旗を掲げる

 甘寧の屋敷に着いた翌日。



 曹昂は、今までの行商で稼いだ金を使って、食糧などを買い込んだ。


 五千人と言える人数なので、漢中で頂いた食糧では足りるかどうか分からなかった。


 なので、曹昂は買えるだけ買おうと決めた。


 それにより、甘寧の屋敷には米、干し肉、干し魚、塩、酢が入った荷物が次から次へと運び込まれて行った。


 その量は屋敷にある蔵にも入りきれなくなり、庭では山の様に積まれていた。


 届いた食糧を劉巴と曹昂は片っ端から帳簿に記していく。


(こういう事務仕事は子廉さんが得意だったな。こういう時に居てくれたらな……)


 この場には、居ない親戚の事を思いながら曹昂は帳面に買った物を記していく。


 その頃、甘寧は巴郡のほうぼうにある県の所々を訪ねていた。


 これは、曹昂が甘寧に巴郡を出て行くというので、今まで迷惑を掛けていたお詫びをしに行った方が良いと言ったからだ。


 最初、甘寧は何でそんな事をと思ったが。


『もう故郷に帰れないかも知れないのだから、未練を残して行くよりも、すっぱりと断ち切ってから出て行った方が気分が良いと思うよ』


 と曹昂に言われた。


 主筋の子が言う事と言われてみると、そうだなと思い甘寧はその言葉に従い迷惑を掛けていた所にお詫びをしに行った。


 行った先々では甘寧が訪ねて来て、何事かと思った。


 甘寧が曹操の配下になり、傘下に加わるので故郷を出る前に、詫びに来たと聞いて皆驚いていた。


 この前まで無頼の頭を張っていた男が突然、世に名高い曹操に仕えると言うので驚天動地の思いの様であった。


 それでも、これで甘寧の事で煩らわさせる事が無くなると思い、皆甘寧の詫びを受け入れた。


 中には、仕官のお祝いとして幾ばくかの金を包んで渡す者まで居た。


 祝いの品を貰った甘寧は、こうまでされてはそう簡単に故郷に戻る事は出来ないなと思った。


巴郡ここに帰って来る時には、天下に名を轟かせるぐらいになってやるっ)


 内心で意気込む甘寧。そして、次の所へと向かった。




 数日後。




 甘寧の件も終わり、食料も十分なくらいに買い込んだ曹昂達は屋敷を後にした。


 五千にも及ぶ人数が列を作り、地面を踏み鳴らす。


 掲げられている旗には『甘』の字の他にも『曹』の字が書かれていた旗も掲げられていた。


 その『曹』の字が書かれていた旗を見て、沿道に立っている人達は甘寧が嘘でも冗談でも無く、本当に曹操の配下に加わったのだと知った。


 そんな感心しながら見ている人達の視線を浴びる甘寧は、堂々とした姿勢で手綱を操りながら馬を進ませていた。


 その隣には曹昂が居た。


(……何時の間に旗を作ったのだろう?)


 曹昂は出立の準備に取り掛かり気味であったので、旗が何時の間に作られたのか知らなかった。


 しかも、甘寧の旗だけではなく自分の旗まで。


 誰が作ったのだろうと不思議に思っていると、後ろから董白に声を掛けられた。


「どうだ? 自分の旗が掲げられている気分は?」


「うん。まぁ、悪くはないけど……」


「何だよ? 何か不満なのか?」


 董白は曹昂は何が不満なのか分からず小首を傾げる。


「いや、何時の間に作ったんだろうと気になって」


「ああ、それか。そんなのあたし達が作ったに決まっているだろう」


 董白は胸を張り鼻息荒くしながら教えた。


「えっ⁉ という事は、これは董白達が作ったの?」


「まぁな。と言っても、半分は興覇殿の舎弟に手伝ってもらったけどな」


「それでも、十分に凄いと思うよ」


 曹昂は改めて旗を見た。


 黒地で赤い字で『曹』と書かれていた。


 最初、何で黒い生地にしたのかなと思ったが、董白達に作って貰ったと思うと誇らしく見えた。


(それに確か黒は古代中国では「方正」「正直」「勇敢」のシンボルって、前世で読んだ何かの本で書いてあったからな。良しとしよう)


 少し思う所はあったが、曹昂は作って貰ったのだから此処は素直に感謝しようと思い直す。


「ありがとうね。旗を作ってくれて」


「ま、まぁ、興覇殿の舎弟が旗を作ったけど、生地が余ったから曹昂の旗も作ったらどうだって言われて作っただけだけどな。別にお前に喜んで欲しくて作った訳ではないんだからなっ。其処のところは勘違いするなよ!」


 董白は顔を隠しながら、早口で言いだした。


「うん。分かったよ」


 頑張ったんだな~と思いながら、曹昂は頷き、思わず顔を緩ませた。


 側に居た甘寧は、生暖かい目で董白を見ていた。


(考えてみれば、自分の旗を掲げて軍を率いるのは初めてだな)


 今迄従軍していた時は、曹操が用意した旗を掲げ兵を率いていた。


 だが、今は曹操の力を借りずに集めた兵と共に、自分で用意した旗を掲げて進んでいた。


 少しだけ、誇らしい気分になる曹昂だった。

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