ただ、折衝役をするだけではつまらないので

 曹操が兗州州牧に就任してから数日が経った。


 州牧になった曹操に部下の韓浩が屯田制をする様に提言した。


「黄巾賊により、荒れ果てた土地を降伏した黄巾賊と流民の手で開墾させるのです。さすれば、数年後には軍糧となって我が軍の大きな力となるでしょう」


 と言い、荀彧もその提案に賛成したので、曹操は韓浩と荀彧に屯田制を任せた。


 同時に兵雇制度の改革にも着手した。


 


 その頃、曹昂はと言うと。


 護衛の兵達と董白を連れて黄巾賊の指導者と会っていた。


「この度、黄巾党の交渉役をする事になった曹昂と申します。まだまだ若輩の身ですが、よろしくお願いします」


 降伏した黄巾賊が暮らしている村に入り、黄巾賊の指導者が住んでいる家に案内されると挨拶をする曹昂。


「丁寧な挨拶に痛み入る。こちらこそ、よろしくお願いする」


 黄巾賊の指導者の方も、今の地位を受け継いだばかりというのもあるが、自分達の交渉役が思っていたよりも大物であった事に驚いて、動きがギクシャクとなりながらも返礼した。


 目の前に居るのは、張梁率いる黄巾党の軍を壊滅させた『帝虎』と『竜皇』を率いたと言われている人物。


 他にも眉唾な噂が山程あるが、確実に言えるのは曹操の息子で信頼篤い者であるという事だけは確かであった。


 曹昂からしたら、緊張しているのか身体がガチガチだなと思いながら見ていた。


(此処は何か気が利いた事を言うべきなのだろうか? う~ん。こういう時はどう言えばいいのかな?)


 腹の探り合いとか相手の虚実を見抜くのは長けている半面、相手の気持ちになって慮るのは得意ではない曹昂。


 そして、二人の間に無言の時間が続いた。


 そんな時に護衛として連れて来た董白が肩を叩いた。


「さっさと、こいつらの為に考えた事をさっさと話せよ。じゃないと、何の為に此処に来たのか分からないだろう」


「あ、ああ、そうだね」


 董白にそう言われて、曹昂はその通りだなと空気を変える為に咳払いをする。


「ああ~、今日、こちらに来たのは提案したい事がありまして」


「提案ですか?」


 指導者が頷くのを見て、曹昂は護衛に持たせている袋を貰う。


 その袋の口を開けて中に入っている物を取り出した。


 取り出されたのは丸まっているが大きな紙の束が幾つもあった。


「この度、黄巾党の方々が帰順した事で、多くの人が我が州にやって来ました。その分、人口が増えたのは嬉しい事ですが、人口が増えたからと言って、そのまま全ての人に食糧が行き渡るという事にはならないのは、理解していますか?」


「無論だ。兗州を荒廃させたのは我等なのだからな。だから、孟徳殿の屯田にも我等の同志を貸している」


「それについては感謝します。しかし、黄巾党の人達が屯田に協力しても、直ぐに食糧にはなりません」


「その通りだ。しかし、今は苦しくても数年後には大量の食糧が手に入る筈だ」


 指導者の言葉を聞いて曹昂は同感とばかりに頷いた。そして、自分の意見を言う。


「僕達はそう思えても、他の人達。特に今も食うに困っている人達からしたら、そんな話を聞く事は出来ないでしょう。明日の米よりも、種籾を食べて少しでも飢えを凌ごうとするでしょうね」


 曹昂の意見を聞いて、指導者も顎を撫でながら内心で同意した。


 なにせ、自分達は食うに困って挙兵したのだ。その弊害で今兗州に住んでいる多くの人達が腹を空かせていた。


「然らばどうすれば」


「其処でこれです」


 曹昂は丸まっている紙を広げた。


 その紙には楕円形の形をした施設が描かれていた。


 紙に書かれている施設の各所には事細かく色々な事が書かれていた。


「これは?」


「競馬場と言って馬を走らせる施設です」


「馬を走らせる?」


 そんなの見て面白いのかと思う指導者。


 何が面白いのか分からないのは、指導者だけではなく董白達も同じであった。


 ここ数日、劉巴と何かしら話しているのは知っていたが、まさかこんなよく分からない物を作るとは思いもしなかった。


 皆、何をする為の施設なのか分からないようなので曹昂は苦笑しながら説明する。


「簡単に言えば闘鶏とか闘蟋とうしつみたいな賭け事をするのですよ」


 闘鶏とは、ニワトリの雄を戦わせる競技で、闘蟋はコオロギの雄を戦わせる競技だ。


 両方とも、娯楽と賭博競技として歴史的に広く長く行われている競技だ。


「闘鶏も闘蟋も、傷ついたり死んだりしたらそれで終わりですが、この競馬は馬を走らせて、どの馬が早くゴールじゃなかった終着地点に着くか賭ける競技です」


「……だが、馬に乗れる者はそう多くないであろう」


「其処は戦車を使います。馬に乗れなくても手綱を操る事が出来れば、馬に乗れなくても走らせる事は出来ます」


「……成程。ようは博打か。して、その話を我等に持って来るのは如何なる理由で?」


「施設を建造する為の人手が欲しいので、是非黄巾党の方々にお手伝いを。勿論、働いている間、食事と休憩は付きますので。後、別途で働いた日数に合わせて給金も渡しますので」


 その話を聞いて願っても無い気持ちになる指導者。


 働くだけで食事だけではなく、休憩も取れる上に金も得られると聞いて何と良い待遇といえた。


 働く事も出来なかったので食うに困っていたのだ。その時に比べたら高待遇だと思った。


(ああ、これも大賢良師様の御加護だろう)


 と内心思っていた指導者。


 何処か遠くを見ているなと思いながら、曹昂は話を続ける。


「更に簡素な屋台を建てて、其処で食べ物を用意させて収益を上げるのに貢献させるのはこちらで行いますが、良いですか?」


「……ああ、失礼。どうぞ。我等は人手を貸すだけですので、施設の運営に関してはそちらにお任せする」


「ありがとうございます。で、次は」


 曹昂は次の紙を広げて話した。


 その話を聞いた指導者は少し考えたいと言って保留となった。


 曹昂は話したい事を話し終えると、村を後にした。


 濮陽への帰り道、董白は曹昂に話しかける。


「なぁ、どうしてそんなに娯楽をする必要があるんだ?」


「……大秦の言葉でこういう言葉があるんだ『民衆にはパンとサーカスを与えておけ』ってね」


「? どういう意味?」


「パンは食糧を。サーカスは見世物の事を言うんだ。簡単に言うと、人々に食料と見世物を与えれば統治が容易くなるという事さ」


「そうなのか?」


「お腹を満たして娯楽を楽しめれば、逆らおうとする人はまずいないよ」


「……あたしにはそういう事は分からないから、お前がそう言うのならそうかもな」


 董白は頭を掻きながら曹昂のする事に何も言わなかった。


 曹昂は地頭悪くないのだから勉強すれば良いのにと思いながらも、そんな董白を見て微笑んだ。


「? 何を笑っているんだよ?」


「別に」


 微笑ましく話す曹昂達。


 護衛達は何も言わず二人を見ていた。顔を緩ませながら。

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