贈り物

 翌日。




 曹昂は甘寧が正式に、曹操の配下に加わる事を貂蝉達に教えた。


 朝起きて、朝食を食べ終わりゆっくりしているときに言われたので、正に寝耳に水であった貂蝉達。


「本当か?」


「何で嘘を付く必要があるのかな?」


「そうだけどよ……」


 曹昂の言葉でも、董白は疑惑の思いが消えなかった。


 何せ、巴郡で侠客として知られる甘寧が、故郷を飛び出して曹操に仕える時点で怪しいと思うのは当然の事と言えた。


「曹昂様。それは寝ぼけていたとか、或いは夢の中の話という訳ではないのでしょうか?」


 劉巴は失礼だと思いながらも、率直な事を言い出した。


「何で、そう思うのかな?」


 皆の反応を見て、曹昂は腑に落ちなかった。


「貂蝉はどう思った?」


 董白達の反応がすっきりとしないので、信頼する侍女の貂蝉はどう思っているのか訊ねた曹昂。


「……曹昂様には申し訳ありませんが、私も皆と同意見です」


 貂蝉は、言いづらいのか顔を反らしながらポツポツと言う。


 それを訊いた曹昂は内心で、何故?という気持ちで一杯であった。


「わ、私は、その、曹昂様がそう言うのだったらそうだと思い、ます」


 練師が、たどたどしく曹昂を信じると言って来るので、曹昂は笑顔を浮かべる。


 そして、練師を手招きする。


 練師は何をするのだろう?と思いながら曹昂の前まで来た。


「いやぁ、練師は良い子だな。本当に良い子だな~」


 曹昂は練師の頭を撫でる。


 頭を撫でられた錬師は嬉しそうに顔を緩ませた。


 それを見て董白は、羨ましそうな顔をしていた。


 曹昂は董白の顔を見て、撫でるのを止めて疑念を持っている様なので、此処は簡潔な解決方法を言った。


「そんなに疑わしいのなら、甘寧本人に聞けば良いと思うよ」


「確かに」


「じゃあ、ちょっと行って来るわっ」


 劉巴は最もだと頷き、董白はその言葉に従って甘寧の下に向かった。


 その後を劉巴も続いた。


 部屋には曹昂と練師と貂蝉だけ残った。


「さてと、暇だから出掛けるか」


 やる事が終わったので暇潰しに外に出る事にした曹昂。


「分かりました。では、供を数人連れて行って下さい」


「久しぶりに貂蝉も一緒に出掛けない?」


「承知しました」


 曹昂が誘うので貂蝉は頷くと、練師を見る。


「では、練師。私達が戻るまで留守は任せるわ」


「分かりました。お早い御帰りを」


 貂蝉に言われて練師は承諾したので、曹昂達は出掛ける準備を整えた。




 義舎を出た曹昂達は気ままに道を歩いていた。


 太陽は燦燦と輝き青空に浮かんでいた。


 曹昂達と同じ道を歩いている人達は、楽しく談笑しながら歩いていた。


「……長閑だね」


「ですね」


 荊州では治安が悪い所は人が歩いているどころか、街の雰囲気自体悪かった。


 だが、此処では皆辛い顔をしないで街の雰囲気も明るかった。


(戦乱の時代だというのに、此処まで安心して歩けるのも珍しいな)


 自分の背後には護衛の者達が居るのを含めて、安心して歩けるのは珍しいなと思えた。


 そう思いながら歩いていると装飾品を扱っている露店の前を通りかかった。


「其処のお坊ちゃん。お嬢ちゃん。どうです? 良い商品がありますよ。見て行って下さいっ」


 露天商が曹昂達に声を掛けた。


 声を掛けられたので曹昂達は足を止めて露店の商品を見た。


 細工物を扱っている店だったようで竹細工、簪、指環、帯留めなどが置かれていた。


 曹昂は思ったよりも品揃えが良いなと思いながら商品を見ていると、緑色の指環を見つけた。


「おっ、流石は坊ちゃん。お目が高い。それは、玉で作られた指環ですよっ」


「玉で?」


 曹昂は疑わしい目で指環を見た。


 此処で言う玉と言うのは宝石の総称に言われているが、主に使われているのは翡翠であった。


 玉を嵌めている訳では無く、玉だけで使った指環なので商品価値としては、この時代換算でもかなり高いと言えた。


 曹昂は疑わしく商品を見ているので、露天商は立て板に水を流すかの様に話し出した。


「へへ、坊ちゃん。偽物と疑うのも無理はありませんが、これは間違いなく玉で作られた指環です。この指環に使われている玉は別の細工で余った物でしてね。その余った玉を指環にした物ですぜ。だから、こうしてわたしの店に並べる事が出来たんですよ」


「ふ~ん。そうなんだ」


「可愛らしいお嬢ちゃんをお供にしているようですし、どうです。お値段はこれぐらいで」


 露天商は筆を取り、掌に値段を書いて曹昂に見せた。


 その値段を見た曹昂は値切るか買うかを判断する前に訊ねた。


「貴方は天師道の信者ですか?」


「それはもうっ」


「じゃあ」


 露天商が天師道の信者だと言うので、曹昂は筆を取り、露天商の掌に書き足した。


「…………もう一声」


「これも追加で」


 掌に掛かれた値段を見て、露天商は少し考えたがこれは無理だと判断して、それを伝えようとしたが、曹昂が同じ玉の指環を買うと言うので露天商は膝を叩いた。


「毎度あり~」


 露天商は笑顔で売ってくれた。


 曹昂は商品を受け取ると、自分の財布ごと露天商に渡した。


 露天商は財布の口を緩めて、中身を見てニンマリと笑った。


 その笑みを見て足りたと判断し曹昂は離れて行った。


「へへ、また来て下せえ」


 露天商が揉み手をしながら、曹昂達の背に手を振りながら声を掛けた。


 露店から少し離れると、曹昂は品物が入った袋を開けて中に入っている指環を出した。


「綺麗な指環だね」


「そうですね」


 曹昂が指環を持って掲げて太陽に当てると緑色に輝いた。


 それを見て貂蝉も微笑む。


 その微笑みを見て曹昂はある事を思い出した。


(そう言えば、約束を忘れていたな)


 前に貂蝉と式を挙げる事を思い出した曹昂。


 思い出したので、曹昂は貂蝉の手を取った。


「曹昂様?」


「手を貸して」


 曹昂は貂蝉の手を取り、右手の薬指に指環を嵌めさせた。


「…………そうこうさま?」


「約束の前払い」


 自分の指に嵌められた指環を見て呆然とする貂蝉。


「……良いのですか?」


「特別だよ」


 曹昂は微笑んだ。貂蝉も釣られる様に微笑んだ。


 二人は手を繋いで並んで歩き出した。


 護衛達は二人が並び歩きだすのを見て、警護上そんな事をされては困ると思いながらも、二人の微笑ましさに笑っていた。

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