話は直ぐに纏まった

 宴が行われてから十数日が経った。



 急いで帰る事もないので、曹昂は帰還の準備をゆっくりと整えていた。


 そんなある日、袁紹から呼び出された。


 曹昂は自分を呼びに来た者と一緒に袁紹が居る部屋へと向かった。


 部屋に入ると、袁紹だけ居た。


「お呼びとの事で参りました」


 案内してくれた者が下がると、曹昂袁紹に一礼すると、返礼してきた。


(手に何か持っているな? 巻物か?)


 袁紹の手に何か持っているのを見た曹昂は何だろうかと思いながら、袁紹が話すのを待った。


「帰る準備をしている所にすまないな。お主に良い事を教えようと思ってな」


「良い事ですか?」


 そう言われても何なのか、曹昂には分からなかった。


「数日前にお主が頼んだ事を、私が冀州の州牧になる経緯となる様に奏上したついでに、孟徳にも郡太守になる様に奏上したのだ」


「……ああ、あの時の件ですね」


 宴で、しかも袁紹は酔っ払っていたので、多分忘れているだろうなと思っていたが、曹昂は意外にも覚えていた事に驚いていた。


「その返事が来てな。場所は私が指定したのだが、構わないだろう?」


「私も父も援軍の対価で郡の太守になれただけでも、十分だと思います」


 曹操が今いる河内郡は、常に董卓に警戒しなければならない所であった。


 今回の援軍の将が曹昂なのも、董卓軍の襲来により選ばれたからだ。


(将来的には何処も敵になるだろうけど、そんな事よりも今が大事だからな)


 先の事をどれだけ考えても、今が安定しなければ何も出来ないと思い、曹昂は顔には出さなかったが、何処の郡になるのか楽しみであった。


「そうか。で、推薦した郡なのだが。兗州の東郡だ」


「……あの? 其処は確か橋瑁殿の後任で王肱という方が太守をしている土地だったと思いますが?」


 反董卓連合軍解散の理由の一つにもなった橋瑁が殺害された事があったので、曹昂は覚えていた。


 その疑問に、袁紹が溜め息交じりに答えた。


「私が黄巾賊を撃退した後、黄巾賊は兗州に攻め込んだそうだ。それにより、王肱が討死したのだ」


「……成程。それで後任がいないと?」


「その通りだ。兗州の州牧劉岱は友人だ。私から東郡の太守の後任は孟徳になる様に声を掛けておいたから、何時でも赴任しても問題ない。すまんが、劉岱と力を合わせて黄巾賊を壊滅する様に孟徳に伝えてくれ」


「承知しました」


 曹昂は問題ないとばかりに頷いた。


(丁度良い。五斗米道が黄巾党と繋がっていると、盧さんは言っていたからな。上手く使って、帰順させるか)


 曹昂は向こうが支援を約束したのだから、これ幸いとその言葉通りに手伝ってもらおうと考えた。


「ああ、そう言えば。父の後任は誰になるのでしょうか?」


 河内郡から東郡に赴任するのだ。曹昂は後任が誰なのか気になり訊ねる。


「私の部下で并州の張楊にさせる。お主の父と一緒に奏上したぞ」


 袁紹は事も無げに告げる。


 ちゃっかり、自分の部下を郡の太守にさせる強かさに曹昂は舌を巻いた。


「では、その張楊殿が赴任するのに合わせて、東郡に向かうという事ですか?」


「出来ればそうして貰いたい。并州の事などを片付けてだから、恐らく一月か二月後に赴くだろう」


「承知しました。戻ったら、父にそう伝えます」


 話す事は終わったので曹昂は袁紹に一礼して部屋から出て行った。


 それから数日後。曹昂達は鄴を後にした。




 鄴を出立した曹昂は、数十日かけて根拠地にしている野王県まで戻って来た。


 出立する前に李傕が進撃して来ると聞いていたが、城壁は何処も傷ついた様子は無かった。


 誤報だったのか、それとも河内郡には入らなかったのか分からないが、曹昂はとりあえず城内に入った時に訊ねる事にした。


 曹昂達が近付くと、城門は開かれた。難無く城内に入った。




 城内に入った曹昂は軍の事は甘寧に任せて、袁紹から貰った巻物を手に曹操が居る謁見の間へと向かった。


 謁見の間には曹操以外にも主だった部将である夏候惇、夏侯淵、曹洪、曹仁、曹純、史渙、楽進、李乾、蔡邕が並んでいた。


「父上。ただいま、戻りました」


「ご苦労。早馬で話は聞いている。袁紹軍の勝利に貢献したそうだな」


「はい。お蔭で朝廷から、正式に領地を貰う事が出来ました。どうぞ、ご覧下さい」


 曹昂が正式の部分を強調したのは、この河内郡の太守になる時は謀略で手に入れたのだと皮肉ったのだ。


 それを聞いて察した曹操は何も言わなかったが、鼻で笑った。


 そして、曹昂が掲げている巻物を取って来る様に夏候惇を顎でしゃくった。


 夏候惇は曹昂の下に行き、その巻物を貰い曹操に手渡した。


 曹操はその巻物を広げて中身に目を通していく。


「ほぅ、援軍の対価で奮武将軍の職に加えて、東郡太守に任命か。悪くないな」


 曹操は巻物を閉じて思ったよりも、高い地位につけた事に喜んでいた。


「おめでとうございます。父上」


「「「おめでとうございます」」」


 曹昂が祝福の言葉を掛けると、周りの武将達もその言葉に続いた。


 曹操は無言で手を挙げた。


「奮武将軍の職も太守になるのは問題ないが、しかし、よりにもよって治める所が東郡か……」


 曹操はそこだけ不満なのか難しい顔をした。


「父上。其処は左程問題にしなくても良いと思います」


「何故だ? 今兗州は青州で発生した黄巾党の襲来を受けているのだぞ。しかも、東郡の太守はその襲撃で死んだそうではないか。その様な所に赴任させるとは袁紹め。業腹な奴」


 曹操は鼻息を荒くする。


 曹昂が袁紹から言われている事を言わなくても、曹操は袁紹が考えている事が分かった様だ。


 荒ぶる曹操に曹昂は冷静に自分の考えを話す。


「御怒りは御尤もです。本初殿は我等と兗州の州牧劉岱殿を黄巾党の盾にするつもりです。ですが、我々には支援してくれる者達が居ますので」


「五斗米道か。確か、黄巾党とも繋がりがあると言っていたな。説得できると思うか?」


「やってみないと分かりません。使えなければ、今後は頼りにしない。使えれば頼りにするぐらいの考えで頼んだ方が良いと思います」


「……五斗米道に関してはお前に任せた。そこら辺の交渉もお前に任せる」


「承知しました」


 曹昂は一礼すると、董卓軍の進撃について尋ねる事にした。


「李傕が進撃してきたと聞きましたが、河内郡には攻めて来なかったのですか?」


「ああ、それはな。正確に言えば、南陽の袁術の下に居た朱儁が袁術の力を借りて、洛陽に攻め込んだから李傕が迎撃したそうだ。結果、李傕が勝利して、敗北した朱儁は行方知れず。勝った李傕はその勢いに乗って南陽を経由して、兗州、豫洲を襲撃して多数の民に被害を出すと言う愚かな事をしたそうだ。加えて見目が良い女は攫って行くのだから、やっている事が盗賊と同じだ」


 李傕がした事を嫌悪をしているのか、曹操は侮蔑しながら教えた。


 曹昂は李傕と何度か話した事があるので、どんな人物なのか分かっていたので、その話を聞いて、噂とかではなく本当にしたのだろうと予想した。


(脳筋だったからな。あの人。その上、凄い欲深くて猜疑心が強かったな)


 呂布に戟を差し上げたという話を聞くなり、他の武将達を集めて曹昂に武器を作って貰うように仕向けたのは、他ならぬ李傕だと曹昂は後で知った。そして、呂布の事を殊の外嫌っていた。


 それは、呂布がした事ではなく、呂布が歯に衣せぬ言い方をするのが気に食わないからだ。


 李傕の故郷である涼州は漢の国の中では異民族に最も接する事が多い土地の一つだ。


 その為、考え方が儒教よりも弱肉強食という考えが強く占めている。


 なので、呂布がした父親殺しなど気にする事ではなかったが、呂布よりも年上である李傕は呂布が年上だろうと誰だろうと生意気な事を言う事に加えて、董卓からの強い寵愛を受けている事が気に入らず嫌っていた。


 その為か、二人は時折衝突する事があった。その衝突の度に李儒やら華雄などが仲裁していた。


(あの時程、李儒さんが大変だなと思った事はなかったな)


 李傕の話をしていたので、曹昂は思わず朝廷に仕えていた時の事を思い出す。


 意外に面白い経験をしたなと思えた。


「まぁ、そんな話は如何でも良い。今はお前の問題だ、息子よ」


「はい?」


「袁術の娘を娶っただろう。式を挙げねばなるまい」


「えっ? そんな準備していませんけど」


「そんなものは、こっちでするわ。というか、もう、袁術から式を挙げたか、どうかの確認の為の使者が来たのだ。早く挙げねば、袁術から催促の手紙が来るぞ」


「ああっ、確かに」


「後はお前の準備だけだ。そこら辺はお主の母と妻とで相談するが良い」


「はい。分かりました」


 戦から帰って早々に婚姻をするとは、曹昂は少しは息つく暇が欲しいと思った。


(あれ? もう、董白と婚姻を上げているけど、この場合は袁玉が側室になるという事で良いのかな?)


 曹昂は今更ながら、そう思ってしまった。


 後で袁術が何かしら言って来たら、その時は適当に誤魔化せば良いかと思う事にした。

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