甘味論争

 荀彧を迎えたと言う事で急遽宴が行われる事となった。


 宴が行われるという事で、厨房は戦場の様に騒がしくて忙しかった。


 そんな厨房の一画に曹昂が居た。


「はぁ、父上の思い付きにも困ったものだ」


 曹昂は深く息を吐いた。


 厨房長に今日は宴をすると伝え終わると、曹操軍の主要な者達にも宴が行われる事を伝えに行こうとしていた。


 其処に使用人がやって来て、曹昂に曹操からの言付けを伝えて来た。


「ぷりんを作れ。前に出したのよりも豪華にしろとの事です」


 それを聞いた曹昂は了承すると、直ぐに董白達に材料を集めてもらった。


「曹昂。言われた通りに牛の乳と卵と砂糖を持って来たぞ。後、牛の乳の上澄み液も」


 董白はそう言って材料を置いて行く。


 牛の乳の上澄み液とは生クリームの事だ。


 生クリームは牛乳を加熱殺菌し放置して粗熱が取れたら冷却して作る方法と、遠心分離機を用いて作る方法の二つがある。


 前もって、生クリームは作っていたので特に問題は無かった。


「若君。言われた物を持って来たわ」


 程丹は籠に貯蔵室にある果物を持って来た。


 籠の中に入っているのは、獼猴桃。林檎の二つであった。


「すいません。何か手伝ってもらいまして」


「気にしないで良いわ。大した事はしてないのだから」


 曹昂が材料を持ってきてくれた事に感謝を述べると程丹はニコニコと手を振る。


 そして、董白を見て二ヤっと笑った。


 その笑みを見た董白は、何かを感じたのか程丹を睨んだ。


 笑う程丹に睨む董白。


 厨房の一画から不穏な雰囲気が漂ってきた。


 その雰囲気を感じ取ったのか、厨房に居る料理人達は背筋に寒気を走らせていた。


 そんな中で曹昂は気にする様子はなかった。


「さて、注文通りに作るとしますか」


 曹昂は父に言われた通りの調理に取り掛かった。




 場所が変わって、宴が行われている大広間。


 上座に座る曹操は機嫌良く酒を飲みながら、耳で音楽を、目で妓女が踊りを楽しんでいた。


 酒を煽り、お代わりを注がれている間、曹操は荀彧へ目を向けた。


「荀彧よ。楽しんでおるか?」


「はい。我が君。今日の料理は大変、美味しく思います」


 荀彧は曹操に一礼しながらそう答えた。


「そうか。楽しんでくれている様で何よりだ。甘い物を用意しているのでそれも賞味してくれ」


「甘い物ですか? 分かりました」


 曹操が甘い物を薦めて来たが、荀彧の中で甘い物とはつまり果物であった。


 この時代の果物は高級品なのだが、荀彧の家は戦国時代に活躍した荀子の末裔に当たる名家であった。その為、荀彧は幼い頃から果物を食べる事が出来た。


 荀彧は頭の中でこの時期に取れる果物を羅列していき、何が出て来るのだろうと考えて居た。


 程なく、女官達が盆に何かを載せて部屋に入って来た。


 その何かが荀彧の膳に置かれた。


 それを見た荀彧と史渙、楽進、李乾、蔡邕、典韋達は目を見開いていたが、曹操達は感心した声をあげる。


 盃みたいな形をした器。その中央には山のような形をしている黄色の物体。その頂上には黒茶色の液体。


 側には白く渦を巻き天へと上って行く物。獼猴桃と何かの動物を模した林檎が盛られていた。


「ほう、これは見事な盛り付けだ。それに色合いが良い。林檎の赤。獼猴桃の青。ぷりんの黄色。からめるの黒。そして、この白い物。五色とは縁起が良いな」


 曹操は器に盛られている料理の色合いを見て喜んだ。


 この国には昔から万物は火・水・木・金・土の五種類の元素からなるという五行思想がある。


 火は赤。水は黒。木は青。金は白。土は黄とそれぞれ色を象徴していた。


 ちなみに、この時代の青は緑の事を差す。


 その為、五色を揃えるのは縁起が良いと言えた。


「……これは、初めて見る食べ物ですな。名は何と言うのですか?」


「私も料理名は知らぬが、この黄色のはぷりんと言う物で黒茶色のはからめると言う物だ」


「ぷりん? からめる?」


 初めて聞く言葉に、荀彧は衝撃を隠せなかった。


 女官達が出て行くと同時に曹昂達が部屋に入って来た。


「おお、来たか。息子よ。この料理は何と言うのだ?」


「父上の要望に応えた料理です。プリンアラモードと言います」


「ぷりんあらもーど?」


「はい。プリンと獼猴桃については説明しなくても良いですね、林檎の方は兎を模して切っております」


 曹昂に言われて見ると、林檎が兎に似ていると皆思った。


「では、この渦を巻いている白い物は?」


「生クリームという牛乳から作った物です」


「牛の乳から⁉ し、信じられない」


 荀彧は渦巻かれている生クリームを匙で掬い口の中に入れた。


「……お、おおお、これはっ⁉」


 荀彧は生まれて初めて食べた生クリームの味に驚いていた。


「ふわふわととした食感でありながら、果物よりも強い甘味を持っている。それでいて、舌の上に置いただけで溶けていく。信じられない。このような、食べ物が存在するとは、それに……このぷりんは素晴らしい。舌で押し潰せる程に柔らかく、なまくりぃむに負けない甘味を持っている。そこにからめるの苦味で甘味を更に強くしている。そして、ぷりんとなまくりぃむの間に食べる獼猴桃と兎を模した林檎の酸味で口の中を洗い流してくれる。そして、ぷりんとなまくりぃむを食べると、口の中の酸味が甘味に変わる。これは素晴らしい。色合いと言い、味の調和具合、この料理は五行思想を体現しているっ」


 荀彧はプリンアラモードを初めて食べるからか絶賛していた。


 その絶賛を聞いた曹昂は大袈裟だな~と思った。


 荀彧が絶賛するので、曹操達も匙で掬いプリンアラモードを味わった。


 そして、荀彧が絶賛する理由がよく分かった。


「ふむ。荀彧殿が言う意味が分かるな」


「こんな料理、初めて食べたぜ……」


「何とも美味い料理だな」


「果物よりも甘いな……」


「自分はこれほど美味しい料理を生まれて初めて食べましたっ」


 蔡邕を始めとした家臣達は、初めて食べる料理に舌鼓を打っていた。


 曹操達もプリンは食べた事があったが、プリンアラモードは初めて食べるので純粋に美味しいと思った。


 と、其処で終われば良い宴で終わったのだが。食べ終わった曹操は曹昂に向かってこう言いだした。


「息子よ。今度はからめる無しのぷりんを持って来てくれ」


 曹昂は曹操がプリンアラモードを食べたら、恐らくそう言うだろうなと思い厨房にはカラメル無しのプリンを作っておいた。


 女官に持って来てもらおうと曹昂は指示を出そうとしたら。


「お待ちを」


 荀彧が声を掛けてきた。


「どうした。荀彧よ」


「このぷりんにはからめるが付いていないのも有るのですか?」


「そうだ。試しに食べてみよ」


 荀彧が興味を示したので曹操は荀彧にもカラメル無しのプリンを出す様に指示を出した。


 曹操はこれで荀彧がカラメル無しのプリンを食べたら、自分と同じくカラメル無し派になるかも知れないと思ったが、


「ふむ。からめる無しも美味しいですが。私としては、からめる有りの方が美味しく思いますな」


 曹操の気持ちとは裏腹に荀彧はカラメル有りが良いと言った。


 それを聞いた夏候惇を含めたカラメル有り派は当然とばかりに頷いた。


「ば、馬鹿な……からめるなど、ぷりんを味わうのに邪魔であろうに……」


 曹操は信じられないという顔をした。


「しかし、殿。このからめるの苦味があるからこそ、ぷりんの甘味を強く感じる事が出来ると思いますが」


 荀彧の反論を聞いて、曹操は蔡邕達を見る。


 荀彧が食べるのだから、食べさせる事にしたのだ。


「私はからめる有りの方が良いな」


「私も」


 蔡邕と史渙はカラメル有り派になり、


「俺は無しだな。こっちの方がぷりんの味がして美味いと思うぜ」


「俺も」


「私も」


 カラメル無しに手を挙げたのは李乾、楽進、典韋の三人であった。


 その後、曹操達は宴そっちのけでプリンについての激論を交わしだした。


 曹昂達は我関せずと、黙々とプリンアラモードを食べていた。

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