閑話 練師の一日
揚州の事件により、母を失った練師は曹昂に引き取られ侍女として働く事となった。
先輩でもあり姉分でもある、貂蝉と共に仕事に励んでいた。
「では、練師。水汲みをお願いね。私は洗濯に必要な物を借りて来るから」
「はい。分かりました」
曹操と別れ旅先に居る曹昂達。
この日は泊まっている宿で曹昂と自分達の服を洗濯する為、貂蝉は練師に水汲みに行かせた。
因みに、曹昂と共に行動している護衛達は自分の服は自分で洗っていた。
移動をする為、砂塵などで服が汚れる事がある。
その場合、新しく服を買うよりも、洗濯して着回した方が金が掛からないと曹昂が言うので行っているのだ。
練師は水を入れる容器を、宿の者から借りて井戸へと向かった。
そして、練師は力一杯に込めて桶に付いている縄を引っ張った。
井戸から水を汲むというのは、子供には重労働であった。
幼い練師は力を込めて、縄を引っ張る。
「ん、んん~・・・・・・・」
それで、ようやく縄は動く。
練師は力を込めて縄を引っ張っていくと、横から手が伸びて来て縄を引っ張りだした。
「手伝うぞ」
その声と共に縄を引っ張られ、練師が引っ張っていた時よりも動いた。
ようやく、桶が見える所まで来ると、練師は桶を掴んで持って来た容器に水を入れた。
「ふぅ~、助かります」
「なに、いいって事よ」
練師が感謝を述べると、一緒に縄を引っ張った者は笑顔で手を振る。
縄を引っ張ったのは、董白であった。
練師にとってはもう一人の姉分でもあり、自分が仕える曹昂の奥方であった。
最初に出会った時は、何かに不満そうであったので練師は嫌われていると思っていた。
だが、一緒に行動していると、なにくれと無く面倒を見てくれた。
董白としては、曹昂が練師を妾候補として手に入れた事が不満であって、別段練師に対して、恨みなど無かった。
むしろ、家族を失った事を憐れみ、妹の様に可愛がっていた。
練師も董白が可愛がっているくれるので、慕っていた。
「じゃあ、運ぶか」
「あ、あの、それぐらいは」
何度か水を入れた事で、容器の九割ほど満たされた。
董白はそう言って、その容器を持った。
練師は自分が持つと言うが、董白は首を振る。
「気にすんなよ。これぐらい」
董白はそう言って先に行ってしまった。
(ど、どうしよう・・・・・・)
董白が先に行ってしまい頭を悩ませる練師。
とりあえず、董白の後を追いかけた。
すると、道の先から喧嘩する声が聞こえて来た。
練師は物陰に身を隠して、顔を少し出した。
「だから、それは練師の仕事ですっ。あの子の仕事を奪わないで頂戴っ」
「別に良いじゃねえか。水汲みぐらい」
「良くないから言っているのっ」
「まだ、子供なんだから、重労働ばかりやらせていたら、体壊すぞ」
「そんな事、貴女に言われなくても、ちゃんと休みを取らせていますっ」
練師が見た先では、貂蝉と董白が口喧嘩を始めていた。
二人は仲が悪いのか、時折こうして口喧嘩をしていた。
練師としては、二人共姉の様に慕っているので喧嘩は止めて欲しいと思っているが、口を出しても聞き入れて貰えないので困っていた。
数刻後。
洗濯が終わり、乾いた曹昂の服を持って、曹昂の部屋に向かう練師。
「失礼します」
一言言って扉を開けて室内に入ると、其処では曹昂と最近、同行者となった劉巴が卓を囲んで話している所であった。
「ああ、練師。ご苦労様」
部屋に入って来た練師に、労いの言葉を掛ける曹昂。
曹昂達は地図を見ながら、これからどの道を通って行くか話し合っている様であった。
「此処の道は平坦な道が続きますので、こちらでも良いと思いますが」
「でも、この道だと目的地から少し遠回りだからな。もっと近くの道が良いと思うな」
「でしたら、こちらの方が良いですね」
「うん。確かに」
今日は地図を見ながら話し合っている二人。
偶に、色々な本について意見を述べ合っていた。
個室で二人きりで、余人を交えず。
その為か、貂蝉達は。
「何か、怪しくねえか?」
「しかし、そういう関係では無いと言っていますし」
「でもよ、二人きりで其処まで話す事あるか?」
「貴女はそうでも、曹昂様はそうではないのかも知れないわ」
「個室でだぞ。別に話をするのだったら、何処でも良いだろう」
「それは、確かに・・・・・・やっぱり、そちらの方面に」
「かもな・・・・・・断袖に興味があるのかもな」
口喧嘩をしている貂蝉達は曹昂達が個室で話し合っている事を怪しんでいる様であった。
二人が言う「そちら方面」や「断袖」が何を意味しているのかは、練師には分からなかった。
二人に訊ねても「お前にはまだ早い」「もう少し大きくなったら教えるわ」と言うだけであった。
なので、練師は曹昂に訊ねてみる事にした。
「あの、曹昂様」
「うん? 何?」
曹昂は地図を見ながら、練師に返事をした。
「断袖って、どういう意味ですか?」
練師がそう訊ねると、曹昂は真顔になった。
それを聞いた劉巴も、似たような顔をしていた。
曹昂は練師の頭を撫でながら、誰がそれを言っていたのか優しく訊ねた。
練師は貂蝉達が言っていたと言うと、曹昂は顔を引き攣らせた。
「も、もう少し大きくなったら、貂蝉に聞くと良いよ?」
曹昂は顔を引き攣らせながら言い、貂蝉達を呼ぶ様に命じた。
練師はその命に従い、部屋を出ると貂蝉達を探した。
二人は直ぐに見つかり、曹昂が呼んでいると告げた。
最初は董白に声を掛け、次に貂蝉に声を掛けた。
「じゃあ、練師。この容器を綺麗にしてから、宿の人に返してきて頂戴」
「分かりました」
練師の返事を聞くと、貂蝉は部屋へと向かった。少しすると。
『練師になんて事を教えているんだっ!』
部屋から曹昂の大声が聞こえて来た。
まだ、仕えて短いが曹昂が大声を上げる所など、出くわした事がない練師はその声の大きさに驚いたが、自分は呼ばれていないので、とりあえず言われた仕事を続けた。
それが終わり、後は容器を宿に返すだけであった。
暇が出来た練師は手を伸ばして、自分の頭を触った。
その触った所は、丁度曹昂が頭を撫でた所であった。
「……ふふふ」
曹昂に撫でられた事が嬉しいのか、練師は微笑むのであった。
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