甘寧の人望
瑛蘭と話をした三日後。
曹昂達は出立の準備が整った。
「皆、準備は整った?」
曹昂が訊ねると、皆は勿論とばかりに頷いた。
それを見て、満足そうに頷き義舎を出た。
馬に揺られながら来た道を通っている。
曹昂は流れる風景を見ながら、もう当分は此処に来る事は無いだろうと思いながら進んでいると、前から馬車の一団が来た。
その一団は足を止めて、何かを待っている様であった。
馬車の傍に居る者の一人が曹昂の顔を見るなり、先頭に居る曹昂達の下に寄って来た。
何者か分からないので、曹昂は手で停まる様に合図を送った。
曹昂達が止まると、寄って来た者は数歩離れた所で止まり一礼する。
「失礼ですが。曹昂様ですか?」
「そうですが。貴方は?」
「私は瑛蘭様の使いの者です。瑛蘭が見送りに行けないお詫びの物を渡す様に言われましたので、此処でお待ちしておりました」
「御母堂殿が? 一体何をくれると言うのですか?」
まさか、此処までしてくれるとは思っていなかったので訊ねる曹昂。
「はっ。あの馬車の中に入っている物を好きなだけ持って行って構わないとの事です。必要であれば馬車を持って行っても構わないとの事です」
使いの者がそう言うので、曹昂は改めて馬車を見た。
馬に繋がれた荷車が、四台程あった。
車には、これでもかと言うぐらいに米俵や干し肉や干し魚の束が積まれていた。
調味料として塩や酢も入っていた。
「これは凄い量だな」
同時に、これだけの食料を平然と人に与える事が出来る位の生産力がある事に、内心慄く曹昂。
「本当に貰っても良いのですか?」
「ええ、瑛蘭様はそうおっしゃっていましたので」
使いの者は、全部持って行っても構わないと顔に書かれていた。
曹昂は使いの者に返事をする前に、劉巴に訊ねる。
「どうしたら良いかな?」
「くれると言うのであれば貰うのが良いと思います」
劉巴は貰う事に反対しなかったが、曹昂は少し考えた。
(これは例の密書の件を含めた借りになるのかも知れないな。だが、その内何らかの形で返さないとな。ああ、そうだ。益州は山が多いからちょっと聞いてみるか)
くれると言うので、その言葉に甘えるついでに、曹昂は一つお願いをしてみる事にした。
「じゃあ、お言葉に甘える事にします」
「ありがとうございます。我が主には曹昂様が感謝していたと伝えておきます」
「お願いします。ああ、後ついでにもう一つお願いがあるのですが」
「御願いですか? 何でしょうか?」
「黄色くて腐った卵の様な匂いをする物質を見かけたら教えて貰えますか」
「は? 何ですか。それは?」
「ええっと、ちょっとした鉱物です」
「そちらには無いのでしょうか?」
「残念ながら。山にある物なので」
「……分かりました。我が主と相談して探して見ます」
「お願いします」
曹昂が頭を下げて頼み込んだ。
だが、頼まれた方もそれが何なのか分からないが、とりあえず特徴は言って貰ったのでそれに当てはまる物を探す事にした。
(上手くいけば、これで
曹昂は見つかったら儲け物という感じで、頼んだのであまり期待していなかった。
その後は、貰った荷物を自分達が持って来た馬車に載せられるだけ載せた。そして馬車を荷物ごと二台貰った。
残りは、流石に人数的に運ぶのも大変な上に、あまり大荷物を運んでは野盗に狙われる可能性もあるので、持って帰って貰った。
瑛蘭から貰った荷物と共に漢中を出た曹昂達は南下した。
数日掛けて巴郡に入った。
そして、甘寧の屋敷がある臨江県へと向かった。
漢中を出る直前に、甘寧は屋敷に文を送った。
内容は曹操に仕えるので付いて来る者は、準備を整えて屋敷で待てと書かれていた。
なので、帰って来た先触れが言うには、屋敷では手下達が出立の準備を整えて、今か今かと甘寧達が来るのを待っているそうだ。
(甘寧から事前に聞かされた人数は三千人ぐらいと聞いていたけど、食料は足りるかな?)
瑛蘭から貰った食糧はかなりあるが、甘寧の手下達がどれだけ居るか分からないので足りるかどうか分からず不安な曹昂。
「どうした? 顔色が悪いが?」
考えている曹昂に甘寧が声を掛けて来た。
「いや、甘寧の配下の人達が、どれだけ居るのか分からなくて」
前、甘寧が曹操の配下に加わるという話をした時に、甘寧が名前で呼んでいいと言われたので曹昂は甘寧と呼ぶ様にした。
最初は年上の人をそう呼ぶのは慣れなかったが、今では呼べるようになっていた。
「大丈夫だ。流石に長旅出来る様に食糧ぐらいは用意している筈だ」
「いや、それでも数日分あれば良い方だと思うな」
「ははは、心配性な奴だな」
曹昂があまりに不安な顔をしているので、甘寧は笑い飛ばした。
巴郡に入れば自分の顔が利くので、それで食料などを調達すれば問題ないと思っている甘寧。
それでも心配な曹昂を見て面白くて笑っていた。
二人が話していると屋敷が見えて来た。
その屋敷の前には、多くの人だかりが出来ていた。
皆、旅支度をしていた。恐らく甘寧に付いて来る者達だ。
その者達が甘寧の姿を見ると、その場で頭を下げた。
「おう、ご苦労」
甘寧は馬を進ませながら、屋敷の前に来た者達を労った。
これ程の人数が自分に付いて来るのが、嬉しいからだ。
そうして、曹昂達は屋敷の中に入った。
屋敷の中に入ると、手下の者達が屋敷に出て来た。
「「「頭。お帰りなさいませ」」」
手下達が声を揃え頭を下げて甘寧を出迎えた。
「おう、今帰ったぞ」
甘寧は馬から降りて、手綱を手下の一人に預けた。
手綱を受け取った者は厩舎に馬を運んだ。
曹昂達も手綱を手下達に預けた。
「外を見た限りじゃあ、それなりに集まったな。どれくらい集まった?」
巴郡を出るので付いてこない者も居るだろうと思っていたので、思ったよりも集まったので内心誇らしく思いつつどれだけ居るのか気になり訊ねる甘寧。
「ああ、はい。数えた所、全部で五千三百五十人ですね」
訊ねられた手下が屋敷の前に居る人数を報告してくれた。
「お、おう。思ったよりも集まったな……」
かなりの人数なので、流石の甘寧も驚いていた。
「そりゃ、頭ですから。一声掛ければこれぐらいは集まりますよ」
手下が、誇らしげに胸を叩いた。
曹昂はその人数を聞いて、不安が的中したなと思った。
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