州牧就任

 劉岱の葬式から数日。




 兗州の有力者達は、曹操を州牧に迎える事に決めた。


 郡の太守になったばかりの者が、州牧になるのは前代未聞だった。


 黄巾賊の指導者を討ち取り、多くの黄巾賊を降伏させた事が一因と言えた。


 そして、有力者達は連名で劉岱が黄巾賊との戦いで、戦死した事で代わりの州牧を曹操にする様に朝廷に上奏した。


 これは一応朝廷に義理を立てただけの事で、もし曹操の州牧への就任を朝廷が却下しても勝手にする事に決めていた。


 現に袁紹は勝手に并州に兵を送り、占領して冀州牧兼并州牧と名乗っている。


 董卓に支配されている朝廷に義理立てする事も無いと思っているから行える事だ。


 朝廷からの返事を期待しないでいたが、上奏してから十数日後。


 曹操の元に、朝廷からの使者がやって来た。


「汝を兗州の州牧と鎮東将軍の職に任ずる。今後とも忠を尽くす様に」


 使者がそう言って、任命書を曹操に渡して去って行った。




 使者が去ると、曹操麾下の主だった者達と兗州の有力者達を招集した。


 皆が謁見の間に集まると、曹操は任命書を振りながら語りだした。


「皆の者。驚け、朝廷が私を兗州の州牧に認めたぞ」


 曹操がそう言うのを聞いて、集まった者達はざわつきだす。


 まさか、本当に認められるとは思っていなかったからだ。


「それだけではなく、鎮東将軍の職にも任じられた」


「「「おおおおおおっっっ」」」


 招集された者達は驚きの声をあげる。


 鎮東将軍とは正二品で、方面軍を指揮する将軍職の一つだ。


「「「おめでとうございます。孟徳殿。新州牧と鎮東将軍の就任を心からお慶び申し上げます」」」


 皆声を揃えて、祝いの言葉を述べた。


 そして、鮑信が前に出た。


「孟徳殿。新州牧と鎮東将軍の就任を心からお慶び申し上げる」


「ありがとう。允誠殿」


「これから共に黄巾賊により荒れ果てたこの兗州を豊かな土地にしましようぞ」


「うむ。お主も協力してくれ」


「喜んで」


 鮑信が当然とばかりに頭を下げたので、曹操は笑みを浮かべたが直ぐに顔を引き締めた。


「此度の戦には允誠殿にも協力して頂いたので、感謝する。ついては允誠殿には済北郡の太守に任命する」


「感謝する」


 鮑信は感謝の言葉を述べつつ一礼する。


「次に李乾を済陰郡の太守に任命する」


「感謝します」


 曹操が李乾を太守に任命した。


 これは曹操が豫洲出身なので、豫洲出身者だけを登用すると思われるのを払拭する為と、鮑信、李乾の両名は兗州でも有力者なので、その二人を太守に任命する事で自分の権威を示す為でもあった。


 これで兗州出身者も安心して、曹操に仕えるだろうと進言したのは荀彧であった。


 曹操は椅子から立ち上がり両手を広げた。


「皆の者。今日は私が州牧に就任するという、めでたい日だ。宴を行う。存分に飲み味わってくれ」


 曹操は宴の準備をさせた。


 その準備の間、殆どの者達は謁見の間から出て行った。


 そして、謁見の間には曹昂、荀彧が残った。


「これで兗州は我が物となった。皆、ご苦労であった」


「「はっ」」


「降伏した黄巾賊は二十万と言うが、確か黄巾賊は百万を号していたな。残り七十万近くはどうなっている」


「いえ、密偵からの報告ですと表向きには百万と号していましたが。本当は百五十万だそうです。と言っても殆どが戦えない者達ばかりです」


「その者達はどうなってる?」


「今は新しい指導者の元で曹操殿の元に降伏する者達と、飽くまでも独立を謳う者達で分かれています」


「むぅ。だとしたら、かなりの数の抵抗勢力がいるという事か?」


「いえ、殆どが降伏する者達です。独立を謳っているのはごく一部だそうです」


「それでもだ。戦えない者達を含めているとしてもかなりの数が居るであろうな」


 曹操はどうしたものかと考えていると、荀彧が口を開いた。


「我が君。私に良き考えがございます」


「文若。何か名案があるのか?」


「はい。その降伏しない者達には、此度の黄巾賊の降伏した者達と戦わせるのです」


 荀彧の案を聞いた曹昂は少しだけ顔を顰める。


 黄巾賊同士を戦わせて共倒れをさせ、尚且つ自軍の兵力温存を図るという考えだからだ。


 乱世とは言え情け容赦の無い策に、良い案とは思いつつも気分が良い物ではなかった。


「うむ。名案だな。それでいこう」


 曹操は荀彧の案に賛成した。


 曹昂は心情的に案を却下したいのだが、代案が思い浮かばないので何も言わなかった。


 そのまま宴が始まるまで、休むのかと思われたが。


「息子よ。黄巾賊の折衝役はお前に任せる」


「僕がですか?」


「うむ。朝廷に反逆した者達が教祖の宗教だ。信仰は認めても良いが、黄巾賊と私との間に立つ者が欲しい」


「それで僕ですか?」


「お前は五斗米道の折衝役もしている。似たような宗教だ。お前なら出来るだろう」


「……返事をする前に一つ聞いてもよろしいでしょうか?」


「何だ?」


「僕なりに試したい事をしても宜しいでしょうか?」


「試す? ……向こうが認めるのであれば許す」


「ありがとうございます。では、黄巾賊の折衝役を謹んでお受けします」


 曹昂は頭を下げた。


 そして、宴の準備が整ったので三人は宴に参加し大いに楽しんだ。


 


 翌日から曹操は荀彧の案に従い、降伏した黄巾賊の兵達を軍に編入して自分に降伏しない黄巾賊を攻撃させた。


 同じ黄巾賊という事で相手の黄巾賊は戦意を低下させてあっけなく敗れる。


 そうして捕虜になった黄巾賊を軍に編入して別の黄巾賊を攻撃させる。


 その結果、曹操は百万人の黄巾賊の兵を得た。


 その中から選りすぐりの精鋭を選抜した。この精鋭が後に【魏武の強、これより始まる】と言われる『青州兵』であった。

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