この人が袁術の娘?

 曹昂の下に来た使者達と共にその場で留まっていると、紀霊が数百の配下を引き連れてやって来た。


 紀霊は馬から降りて、曹昂の下に来て頭を下げた。


「曹昂様ですね。私は紀霊と申します」


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります」


「お気になさらずに。此処から少し行った所に鄧県が有ります。本日は其処でお休みして頂いてから、我が主が居る魯陽へとご案内いたします」


「分かりました。では、案内をお願いします」


「はっ」


 紀霊は一礼すると自分が乗っていた馬の所まで戻り、先頭に立った。


 そして、手で付いて来る様に合図した後、自分が連れて来た配下と共に進みだした。


 曹昂も、その後に付いて行くように指示を出した。


 そうして、進むと先程まで荒れていた所が、打って変わって立派な県城があった。


 城壁の外には楽隊が並んで、出迎えの曲を奏でていた。


「「「ようこそ。お越し下さいました」」」


 街に住んでいる役人達であろう者達が曹昂達を見るなり頭を下げて歓迎の意を示した。


 役人達の列を通り抜けて城内に入ると、沿道には多くの人達が詰め掛けていた。


 詰め掛けている人達を見ると、皆暗い顔をしていた。


(城の中は流石に荒れてはいないけど、住んでいる人達の顔が暗いな。これは生活が辛いんだな)


 沿道に居る人達の顔を見て、曹昂はそう察した。


 そんな顔をしている人達には、流石に笑顔で手を振る真似は出来なかった。


 そのまま道を進んでいると、城の内城へと入って行った。


 城の中であれば、一万の兵が寝られる場所があるので問題は無かった。


(ふむ。装備は悪くない。どうやら重税を掛けるのは自分の暮らしだけではなく、軍備の増強もしているからか)


 城内に入った曹昂はそこいらに居る袁術の兵の装備を見た。


 皆、真新しい鎧を纏い、新品同然の剣か槍を持っていた。


 騎兵が乗っている馬も毛並みが良く、立派な体格をしていた。


 この事から、軍備の増強もしているのだと察せられた。


(一つの県城に詰めている兵にこの装備だ。これは他の所も同じ様な装備をしていると見るべきか?)


 取り敢えず、贅沢はしているが、戦支度はしていると分かっただけで良い事にした。


 その後、曹昂達一行は城の大広間で催された宴に参加した。


(こんな宴をする金があるのなら、もっと税を払っている人達に還元すれば良いものを)


 沢山の妓女が踊り、山海の珍味が膳に落ちそうな位に盛られていた。


 普通であれば目と舌を楽しませるのに十分な宴であったが、南陽郡の現状を見て来た曹昂からしたら贅沢にも程があると思った。


 しかし、折角こうして用意してくれた以上、無粋な事を言って宴を台無しにする方が不味いと思い、膳に盛られている料理を黙々と食べた。曹昂と共に来た者達も同じ思いなのか黙々と食事をしていた。


 騒いでいるのは、袁術側の者達だけであった。




 それから数日後。




 紀霊の案内で曹昂達は魯陽に辿り着いた。


 魯陽に辿り着く前に悲惨な状況の村が幾つもあったが、紀霊は何もしなかった。


 それは自分は武官なので何もするべきではないと思っているのか、それとも悲惨な村を見慣れてしまった所為で感覚が麻痺しているのかもしれなかった。


 どちらにしても、紀霊は冷血な性格なのかも知れないと思えた。


 そして、魯陽の城門前には出迎えの役人達と楽隊に加えて、傘付きで四頭立ての馬車が待っていた。


 その馬車には簾が掛かっていなかったので、乗ってる人が直ぐに分かった。


 曹昂は馬を進ませて馬車の近くまで来て、馬から降りて一礼した。


「わざわざのお出迎えに感謝します。公路様」


「いやいや、他ならぬ婿殿の為とあれば、これぐらい当然の事だ」


 頭を下げる曹昂に、袁術はにこやかに笑いながら手を振る。


 やたらと婿の部分を強調しているのは、自分の婿という立場を世に示したいからだろう。


「父の命で兵を募っておりまして、そろそろ河内郡に戻ろうと思い至った時に丁度南陽郡を通るので、挨拶に参りました」


「そうか。それは重畳。お主の様な息子を持てて、孟徳はさぞ鼻が高いであろうな」


「恐縮です」


「こうして来たのだ。丁度良い。娘を連れて行くのは如何であろうか?」


 袁術が、名案とばかりに髭を撫でる。


 曹昂は、内心でやっぱりそういう話をするよなと思いながら、前以て決めていた通りにする事にした。


「舅殿がお許しになるのであれば」


「おお、そうかそうか。では、今宵の宴は盛大に祝おうぞ」


「はい」


「さて、いい加減このような所で話すのもなんだ。城に入って話そうではないか」


「そうですね。では」


 曹昂はそう言って馬に跨ろうとしたが。


「待て。婿殿。私の馬車に乗って城へと行こうではないか」


「良いのですか?」


「うむ。特に何の問題も無いからな」


「はっ。公路様がそう言うのであれば」


 袁術が馬車に乗ろうと言うので曹昂はその言葉に甘えて、馬車に乗り込んだ。


 そして、馬車が城内に入ると役人達は列となって頭を下げて、楽隊が楽器を鳴らした。


 高らかに音楽が鳴る中で、曹昂達は役人の列を通り城内へと入った。




 城内に入り、そのまま内城へと通り抜けた。


 馬車が停まると袁術が降りたので、曹昂も一緒に降りた。


「これ、誰か娘を客間に来るように呼んで参れ」


「はい。畏まりました」


 袁術は手を叩いて使用人に命じた。


「では、客間に向かおうか」


「はい」


 曹昂は途中で別れた皆の事が気になったが、流石に害される事は無いだろうと思い、袁術の後に付いて行った。


 廊下を道なりに進み続けていると、大きな部屋に出た。


 その部屋は中庭を見る事が出来る様になっており、其処から咲き乱れる花々が見れた。


「良いお庭ですね」


「そうであろう。腕の良い庭師に高い金を払って数日掛けて作っただけはあるであろう」


 庭を褒められて得意げな顔をする袁術。 


 程なく、茶器を持って来た使用人が来て卓の上に置いた。


「さぁ、どうぞ。別に飲みたい物があるのであれば用意するが?」


「いえ、十分です」


 曹昂は茶を啜り喉を潤していた。


「失礼します」


 部屋の入り口から涼しげな声が聞こえて来た。


 その声を聞いて曹昂は声がした方に顔を向けた。


 漆の様に黒い髪を後ろに垂らし、はっとするような美貌。


 左目の下に泣き黒子があった。身長は七尺約百六十センチ程であった。


「……この方が?」


 やって来た女性をまじまじと見ていた曹昂は袁術に訊ねた。


「そうだ。私の娘で名を玉と言う」


 袁術が紹介してやって来た娘は、曹昂に一礼する。


「お初にお目に掛かります。私は袁術の娘で袁玉。字を麗姫と申します」

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