式を挙げる

 数日後。




 曹昂と袁玉との、挙式が行われた。


 上座には主役の曹昂が座り、やって来る者達から祝いの言葉を受けていた。


 それから一番近い右側の席に父の曹操が、その対面の位置には袁術から送られてきた劉勲。字は子台という者が座っていた。


 年齢は三十代で少しだけ生やした口髭。整えられた顎髭。顎が出た中低の顔。大きな目をしていた。


「……ぷはっ、いや美味い酒ですな」


「そうだろう。この酒が出来るまでは苦労したものだ」


 曹操は最後に小さく主に息子がと呟いた。


 その呟きが聞こえなかった劉勲は、同意する様に頷いた。


「ですな。この様な美味い酒を造るとは、流石は孟徳殿ですな」


「ははは、そう褒めても土産に渡すこの酒の瓶が増えるだけだぞ。子台よ」


 和やかに話す二人。


 元々、劉勲は袁術の故吏という直属の部下だ。その関係で曹操とは旧知の仲であった。


 なので、気兼ねなく話す事が出来た。


「しかし、姫様を迎えると直ぐに式を挙げると思ったのですが、どうして、これほど時が掛かったのでしょうか?」


 劉勲は盃を持ちながら気になって訊ねてきた。


 そう訊ねられた曹操は少し思案した。式を挙げるのを遅れた理由を話しても良い物か考えていた。


「……実はだな。袁紹が長年の付き合いだから、援軍を出してくれと頼み込んできたのでな。助けねば、私の不義理を天下に喧伝するかもしれないからな。援軍を出そうかと思っているところに、董卓軍が攻め込んできたのだ。それで急遽、息子を援軍の将にして派遣したのだ」


「そうでしたか? ところで、本初殿はどうして援軍を求めたのですか?」


 どうして、援軍を要請したのか分からない劉勲は気になって訊ねた。


 それも仕方がない事と言えた。彼は袁玉の式を挙げたのか確認の為に移動していたので、その間袁紹が何をしていたのかを知る為の情報を入手できる方法など無かったのだから。


「ああ、袁紹が公孫瓚と手を組んで韓馥から冀州を奪おうとしたのだ。袁紹は公孫瓚を裏切って、韓馥に冀州の州牧の地位を譲る様に脅してな、それで韓馥は州牧の地位を譲ったのだが、それを不服に思った公孫瓚が袁紹に戦を仕掛けたのだ」


「な、なんと……それで、戦の勝敗は?」


「ふふん。それはもう、息子を援軍に出した事で袁紹軍の勝利だ。公孫瓚は哀れにも討死にになったぞ」


「お、おお、それは見事な勝利ですな……」


 曹操から教えられた事に劉勲は仰天しつつ、帰ったら袁術に報告しなければと思いながら盃を煽った。


 そうして、酒を飲んでいると何処からか良い匂いがしてきた。


 その匂いがした方に目を向ける劉勲。


 すると、劉勲の前に丸々と太った鴨の丸焼きが盛られた大皿が置かれた。


「おお、これは焼鴨シャオヤーですな。これは何とも大きな鴨ですな」


 劉勲は香ばしく焼かれた鴨を見て舌なめずりする。


 このまま料理人が適当に切り分けて食べられるのだなと思っていると、焼鴨を作ったと思われる料理人が、小さな包丁を持って鴨の皮を削ぎだした。


 適当な大きさに切るのかと思っていたが、皮だけ削ぎだしたので劉勲は目を剥く。


 料理人は劉勲の視線など気にせず、皮を削いでいく。


 その削がれた皮を、大皿に盛りつける。


 盛り付けが終わると、料理人は皮を削がれた鴨を持って下がった。


 下がる料理人に代わる様に、侍女が鴨の皮を盛られた皿とは、別に薄く伸ばされたヒラヒラとした物と白く細く切られた葱と、黒く粘性がある液体が入った容器を持って劉勲の膳に置いた。


 膳に置かれた物を見ても、劉勲はどう食べたら良いのか分からず当惑していた。


「袁術の使者として来たのだ。これぐらいのもてなしをしなければ、袁術に何と言われるか分からないからな。好きなだけ食べてくれ」


「ああ、それはありがたいのですが。初めて見る料理ですので、どの様に食べたら良いのか分からないのですが?」


「それはだな。今見せる」


 曹操がそう答えるのに合わせて、曹操の膳にも劉勲の膳に置かれている物達が置かれた。


「良いか。まずはこの小麦粉を水で溶かして薄く伸ばした物に、鴨の皮とこの葱を入れる」


 曹操がそう言って、小麦粉を水で溶かした薄餅に鴨の皮と白髪ねぎを入れる。それに倣って劉勲も同じように作る。


「そして、この黒い液体。名を豆醤という調味料を適量付けて巻く」


「ほぅ、それで?」


「そして、食べる」


 曹操は食べるのを見て、劉勲も同じように作り口の中に入れて咀嚼する。


「…………これは、また。美味しいですな」


 薄く焼かれた物は特に味は無かった。


 モチモチとした食感がするだけであった。


 だが、その物に巻かれている中身は面白かった。


 鴨の皮は香ばしく焼かれた事でパリパリとしていた。噛むとパリパリとした食感と鴨の脂が味わえた。


 それだけでは特に味もしないのだが、調味料の豆醤はしょっぱいが適度な甘みがあった。


 甘じょっぱい味と葱の辛みが合わさり、今迄味わった事が無い味であった。


「いや、まさか。鴨の皮がこうして食べると、立派な一品になるとは思いもしませんでした」


「そうか。喜んでくれると、こちらとしても嬉しく思うぞ。先程の肉の方は、少ししたら炒め物として出すからな。楽しみにしているが良い」


「それは楽しみですな」


 劉勲は笑いながら料理を楽しそうに食べる。


 曹操も劉勲と談笑しながら、料理を食べていた。


 宴もたけなわの頃になると、曹昂はそっと部屋を出て袁玉が居る部屋へと向かった。


 使用人の案内で部屋に入ると、袁術から渡された結婚衣装に身を包んでいる袁玉が居た。


 曹昂は袁玉の傍に座り、面紗を取った。


 化粧が施された袁玉を見ながら、曹昂は手を取り、顔を見る。


「これからもよろしくね」


「はい。幾久しく」


 そう答えた袁玉の唇に、曹昂は自分の唇を重ねた。


 二人はそのまま共に一夜を明かした。

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