何故、其処に⁉

 曹昂が黄巾党に話を持って行ってから数十日後。




 既に競馬場の設計図は出来ていたので、それを参考に資材の調達。人足に渡す給金と食事の用意。施設を建てる場所などを土地を持っている者達と話をするだけであった。馬に関しては曹洪の実家の伝手で用意してもらった。


 曹昂が陣頭指揮を執った。初めて建てる建物という事で時間は掛かったものの、ようやく競馬場の建設に成功した。


 その競馬場の初開場の日に曹昂は賓客席に居た。


 其処は競技場の観客席よりも、盛り土が一段高く創られた座る席があった。普通の観客席は一段下で座る席など無い立ち見であった。


 その席に座りながら曹昂は右隣に居る袁玉を見る。


「どうかな? 偶には外に出るのも悪くないだろう」


「ええ、今日はこの建物の初開場の日だと聞きました。そんなめでたい日に私を連れて来て良かったのですか?」


「問題ないよ。ちゃんと護衛もいるから。ねぇ、董白」


 曹昂は左隣に居る董白に訊ねた。


「ああ、そうだな。この席の出入り口には警備の兵も居るし。中にもあたしの他に警備の兵がいるから問題ないだろうぜ」


 憮然とした顔で問題ないという董白。


 その顔を見て、何かあるなと思った曹昂は顔を見ながら訊ねた。


「どうかしたの?」


「別にっ、何でもねえよっ」


 鼻を鳴らして顔を背ける董白。


 何故か機嫌が悪いのを見て曹昂は首を傾げていた。


 董白からしたら曹昂と二人で仲良く競馬場に行けると思っていたのに、袁玉を連れて行くと聞いて、焼き餅を妬いていた。


 そんな事が分からない曹昂は首を傾げながら、厩舎から騎手を乗せた馬が集まりだす競馬場の競争を行う馬場へと向かった。


 今回は戦車ではなく馬の競争であった。


 競馬場とはどんな物か見せるのには、戦車よりも馬同士の競争を見せた方が良いと曹昂が提案したのだ。


 今日では無いが、馬を数頭立てた戦車の競争も行う。


 戦車競走と馬の競争を交互に行う事を決めていた。


「今日は馬の競争か。さて、どんな奴が乗るのやら……あん?」


 董白は競争で走る馬と乗っている騎手の名前が乗っている表を見ていると、見慣れた名前を見て目を疑った。


 その声を聞いた曹昂は気になり訊ねて来た。


「どうかしたの?」


「おい。此処見ろよ」


 董白が表を指差した所に乗っている名前を見ると。


 一番。絶影。騎手曹操。


 二番。白鵠。騎手曹洪。


 其処には曹昂の父と親戚の曹洪の名前が乗っていた。


「……何故、父上達の名前が書かれているんだ?」


「あたしが知るかよ。でも」


「でも?」


「競馬場が出来るのと同じ位に、義父上が外国から黒毛の大型の馬を手に入れて自慢していたんだけど、それを聞いた子廉さんが自分の愛馬の方が速いって喧嘩しているのを見たな」


「…………」


 それを聞いた曹昂は、重い溜め息を吐いた。


 競馬場の建設の指揮を取っていたので、そんな喧嘩があった事など知らなかった。


(……何て大人げない人達だ)


 初開場の日に、自分達の馬の速さの勝負をするとか呆れて言葉が出ない曹昂。


 馬場に入った曹操と曹洪は睨み合いながら白い線が引かれた出発地点に停まった。


 後は競争の開始の合図を待つだけであった。


 出発地点には曹操達を含めた選ばれた騎手達が、開始の合図を今か今かと待っていた。


 騎手の気持ちが伝わったのか、馬も足踏みしながら嘶いていた。


 そして、出発地点に居る審判が旗を振り下ろした。


 同時に馬場近くにある角笛を一斉に鳴らした。


 その音が開始の合図と聞いていた曹操達は鐙で腹を蹴るか、鞭で馬の尻を叩くかで駆け出した。


 駆け出した馬達。


 驚いた事に、曹操と曹洪が乗っている馬達は、先頭よりもやや離れた位置で駆けていた。


 観客達はどうなるのか楽しそうに騒いでたが、曹昂達はどうなるのだろうと思いながら観戦していた。


 やがて、駆けている馬達は競技場の半分まで駆けていた。


 この頃になると、先頭を駆けていた馬達は疲れ始めていた。


 まだ、競技に慣れていない為か、最後まで全速力で駆ける体力が付いていなかった様だ。


 それを見た曹操達は、少しずつ速度を上げて行く。


 競技場の終着点が見える所まで着くと、曹操達は先頭に立った。


 お互いに一位は譲らないとばかりに気合を入れた顔をしながら馬を駆けさせていた。


 速度を全く落とす事無く駆ける馬達。 


 やがて、馬達が終着点を越えた。どっちが先に着いたのか分からない程の僅差で到達していた。


 終着点には審判役の者達が居たのだが、審判役の者達は協議したが、曹操達は同着という事で結論づけたのだが。


「納得いかんっ」


「そうだ。もう一度やらせろっ」


 曹操と曹洪はその判定に不満なのか、もう一度やらせろとゴネ出した。


 新州牧とその親族という事で、審判役の者達も宥める事が出来ず困っていた。


 其処に曹昂達が間に入り宥めて、何とか事を収めた。


 


「ぬぅ……」


「……っち」


 曹操と曹洪は競馬場の賓客席に座り、不機嫌そうな空気を出していた。


 手には以前曹昂が作った薄巻きを持っていた。


 二人はそれを味わってる間も機嫌が悪いままであった。


「父上。子廉さんも機嫌を直して下さいよ」


 二人の傍にいる曹昂が機嫌を直して貰おうと声を掛けるが、二人は一瞬だけお互いを見ると顔を背けた。


 それを見た曹昂は溜め息を吐いた。


「私の絶影の鼻先が一寸ほど先に終着点についたというのに……」


「それはお前の見間違いだ。孟徳。私の白鵠の鼻先が先であったぞっ」


 二人は睨み合った。


 この賓客席に来てからというものの、曹操達はこの会話を飽きる程していた。


 聞いている曹昂からしたら、耳にタコが出来ると思えた。


 いい加減機嫌を直して欲しいと思うのだが、曹操達は勝つでもなく負けるでもなく引き分けという形で終わったので、どうにも引っ込みが効かなくなっていた。


 どうしたものかなと悩んでいたが、其処に競馬場に付設された売店で食べ物を買って来た董白達が戻って来た。


「ただいま、戻りました」


「ほい。買ってきたぞ。丁度出来立てでそんなに時間が経っていないって売っている人が言っていたぜ」


 董白達は手に持っている竹の皮に包まれた物二つを曹昂に渡した。


 曹昂は竹の皮の紐をほどいて広げた。


 竹の皮に入っていたのは円形の茶色の物であった。


 まだ熱いそれを曹昂は手に取り、二つに割った。


 すると、その茶色の物の中身が見えた。


 外側の部分が茶色で内側が黄色の生地。その中心部分には黒い粒粒した物が入っていた。


 曹昂はそれを見て問題ないと判断し口に含んだ。


「……うん。問題ないな」


 咀嚼して美味しいので問題ないと頷く曹昂。


「お二人もどうぞ」


 曹昂は手に持っている者を口の中に入れて、空いた手で今食べた物が入っている竹の皮を董白に渡した。


「じゃあ、遠慮なく」


 董白はそれを手に取り豪快に齧り付いた。


「お、これは甘いな。んで、外側がカリっとしていて中はふんわりとしているぜ。それにこの黒いのは…豆だな。粒粒していて噛み応えがあって美味いな~」


「わたくし、このような食べ物を初めて食べました」


 袁玉は端から千切りながら口の中に入れて、味に感動しながら食べて行く。


 二人共、同じ女の子なのに育ちの差が出る食べ方であった。


 曹昂も手に持っている物を食べようとしたら、曹操達の方から視線を感じた。


 ジッと見る二人。


 曹昂は無言でその茶色の食べ物を渡した。


「おお、悪いな」


「うん。甘いなこいつは。何て名前の食べ物なんだ?」


「丸い盤みたいなので円盤焼きと名付けました」


「円盤焼きか。悪くないな」


「ところで、この黒い粒々は何だ?」


「小さい赤い豆を煮込んだ物です。味付けは蜂蜜で付けました」


「ああ、藪の中に自生しているあれか」


「豆が小さいから食いでがなかったが、あの豆を煮るとこんな味になるのか」


 曹操達も感心しながら円盤焼きを味わっていた。


 曹昂は前々から小豆の餡子が食べたいと思い探させていた。


 小豆の原産地は中国を含めた東アジアだと覚えていたので小豆の特徴を教えて人をやって探させていた。


 大豆に比べると豆が小さいからか、育てている人は居なかった。それでも探し回っていると、二年ほど前に偶然にも藪で自生しているのを発見した。


 豆と花を持ち帰り、陳留の衛大人に頼んで育てて貰った。お蔭で安定供給する事が出来た。


 そうして餡子を作り、餡子のお披露目を兼ねて競馬場に付設されている売店で円盤焼きに入れて販売する事にした。


「売り上げ的にどうだった?」


「売り出された途端、列が出来ていたぜ。買っている人も餡子ともう一つの方をどちらもと言うくらいには人気が出ていたからな」


 曹昂は売店の様子を董白から聞いて満足そうに頷いた。


 売れば売る程に曹昂の懐に金が入るので嬉しくない筈がなかった。


「息子よ。そっちの包みには何が入っているのだ?」


「これは同じ円盤焼きですが。こちらは中身がカスタードです」


「ほぅ、かすたぁどか」


「美味そうだな。こちらにもくれるか」


「良いですよ。あっ」


 曹昂は包みを開けると、中に円盤焼きは四つしか入っていなかった。


「わりぃ。あたしらの前の人がかすたぁどをかなりの数を買ってな。あたしらが買う時には四つしかなかった」


「そうか。じゃあ、仕方が無いな。父上。どうぞ」


 曹昂は自分の分を曹操に渡す事にしたようだ。


 それを聞いた曹操は難しい顔をした。


 かすたぁど入りの円盤焼きを食べてみたいが、息子の分を取ってまで食べるのは親としてどうかという思いと、だが、餡子入りの円盤焼きが美味しかったのでかすたぁど入りの円盤焼きも美味しいのだろうという思いが錯綜していた。


 悩む曹操。


 そんな曹操を見た曹洪は深い溜め息を吐いて、先にかすたぁど入りの円盤焼きを取り半分に割った。


「ほれ。さっきの件はこれで手打ちにしてやる」


 曹洪が半分差し出しながらそう言いだした。


「……そうだな。この次は必ず決着をつけてやる」


 曹操は苦笑いしながら半分になったかすたぁど入りの円盤焼きを取り食べた。


 曹操が食べるのを見た曹洪も円盤焼きに口を付けた。


 二人が仲直りしたのを見て安堵する曹昂。


 董白も笑みを浮かべる。その董白に袁玉はそっと近付き囁く。


「本当に仲直りしましたね」


「だろう。それなりに曹昂の家族を見ていたからな、義父上と子廉の性格も何となく分かるぜ」


 実は円盤焼きは餡子もカスタードも人数分あったのだが、董白がわざとカスタードの方を四つだけ買った。


 不機嫌な曹操達を仲良くさせる為に董白は一計を案じたのだ。


「話を聞いた時はまさか、本当に旦那様が自分の分を義父上に上げるとは思いませんでしたよ」


「はは、あいつはそういう奴だからな」


 董白は照れながらも嬉しそうに笑う。


 そんな董白を見て、自分も曹昂と何もかも分かりあえる仲になりたいなと袁玉は思った。




 翌日。




 曹昂の元に五斗米道の使者がやって来た。


「この度は御父君が兗州州牧に就任した事をお祝い申し上げます」


「ありがとうございます。そちらの助力で出来た事なのでこちらも感謝していると御母堂殿に伝えておいて下さい」


「はっ。ありがとうございます。


「それで。本日来たのはお祝いの言葉を述べるだけですか?」


 何となくそれだけではない気がして訊ねる曹昂。


「はっ。本日は曹昂様が頼まれた物をお届けに参りました」


 それを聞いた曹昂は笑顔を浮かべた。

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