火薬の製造は難しい

 数日後。




 曹昂は城の片隅で実験を行っていた。


 今も手に火が付いている棒を持ち、その近くには幾つかの線があった。


 曹昂はその線一つ一つに火を付けて行く。


 火が付いた線は線が敷かれている道を燃えながら進んで行く。


 線の最後に着くと、どれも鎮火した。


「……この配合も違うか」


 曹昂は頭を掻いた。


 五斗米道の使者から、大量の硫黄を貰う事が出来たので、曹昂は火薬の製造に掛かった。


 前世の記憶で材料は覚えていたが、流石に配合比率までは覚えていなかった。


 何度も試行しているが、未だに煙を上げる様子もなかった。


(今日の配合は木炭三割。硫黄三割。硝石四割だったけど。これも違うか。う~ん、明日はどんな比率の配合にしようか)


 木炭か硫黄か硝石のどれを増やすか考える曹昂。


 そう考えていると、董白が声を掛けて来た。


「曹昂。そろそろ時間だぜ」


「・・・・・・ああ、そろそろ出来る時間か」


 今日は此処までだなと思い手を叩いて作業の片付けに掛かった。


「今回は何を作っているんだ?」


 何を作っているのか聞かされていない董白は気になり訊ねた。


 曹昂がしている事と言えば、何かを調合してそして線に取り付けて火を着けて項垂れるの繰り返しであったので、何をしているのか分からなかった。


 更に言えば、これを曹昂以外の人がしていたら変人奇人だと思っている。


 董白が訊ねて来たので、曹昂は少し考えると言わない方が良いと思い誤魔化す事にした。


「秘密」


「おいおい。あたしにも言えないのかよ」


「ごめんね」


 曹昂は謝りながら人差し指で董白の唇を突っついた。


 プニプニと柔らかい感触が面白くて曹昂は飽きる事なく突っついていた。


「な、なにしやがるっ」


「お詫びの愛情表現?」


「意味が分からねえっ」


 董白はいきなり唇を突っつかれたので怒ったが、照れ隠しなのは見て分かった。


 それが分かっているのか曹昂は淡々としていた。


「じゃあ、先に行っているね」


 そう言って曹昂はさっさと先に行ってしまった。


「あ、こら。まだ、話は……くそっ」


 呼び止めようとしたが、曹昂の足が速く止める事が出来なかった。


 頭を掻いた後、気持ちを切り替えて董白は前もって言われた所に向かった。




 城の一画にある庭。


 其処では簡易的な竈が作られており、真っ赤に燃える薪が生みだす熱により竈に掛けられている鍋が沸々と煮え立っていた。


 側にある竈の上にも二つの鍋が入っているが、それぞれ中に一羽丸ごとの鳥。葱。生姜。大蒜が入ったやや黄色みがかった透き通った液体と黒い液体の中に大きな塊の肉が入っていた。


 それらの鍋を見ているのは貂蝉と練師の二人であった。


 二人は鍋の中身を焦がさない様に火力を抑えたり、水気が足りなくなったら水を足したりしていた。


「お待たせ。どう。温まった?」


「はい。曹昂様。鍋に入っている物全て温まりました」


「良し。じゃあ、そっちの方は?」


 曹昂が簡易的な卓子の上に置かれている俎板には黄色い生地の塊があった。


「ああ、はい。言われた通りに作りました。でも、本当に大丈夫なのですか?」


 練師は不安そうな顔をする」


「大丈夫だって、人間そう簡単には死なないから」


「ですが。灰汁を入れた生地など聞いた事ありません」


「大丈夫だって。他の物は出来ているから、作ろうか」


 曹昂はそう言って沸々と煮え立つ鍋の前に生地を持って立った。


「貂蝉。包丁」


「はい」


 曹昂に言われる通り、小さい包丁を渡す貂蝉。


 渡された包丁が太陽の光を浴びて輝く。


「……良し」


 曹昂はそう言って深く息を吸った後、包丁で生地を薄く削った。


 その削られた生地は流れる様に煮える鍋の中に入っていく。


 そうして、出来るだけ均等に長さ、厚みにしながら生地を切って行く。


 やがて、生地を全て削り終えると鍋の中には削られた生地が柳の葉の形となって鍋の中を泳いでいた。


「少し湯がいている間に、器にその黒い液体と黄色みがかった透き通った液体を入れて。黒い液体の方が少なめで」


「はい」


 貂蝉は言われた通りに深い器の中に黒い液体を少し入れて、直ぐに黄色みがかった透き通った液体を入れて混ぜた。


 すると、二つの液体が混ざり赤みがかった茶色の液体となった。


「仕上げに茹でた麺を水切りして入れて、煮込んだ豚肉を切ってっと」


 曹昂は貂蝉が液体を作っている間に黒い液体に入っている肉の塊を出して俎板の上に置き、出来るだけ薄く切った。


 そして、柳の葉の形となった生地を水切りして赤みがかった茶色の液体が入った器の中に入れて軽く混ぜる。


 その上に薄く切った肉を三切れ乗せて、彩で葱の青い部分の薄切りと茹でておいた固ゆでの卵を乗せた。


「出来た。では、父上。どうぞご賞味を」


「うむ」


 曹昂が盆に先程作った料理を乗せて近くに座っている曹操に渡した。


 曹操は卓子にその器を置いて箸で器の中にある柳の葉の形となった生地を掴み啜る。


 箸で持ち上げられた事で湯気が立った。


 曹操は息を吹きかけて冷ますと一気に音を立てて啜った。


 ズ、ズズズっと音が辺りに響いた。


 曹操は目を瞑り無言で咀嚼し飲み込んだ。


「……美味いな」


 ただ一言そう呟いた。


 曹昂達は安堵の息を漏らした。


 曹操が美味しいと言ってくれた事で喜んでいる様であった。


「この麺がこのタンと絡んで美味しくしている。柔らかいのに弾力があって噛むと面白くて飽きさせないな。この湯も素晴らしい。鶏肉と野菜を煮込んだだけだというのに奥深い味だ。そして、この肉が良い。脂身と赤身の肉の部分が交互に重なっている事で、噛むと柔らかいのに肉汁が出てくる。煮込んだ汁の味が沁み込んでこれだけでも十分に酒の肴になるであろう。そして、この卵も素晴らしい。茹でられた卵をこの湯の中に潜らせると味を吸って深い味わいを生み出している。うむ。見事だ。素晴らしい料理だぞ。息子よっ」


「ありがとうございます」


「ちなみに、この料理は何と言うのだ?」


「刀削麺と言います」


「成程。この麺の生地を包丁で削るから刀削麺。悪くない。悪くないが、もう少し麺を細く切る事は出来るか」


「やろうと思えば出来ますよ」


「では、次は細くしろ。後、この湯の味付けは鍋に入っている液体ではなく塩にしろ。それとこの上に乗ってる肉だが。脂身が少ない部分で煮るのではなく焼け」


「……分かりました。肉の方はそろそろ董白が厨房から持ってきますが。麺の方は少々お待ちを。別に作っていた生地で言われた通りに作りますので」


「うむ。任せたぞ」


 曹操は出来るのが楽しみな顔をしながら待っていた。


(ちぇっ、煮豚を作っている時に見つかるとか、ツイていないな)


 此処の所、火薬の製造が上手くいかないので気晴らしに料理を作ろうとして、何を作るか考えていると曹昂の頭の中にラーメンが思い浮かんだ。


 ラーメンの生地は柔らかさや弾力性を持たせるにはかん水が必要だが、それは灰汁の上澄み液で代用できると知っていたので、曹昂は密かに作ろうとした。


 だが、煮豚を作っていると曹操が何処からともなく現れて煮豚を食べようとしたので、料理に使うので駄目だと言うと、その料理を食わせろと言い出した。


 それで仕方がなくラーメンモドキを曹操に食べさせている曹昂。


(作っている時に貂蝉と董白達と父上の話をしていたから来たのか? これから何か作る時は父上の話をしない様にしよう)


 と思いながら次の準備をしていると、董白が鉄板を持った人達を連れてやって来た。


「おい。持って来たぞ」


 董白が連れて来た人達が持っている鉄板にはジュウジュウと音を立てている肉の塊があった。


「おお、これは旨そうだな。曹昂。少しくれないか」


「どうぞ」


 曹昂は曹操に包丁を渡すと、曹操はその包丁を持って鉄板の方に行きまだ熱い肉を削った。


 その削った肉を大きく開けた口の中に入れた。


「……うむ。こちらの方が噛み応えがあり、肉の味がしっかりしているなっ」


「こちらは脂身が少ない部分で作りましたので」


「また、味付けも良いな」


「豆醤の上澄み液。蜂蜜。酒を煮込んだ液体に漬け込んで焼きました。先程の煮た肉も同じ味付けです」


「しかし、部位と煮ると焼くとでは、こうも味が違うとはな。ふふ、面白いものだ」


 曹操はそう言って焼いた肉をまた削って口の中に入れて咀嚼した。


「あまり食べますと麺と一緒に食べる時に無くなりますよ」


「ははは、そうだな。では、この位にして。後は麺料理が出来るのを待つか」


 曹操は椅子に座り直した。


 それを見た曹昂は作業を開始した。


 それで出来た塩ラーメンモドキは曹操の口に合ったのか、偶に作って欲しいと言われた。

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