通らないといけないんだよな
宴を終えてから数日。
曹昂達は暫しの間、襄陽に留まっていた。
先の戦では、曹昂軍は負傷者こそ出したが死者は一人も出なかった。
とは言え、矢は消費している上に食糧も消費している事に変わりはないので、食糧の調達に掛かった。
劉表も好きなだけ調達する様にと言ったので、曹昂達は遠慮なく調達に掛かった。
それらが終わると、曹昂は自分が使っている部屋に劉巴を呼んで話し合った。
「食料の調達は出来た?」
「はっ。河内郡に着くまでの食料の買い付けは済みました。後はその積み込みだけです。それには後数日かかりますね」
「それは仕方がないね。一万の軍勢の食料だ。大量なのだから時間が掛かるのは当然だね」
「その通りです。そして、これからの経路ですが」
劉巴は地図を広げた。
「現在、我等は此処襄陽に居ます。河内郡を通る為に絶対に通らなければならない所があります。それは」
「南陽郡だね」
曹昂が答えると、正解とばかりに頷く劉巴。
「食糧の買い付けをしながら南陽郡の事を調べました。それによると南陽郡は荊州に属する郡なのですが、袁術が赴任してからというもの、半ば独立状態だそうです」
「袁術殿のことだからな。劉表殿に従うのが嫌だったかな? 分からないけど」
それなりに親しくていたからか何となくだが、曹昂は袁術が今の状態になっているのか分かった。
「私にも分かりません。ただ、言えるのは南陽郡は宛・冠軍・葉・新野・新都・章陵・西鄂・雉・魯陽・犨・堵陽・博望・舞陰・比陽・復陽・平氏・棘陽・湖陽・随・育陽・涅陽・陰・酇・鄧・山都・酈・穣・朝陽・蔡陽・安衆・築陽・武当・順陽・成都・襄郷・南郷・丹水・析の三十七県の管轄している郡です。その分、人口も多いです。その人口に比例した税収も見込めます。贅沢な暮らしが出来るのであれば、独立するのも分かります」
「ああ、うん。確かにね」
「迂回する道もありますが、かなり遠回りなので時間が掛かります。まず間違いなく約束の期日に戻る事は不可能です」
「そうか。じゃあ、北上するしかないな」
「はい。それに、これは曹昂様には丁度良いのでは?」
「? どういう事?」
曹昂は劉巴が何を言っているのか、分からず訊ねた。
劉巴は笑いながら話し出した。
「聞いておりますよ。何でも袁術の娘と婚姻を結んだそうですね。既に妻を迎えているのに、側室を手に入れるとは曹昂様もお手が早い」
「何処でその話って……ああ、貂蝉か董白あたりから聞いた?」
「はい。南陽郡を通るのですから、ついでにその奥方に会いに行けば良いのでは?」
「いや、それは駄目だろう。儀礼では夫が妻になる女性の顔を見るのは初めての夜を迎える時だけじゃないか」
「そう言いますが、董白の時には初夜を交わす前に顔見せをしていたと聞いていましたが」
劉巴の指摘に曹昂は返す言葉がなかった。
「それは、そうだけど……」
「ならば、問題ないでしょう」
劉巴にそう言われた曹昂は仕方がないと思い、南陽郡を通る時は袁術が居る魯陽に寄る事となった。そして、その日は結納の品を買う事となった。
数日後。
曹昂達は出立の準備が整ったので、襄陽を出立する事になった。
見送りに蔡瑁が来てくれた。
「我が主は多忙故に代わりとして見送りに参りました」
「わざわざの見送りご苦労様です」
蔡瑁が頭を下げて来たので曹昂も返礼した。
「孟徳殿は河内郡に居ると聞きました。という事は、このまま北上するという事でしょうか?」
「ええ、其処が一番最短距離ですので」
「左様で。南陽郡に居る公路殿にはご注意を。狡猾で腹黒い者ですので」
「まぁ、そうですね」
もう少し、したら義理の父親になるのだけどと思うが言わない曹昂。
「曹昂様。出立の準備が整いました」
「ああ、分かった。今行く」
部下の報告を聞いて曹昂は返事をして蔡瑁を見る。
「景升殿にはお世話になった事を、この曹昂が深く感謝していたと伝えて下さい」
「承知した」
曹昂が一礼するとその場を離れて行った。
部下が曳いて来た馬に跨り、曹昂は襄陽を後にした。
襄陽を後にしてから十数日後。
曹昂達は襄陽がある南郡と南陽郡の州境を越えて南陽郡に入った。
「此処が南陽郡か」
曹昂は沿道を進みながら、馬上から見える景色を見た。
其処から見えるのは土地を耕している疲れ切った人達の顔。
皆、ボロボロになった衣服を纏い懸命に畑を耕していた。
中には骨と皮しか無い様な者まで居た。
鶏や豚などの家畜の鳴き声も聞こえず、道端に居る犬でさえ骨が浮き出そうな位に痩せていた。
「武陵郡よりも酷い所だな」
「ですね。民達は疲れ切っている上に満足な食事を取っていない感じですな」
曹昂が可哀そうな位にやつれている人々を見て呟くと劉巴も同感の様で憐れそうに見ていた。
(これはかなり重い税を掛けているな。じゃなかったら、こんなに風にならない)
やつれている人々を見てそう判断する曹昂。
そんな曹昂達を小さな子供達はジッと見つめていた。
皆、指を咥え何かを物欲しそうな目をしていた。
「……劉巴」
「はっ」
「此処は早く通り抜けて、魯陽に向かおう」
子供達の視線に居たたまれない気持ちになった曹昂は、早く通り抜けようと伝えた。
このまま居たら、自軍の食料を渡すと言い出す者が出て来るかも知れなかったからだ。
曹昂は一軍の将という立場なので、食料を分け与えて食糧が不足するという事になれば、自分の立場が無かった。
それに少々の食料を分け与えた所で、一時的な飢えを凌ぐだけで根本的な解決にはならない。
(愛民は煩わずらわさるべきなりか。将の五危の一つにあったな)
ここ南陽郡を治めているのは知っている人物とは言え、領地に関して口を出すのは流石に無礼と言える事だ。
それが分かっている曹昂は早く此処を出る事にした。
劉巴に指示を出して前方を見ると、馬に乗った者達が曹昂達に向かって来た。
その者達の一人が手に『袁』の字が書かれた旗を持っていた。
「公路殿の使者だな」
事前に南陽郡を通る事を魯陽に居る袁術に先触れを出して知らせていた。
まだ、曹昂達が出した者達が戻ってないのに袁術の使者が先に来るとは思いもしなかった。
やがて、袁術が遣わした者達が曹昂達の元まで来ると、馬から降りて先頭に居る曹昂の近くまで来て跪いた。
「曹昂様でありますか?」
「僕がそうだが? 貴殿らは?」
誰が送ったのか分かっているのだが、曹昂は訊ねるのは礼儀だと思い訊ねる。
「我等は南陽郡太守の袁公路様の使いとして参りました。もう間もなく出迎えの紀霊将軍が此処に参りますので、今しばらく此処でお待ち下さい」
「承知した。では、待たせてもらう」
少し偉そうに答えながら曹昂は『三毒』が手に入れた情報の中で紀霊に関する情報を思い返していた。
(山東出身で袁術配下の武将の中では随一の猛将。その武勇は反董卓連合軍で戦死した兪渉よりも強いって報告書には書かれていたな)
前に読んだ報告書を思い出しながら、曹昂は紀霊が来るのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます