袁術の謀議
荊州南陽郡魯陽県城。
その城の中にある一室に袁術は居た。
「……何と言う事だ。こんな、こんな事があって良い筈がないっ」
袁術は、手に持っている巻物を見て驚愕していた。
その巻物は娘が式を挙げたのか、どうかの確認の為に曹操の下に送った劉勲から送られてきた物だ。
書かれている内容は、娘が式を挙げた事だけではなく、袁紹が公孫瓚と手を組んで謀略を持って冀州州牧の韓馥から州牧の地位を脅す様に譲られた。そして、公孫瓚を裏切った。それで戦が起こったが、曹操に援軍を頼んだ事で公孫瓚を討ち取り、勝利した事。加えて、勝利の褒美として奮武将軍の職に加えて、兗州の東郡太守に任命された事が書かれていた。
「おのれっ」
袁術は怒りに任せて巻物を床に叩き付けた。
怒髪天を突かんばかりに怒っていた。
「おのれっ、本初の奴。私より先に州牧になるとは、何たる不遜! 何たる増上慢!」
巻物を床に叩き付けても、怒りは収まる気配は無く袁術は地団駄を踏んでいた。
「私が未だに太守の地位だというのに、分家のお前が州牧だとっ。おかしいではないかっ」
怒鳴る袁術。その声は城内に響いた。
だが、誰も袁術の怒りを宥めようとしなかった。
袁術が南陽郡を治めた時から、気に入らない事があれば、人に当たり散らす事など日常茶飯事であった。
自分もそんな目に遭いたくないと思い、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに袁術が居る部屋から離れた。
暫くの間、部屋から怒声と床を踏む音が聞こえて来たが、その音が止むと袁術は今いる配下の者達に集まる様に声を掛けた。
数刻後。
城内の謁見の間に、袁術配下の武官、文官が集まった。
その場に居ないのは曹操の下に居る劉勲と豫洲に居る孫堅の二人だけであった。
袁術は謁見の間にある上座に座ると、早々に皆を集めた理由を話し出した。
「袁紹は汚い手段で、冀州の州牧の地位に就いたとなれば、いずれは私が実効支配している豫洲に攻め込んで来るであろう。皆の者、何か策は無いか?」
袁術は集まった者達に問い掛けた。
集まった者達は顔を見合わせて、何か無いかと話し合う。
そんな中で、配下の一人が前に出た。
年齢は三十代であったが、この国では珍しく髭を生やしていなかった。
押し出しが良い立派で風采をしていた。
この者の名は呂範。字を子衡という者であった。
「殿。打開策とは言いませんが、私に一つ良き案がございます」
「何だ。言って見ろ。子衡よ」
「袁紹は冀州を手に入れたとは言え、まだ内政も完全に掌握したとは言い切れません。それに時間が掛かるでしょう。周りには幽州、青州、并州があります。これらの州を支配下にしなければ、南下は難しいと言えます」
「うむ。確かにな」
呂範の話を聞いて、袁術は鷹揚に頷く。
袁術が気分を害していないのを見て、呂範は話を続ける。
「対して、我等は豫洲を支配していると言っても良いでしょう。しかし、豫洲と冀州とでは領土の広さが違います。ですので、袁紹に対抗するには冀州と同等又は劣らない領地を持った州を治めるべきです。狙うとしたら、我等の根拠地の一番近くにある」
「荊州だな」
「その通りでございます」
袁術が代わりに答えると、呂範はその通りとばかりに頭を下げる。
「だが、それで言うのであれば兗州を狙うのも一つではないか? あの州も中々に大きな州であろう」
「兗州は今、青州で発生した黄巾賊が暴れております。黄巾賊を鎮圧しつつ州牧の劉岱と戦う事になります」
「言われてみると確かにそうだな。しかし、荊州を支配するのであればそれほど変わりないと思うが?」
「荊州は七郡を管轄している州ですが、南部の四郡は先頃、ようやく支配する事が出来ました。なので、まだ劉表の支配に反抗している者がまだ多く居ます。その慰撫の為に多くの兵を割いているそうです」
「そうか。ならば、我等が全軍で攻め込めば荊州を奪う事が出来るな」
「はい。その通りにございます」
呂範の話を聞いた袁術は意気込みだした。
「良し、早速」
「お待ち下さい。戦をするのは来年にすべきです」
「何故じゃ?」
「これから季節は冬になります。豫洲に居る孫堅殿に文を送り、戦の準備をして荊州に進軍するとなれば、寒風吹き晒す中で戦をする事になります。そうなれば、将兵が戦う事もままなりません」
「む、むうっ。確かにそうだな」
だが、袁術は直ぐにでも攻めたいと目が言っていた。
そんな袁術を見て微笑みながら呂範は話を続けた。
「それに戦は孫堅殿の軍だけさせるのです。劉表と孫堅殿がぶつかれば、どちらも甚大な被害が出ます。劉表が勝てば、我等が攻めて荊州を奪い、孫堅が勝てば豫洲の州牧に推薦した恩で荊州を譲る様に言うのです」
「それは良い手だ!」
袁術は名案とばかりに手を叩いた。
「では、それで行くとしよう」
袁術が呂範の策を採用したのを聞いて、他の者達は内心で孫堅の不運さに憐れみを感じた。
本作に出て来る呂範の生年は160年とします
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