事後処理からの

 話は蘇代が臨湘を出発して、数刻経った頃に戻る。




 蘇代が城を出たのを見た桓階が部下に命じて狼煙を上げた。


 その狼煙が上がってから数刻後。


 南門に『文』と『甘』と『曹』の字が書かれた旗を掲げた軍が近付いて来た。


 しかし、城壁を守っている兵達は、攻撃をする事も危険を知らせる鉦を鳴らす事もなかった。


 軍が門前まで来ると、驚いた事に城門が開かれた。


 城門から出て来たのは、城を任された桓階であった。


 桓階が城門から出て来たのを見て、軍から文聘と劉先と数騎ほど前に出て来た。


 その文聘達が桓階の前まで来ると、桓階は深く頭を下げた。


「お待ちしておりました」


「伯序殿。何用で参った?」


「ああ、失礼いたしました。少し前に我が友、劉先殿が送ってくれた手紙で黄祖軍は二万の軍を率いている上に別動隊も来ると書かれていました。それを読んで私は蘇代に知られない様に密かに、この事を城内の軍民に話しまして説得をしました。今、城内に居る兵も全て私の説得に応じた者達ですので、抵抗する事はございません。ですので、遠慮なく城内へ」


「そうであったか。流石は始宗殿だ」


 文聘は桓階が降伏したのは、劉先の調略だと分かり称賛した。


「は、はぁ」


 劉先は何とも言えない顔であったが、文聘に気付いた様子は無かった。


「城内に入る。続け」


 城内に入るように指示すると文聘は部下と共に先に入って行った。その後を兵達が続いた。


 劉先は文聘の後に付いて行く事なく桓階に話しかけた。


「友よ。聞いても良いか?」


「何だ」


「先程、お主はわたしが手紙を送ったと言ったが、わたしは・・・・そんな・・・手紙・・など送っていないぞ」


 劉先は曹昂の献策で、黄祖に戦う場所と戦術を自分の名で教えたが、桓階には手紙を出してはいなかった。


 劉先からしたら、臨湘を包囲して降伏を促す使者を出して無血開城させるつもりであった。


 だが、曹昂が。


『軍が城内に近付いただけで、城門は開きますよ。ですが、この事は仲業殿には内密に』


 とそっと教えてくれた。


 何故、そんな事を言えるのか不思議であった。そんな友人の顔を見た桓階は笑みを浮かべた。


「ふふふ、実はとある御方から手紙を貰ってな。その手紙を読んでから、城内の者達を説得したのだ」


「とある方? それは誰だ?」


「お主も会っているだろう。ああ、来られたぞ」


 桓階が話しながら、ある人物の姿を見て一礼した。


 桓階が誰に頭を下げたのか気になり、劉先は頭を下げた先に目を向けた。


 其処には、馬に乗った曹昂が居た。


 曹昂は足を止める事無く進んでいたが、桓階達の姿を見ると手を振って来た。


 そのまま城内に入っていく。曹昂の姿が見えなくなると桓階は頭を上げた。


「成程。曹昂殿が手紙を送ったか。それで、か」


 道理で、あんな事を言えるのだと理解する劉先。


「考えてみれば、お主は私宛てに手紙を出すぐらいだ。文を渡すぐらいの繋がりを持っていてもおかしくないか」


「そうだな。友人のお主だから言うが、私は曹操殿に協力する事に決めた」


「何とっ⁉」


 桓階の口から、劉表を主に戴かない旨の宣言を聞いて言葉を失う劉先。


「劉表に仕えるよりも、孟徳殿に仕える方が良いと思ったのだ。お主もどうであろう?」


 桓階は一緒に仕えないかと誘いだした。


 これは一歩間違えれば、自分が殺されるかも知れない言葉であった。


「ふぅ~。少し考えても良いか?」


「構わん。出来ればお主とは戦う様な事はしたくはない」


「…………」


 劉先は返事をしないで城内へと向かった。


 その背を見送りながら桓階はほくそ笑む。


(迷うという事は、少なからず劉表に仕える事に不安を感じているという事だ。恐らく私の誘いに乗ろう)


 持つべきものは友人と思いながら桓階は城へと入って行った。




 城内に入り数日が経った。


 曹昂達が城内の民衆の慰撫をしていると、黄祖軍の使者が城内に入って来た。


 直ぐに軍議の場に主だった者達を集めた。


「臨湘近くの平野にて、我が軍と蘇代軍が激突。劉先殿が献じられた策により蘇代軍に勝利しました‼」


 使者の報告を聞いて、劉先達は歓声を上げた。


 喜びの声が湧く中で、曹昂と桓階は冷静であった。


「敵将の蘇代はどうなった?」


「はっ。敵軍は壊滅状態になったものの、敵の決死の攻撃により敵将蘇代は逃亡しました」


 使者の報告の続きを聞いて喜んでいた者達が、葬式に参加したかのように静かになった。


「あの策で討ち取る事が出来なかったとは、運が良いようだ」


 劉先は舌打ち交じりに呟いた。


 その策とは、まず臨湘近くまで来て蘇代軍を城から誘き出し、そして黄祖率いる本隊が戦って途中から後退して伏兵を配備した所に引き寄せる。


 一つ目の伏兵部隊で奇襲を掛けて敵を混乱させる。混乱している敵軍に本隊が反転して逆撃する。


 敵の注意が本隊と伏兵部隊に向いている所に、二つ目の伏兵部隊で後方を遮断し包囲殲滅する。


 そして、黄祖軍が戦っている隙に手薄になった臨湘を別動隊が占領するという策であった。


 この策を献じたのは本来は曹昂であったが、黄祖からしたら知らぬ者の献策に耳を傾けるか分からなかったので、劉先が献策したという事にして貰った。


「奴め。何処に逃げるつもりだ?」


「他の県や桂陽郡に逃げられでもしたら、兵を搔き集めて我等に戦を挑む可能性もあるぞ」


「その前に捕らえるか殺さねば」


「だが、何処に行ったのか分からねば手の打ちようがない」


 別動隊の部隊長達はどうしたものかと話し合っているが。


「何の問題もありません。まず間違いなく蘇代は此処臨湘に戻ってきます」


 ざわついている中で、冷静な曹昂の声が鈴の音が鳴るかのように響いた。


 その声を聞いて話していた者達は口を閉ざした。


「曹昂殿。如何なる根拠でそう言えるのか教えて頂きたい」


 劉先は、なぜ曹昂が蘇代は臨湘に戻ってくると断言できるのか気になり訊ねた。


「理由は二つ。まず一つは蘇代は臨湘が落ちた事を知らないからです。戦に負けてその様な情報を手に入れる事など不可能に近いからです」


 曹昂は指を二本立てながら自分の考えを話しだした。


「ふむ。一理あるな。もう一つは?」


「二つ目はここ臨湘が長沙郡の政を一手に纏めている県です。その為、各県よりも食糧、人口等が多いのです。もし、反攻するのであれば一人でも人口が多い所で兵を集める筈です。それらの事を鑑みて、蘇代は臨湘に戻ってくると断言致しました」


 曹昂の二つ目の考えを聞いて、皆は何も言えなかった。


「皆、異論は無いようだ。では、曹昂殿の意見を採用する。迎撃の準備をする。急げっ」


 文聘が誰も何も言わないので、曹昂の意見を採用した。


 その意見の通り蘇代は本当に臨湘に戻って来たので、文聘を含めた劉表軍の者達は曹昂の分析力に舌を巻いた。


 そして、蘇代を討ち取った劉先達は事後処理に掛かった。




 それから、更に数日後。


 曹昂の下に、劉表から手紙が届いた。


 此度の戦に協力してくれた事の感謝を込めて、襄陽にて祝勝の宴を行うので是非参加する様にと書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る