招待を受けたので
祝勝の宴に招待するという事なので、曹昂は何も疑う事なく、その宴に参加する事に決めた。
長沙郡の事は劉先と桓階の二人に任せて、曹昂は黄祖軍と共に襄陽に向かう。
それから十数日後。
曹昂達は襄陽にようやく着いた。
曹昂からしたら二度目の襄陽であったが、甘寧や劉巴達からしたら初めて見る栄えた場所と言う事で、目をあちらこちらと動かしていた。
「此処が襄陽か。益州にまで聞こえる程に栄えていると聞いてはいたが、こんなに豊かで平和な所とはな」
「今まで南部に居たので、襄陽が栄えていると人伝に聞いていましたけど、これ程とは・・・・・・」
二人は沿道に詰めかける人々や、襄陽の街並みを見て感激していた。
曹昂はその気持は分からくもないなと思い、何も言わなかった。
「がっはっは、他の州の者が襄陽を見て感激してくれるというのは悪くない気分だのう」
そう言うのは初老に入る年齢の男性であった。
顎や口から生える立派に整えた髭の殆どが白くなっていたが、鋭く引き締まった顔付きにがっちりとした体格をしていた。
身長は
この男性の名は黄忠。字を漢升という人物であった。
曹昂達が劉先の手伝いをしていると、見慣れない人物という事で声を掛けられた事で知り合った。
別動隊に助力した事と曹昂の身分と年齢を教えると、黄忠は笑いながら肩を叩き、その行いを称賛した。
それ以来、それなりに親しくしていた。
「こうして襄陽が栄えているのは漢升殿が少しは貢献しているからですか?」
「如何にも。儂がしている事は州牧の命に従い、敵を討つ事じゃ。それでも、こうして荊州の平和を守っていると思うと胸がすく思いじゃからな」
胸を叩きながら笑顔で言う黄忠。
それは本心でそう思っているという事だろう。
(まぁ、襄陽が栄えているのは、戦乱から逃げて来た人達が荊州に来たお蔭なんだけどね)
劉表の治政が優れているから襄陽は此処まで発展できたのか、それとも地形的に発展できたのかは、曹昂には分からなかった。
そんな事を考えながら進んでいると内城へと入って行った。
庭に入ると、其処には四十代後半で黄忠と身長が同じ位の男性が居た。
こちらの方がすらりとした華奢な体型であったが威厳があった。
口髭も顎髭も綺麗に整えられているが、年齢だからか白い物が混じっていた。
その後ろには十歳ぐらいの子供と五歳ぐらいの子供を連れた三十代の夫人が居た。
その夫人の傍には三十代ぐらいの男性が居た。
官服ではなく鎧を纏っている事から武将の様であった。
曹昂はその四十代ぐらいの男性を見て、しきりに首を傾げていた。
(何処かで見た覚えがあるんだけど、思い出せないな~)
どれだけ頭を捻っても思い出せない曹昂。
そうしている間にも黄祖達は進んだ。ある程度、進むと馬から降りて男性の前まで来て跪いた。
「臣黄祖。州牧劉景升様のご命令により、逆賊蘇代を討ち果たしてきました! 敵将蘇代の首は後程、御前に持ってきます」
「うむ。ご苦労であった」
黄祖が跪きながら報告した。
その報告を聞いた曹昂はあれが誰なのかようやく分かった。
(ああ、あの人。劉表か。反董卓連合軍の軍議の場で父上の供で付いて行った時に何度か顔を見た事があったから、それで覚えがあったんだ)
ようやく、誰なのか分かり曹昂は溜め息を吐いた。
そして、その劉表の後ろに居る人物達を見た。
(年齢からみて、劉表の息子の劉琦に。次子の劉琮。その劉琮の手を引いているのは蔡夫人で、その隣に居る男性は蔡瑁か)
並び方と見た感じの年齢からそう判断する曹昂。
黄祖が報告を終えると立ち上がり、その場を離れて行った。
その後を主だった者達は付いて行った。
自分はどうしたら良いのか分からず途方に暮れていると、劉表が家族を連れて曹昂の元まで来た。
それを見るなり曹昂は馬から降りて一礼した。
「お久しぶりです。景升様。曹操孟徳が息子曹昂が拝謁いたします」
「いや、よく来てくれた。お主と、こうして顔をあわせるのは反董卓連合軍の時以来だな」
「はっ。そうなりますね」
「此度の件は非常に助かった。ささやかながら宴を催したので、存分に楽しんでくれ」
「僕はまだ成人ではないので酒は飲めませんが、楽しませてもらいます」
「うむ。では後でな。蔡瑁。案内や襄陽に居る間の世話はお主に任せたぞ」
「承知しました」
劉表の命令に後ろに居た蔡瑁は頭を下げて応えた。
そう言って劉表は家族を伴って離れて行った。
残ったのは曹昂達が率いる軍勢と蔡瑁だけとなった。
蔡瑁は曹昂を見るなり一礼する。
「では、御案内致す。率いた軍勢はあちらの方に行って下され。そちらに行けば厩舎や身体を休めるようにしておりますので」
「分かりました。じゃあ、甘寧」
「任せろ」
「では、案内をお願いします」
曹昂は軍の事を甘寧に任せて、蔡瑁の後に付いて行った。
蔡瑁の案内で曹昂達は廊下を歩いた。
「いや、あの孟徳殿の御子息にこうして会えるとは思いもしなかったな」
先を歩く蔡瑁は笑みを浮かべながら話し掛けて来た。
随分と気軽に話し掛けて来るので、曹昂は何処かで会ったかな?と考えた。
「孟徳殿が荊州に来た時は丁度、地方の巡察に出ていたので会えなかったが、孟徳殿は壮健であられるかな?」
「は、はい。元気ですよ」
少し前に卞蓮との間に子供が出来る位にと曹昂は内心で呟いた。
しかし、その話しぶりからどうやら自分では無く父曹操の知り合いだという事が分かった。
(年齢的には近いけど、蔡瑁の蔡家って荊州の大豪族だよな。豫洲の出身の父上と何処で知り合ったんだ?)
住んでいる州が違うのに、どうして知り合ったのか分からなかった曹昂。
なので、此処は思い切って聞く事にした。
「僕は詳しくは知らないのですが。父とどういった知り合いで?」
「ああ、孟徳殿は其処まで話してはいなかったか。少し身内に関係しているがお聞きになるか?」
「お願いします」
どういう経緯で知り合ったのか気になったので、丁度よいと思い、曹昂は話を聞いた。
「御存じかも知れないが。私の家は荊州では名家だ。そのお陰で各地の名士、有力者とも知り合う事が出来るのだ。私の伯母は張温殿の奥方だ」
「その方は確か、今朝廷で太尉を務めている御方でしたよね?」
一時期、曹昂は朝廷に居た事があったので、朝廷に居た人物の顔と名前は憶えていた。
「その通りだ。張温殿はここ荊州の南陽郡出身でな。同じ州という事と私の父の蔡諷が張温殿を見込んで伯母を嫁がせたのだ。そして、父は貴殿の曾祖父の曹騰殿とは友人でな。その縁で曹騰殿に張温殿を紹介したのだ。それで、曹騰殿が推薦してくれたお蔭で張温殿は尚書郎に任じられて、司空になったのだ」
「それは、初耳です」
前世の記憶でも今の世でもそんな話を聞いた事が無かったので、曹昂は驚いていた。
「そうか。まぁ、その張温殿の縁で一番上の姉は河南尹の名士と言われている黄承彦殿の、わたしの一つ上の姉は我が殿であられる劉表様の妻になる事が出来たからな」
「ああ、そうなのですか」
其処は聞いた事があるので曹昂は驚かないで納得していた。
余談だが、この黄承彦殿の娘は後に『臥龍』とも呼ばれる諸葛亮の妻だ。
「そんな縁があって、洛陽に住んでいた伯母に会いに行った時に孟徳殿と知り合ってな。その時は確か孟徳殿は洛陽北部尉をしていたな」
蔡瑁は、昔を懐かしむように呟いていた。
(そんな知り合いが居るのなら言えば良いのに……いや、多分、忘れているな)
蔡瑁の話し方から、曹操と最後に会ったのは十年くらい前の様であった。
十年前の事を思い出せと言っても、流石に無理があるなと曹昂は思った。
(忘れているだろうという事は秘密にしよう……でも、父上が荊州を征服した時、蔡瑁を水軍都督と漢陽亭侯にしたのは、そういう縁があるからかも知れないな)
何となくだがそう思った曹昂。
「多分、義父上。忘れているだろうぜ」
「しっ」
董白と貂蝉は小声で話していた。
曹昂の耳には聞こえていたが、幸い蔡瑁の耳には届いていなかった。
その後も蔡瑁が親しく話し掛けるので、曹昂は応対した。
部屋に通された後も蔡瑁が相手をしてくれた。
宴の準備が出来たので、宴が行われている部屋へと向かった。
既に此度の戦に参加した黄祖、王威、文聘、黄忠や参加した部将や文官達が席に座っていた。
曹昂は上座に一番近い席に案内された。
(客人ではあるが上座に置く程に位も高い官位ではない。だが、今回の戦に協力してくれたので上座に一番近い席を用意したという感じだな)
上座を見ると劉表を真ん中に右に劉琦。左に蔡夫人と劉琮が並んで座っていた。
劉表が曹昂に向かって盃を持って一礼した。
「此度の宴は我が軍の勝利とその勝利に貢献した同盟者の子息の協力に感謝を込めて祝おうぞ」
劉表がそう言って盃を掲げると宴の場に参加している者達も同じように盃を掲げた。
曹昂も用意されている膳に置かれている盃を取り掲げた。
「乾杯」
「「「乾杯っ」」」
劉表が言った後に盃を傾けて中に入っている酒を喉に流し込んだ。
劉表が先に飲んだのを見て、皆も盃を傾けて飲みだした。曹昂も同じように盃を傾けた。
(あっ、これ。酒じゃなくて果実水だ)
曹昂が飲んだ液体は酒の味も匂いもしなかったが、何かの果実の汁を水で割った物であった。
まだ成人になっていない事を考えて用意してくれたのだと察した。
その心遣いに感謝を込めて劉表に向かって頭を下げた。
そして、妓女が踊り音楽が鳴りだし宴が始まった。
本作では黄忠は142年生まれ、劉表の息子の劉琦は180年生まれ、劉琮は185年生まれとしま
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