあいつは外面だけは良いからな」
荀彧が言った言葉が面白いのか曹操は大笑いしていた。
一頻り笑い終えた曹操に曹昂が話し掛けた。
「父上」
「おお、息子よ。何か用か?」
「いえ、口直しに甘味を持ってきました」
「甘味? ぷりんか?」
「いえ、別の物です」
そう言って曹昂が自分の後ろに居る貂蝉が持っているお盆に乗っている深めの器を取り曹操に渡した。
その深い器には透明な線の様な物に黄緑色で黒い点々の液体が掛かっていた。
「これは?」
「まぁ、食べてみてください」
曹昂がそう言って曹操と荀彧にその器に入っている物を渡した。
器には箸も入っているので、曹操は盃を近くにある卓に置いてその器を受け取り箸でその透明な線を掴んで持ち上げた。
「むぅ、見事に透明だ。向こう側も透けて見えそうではないか」
「ですな。さて、どんな味なのやら」
曹操達はその透明な線を掴んで口の中に入れた。
「・・・・・・ふむ。面白い食感だな」
「そうですな。薄い割りにつるりとしていますな。しかし、掛かっているこの黄緑色の液体が甘酸っぱくていいですな」
「うむ。先程まで味付けが濃い肉を食べていたからな。これで口の中がサッパリしますな」
最初は恐る恐る食べていた曹操達も思っていたよりも美味しかったのでそのまま食べ続けて、器の中に入っている物を全て食べてしまった。
「いや、意外に美味しかったですね」
「うむ。息子よ。あの透明な線の様な物は何だ?」
「あれは葛と水を混ぜて作った葛切りという物です。そして掛かっていたのは
「成程。この甘酸っぱさは彌猴桃であったか」
「潰して水飴と混ぜただけ、でこれほど美味しいとは驚きました。そして、葛を水で混ぜるとこの様な物が出来るとは知りませんでした」
「私もだ。息子よ。何処で作り方を知ったのだ?」
曹昂はどう言おうかと迷っている所に。
「きゃああああああっ 奥方様っ」
貂蝉の声を聞いて、曹操達は声が聞こえた方を見ると卞蓮がその場で倒れ込んでいた。
「蓮。どうしたのだっ⁉」
曹操は慌てて、傍に駆け寄って身体を支えた。
血の気が失せた青い顔をしている卞蓮。
先程まで普通に食事をしていたのに、突然倒れ込んだので皆、何が起こったのか分からなかった。
「旦那様。少し退いて下さい」
皆が混乱している中で丁薔だけは、冷静で裳の端を持って上にあげて裳の中を覗き込んだ。
「……破水している。どうやら、陣痛が始まったようね」
「じ、じんつう……?」
「はいはい。皆、冷静になりなさい。貂蝉、直ぐに産婆さんを連れて来なさい。練師、貴方は直ぐに人を集めて白い綺麗な布を集めなさい。それから董白に熱いお湯を持って来るように伝えなさい」
「は、はい」
「分かりましたっ」
丁薔の指示に従い貂蝉と練師は、言われた通りに行動を開始した。
テキパキと指示を出す丁薔。
彼女は出産経験こそないが、姉分であった劉夫人の出産に立ち会っているので、何をどうしたら良いのか分かっていた。
なので、冷静に対応できた。
女性達が冷静に行動する半面、男性陣はどうしたら良いのか分からず右往左往していた。
出産は女性の仕事なので男性は何をしたら良いのか分からないからだ。
「皆、落ち着きなさい。蓮は子供が生まれる月が今月だっただけの事。皆は別室で待っていなさい。それと何人かは蓮を寝室に運んで頂戴」
丁薔にそう言われて、男性陣は冷静になり何人かは卞蓮を運ぶ為の道具を取りに離れて行った。
そんな中で曹昂は混乱していた。
(まさか、このタイミングで生まれるなんてっ。そう言えば、曹彰の生年って百九十年前後って書いてあったな。でも、月日まで書かれていなかったから気を抜いていた、この場合、男性ってどうしたら良いんだっけ?)
我が事の様に混乱する曹昂。
其処に丁薔が近付いて、曹昂の両頬を叩いた。
力を入れていなかったので、痛いと思うよりも驚きの方が大きかった。
「落ち着きなさい。貴方の弟か妹が生まれるだけの事なのだから」
「は、はい」
そう言われて、曹昂はようやく落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、父上と一緒に別室で待っていなさい」
丁薔にそう言われた曹昂は頷いて曹操と共に別室にて待った。
程なく、卞蓮は男子を出産した。
母子共に健康という報告を聞いて、曹操親子は気が抜けた様に溜め息を吐いた。
そして、二人は直ぐに生まれた子に会いに行った。
曹操はその子を見るなり、名を曹彰と名付けた。
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