密書
瑛蘭によって曹昂の正体が暴かれると、甘寧達は仰天した。
「お前、あの曹孟徳の息子なのか⁉」
「ええ、その通りです」
「成程。道理で何か坊ちゃんみたいな雰囲気を出していると思ったぜ」
甘寧は何かに納得するかの様に頷いた。
曹昂からしたら、その坊ちゃんみたいな雰囲気って何?と聞きたかったが、今はそれよりも、目の前の人物の盧瑛蘭に目を向けた。
「どうやって、僕の正体が分かったのですか?」
名乗りもしていないのに、自分の正体が分かった事が不気味過ぎて訊ねる曹昂。
「簡単な事ですよ。私共の天師道は漢中に根付いているからか、益州の浮屠教の者達とも親しくしております。その者達を介して、貴方様の話を聞きまして、どのような御方なのか各地に散っている信者の者達に調べさせていたのです。その矢先に益州に来たと聞いた時は、正に天のお導きかと思いました」
瑛蘭は手を合わせて、そう教えてくれた。
「各地に散っている信者の者達に調べさせてたのですが、他の宗教と争う事はしないのですか?」
各地に信者が居ると聞いたので、曹昂は気になり訊ねた。
前世の記憶では祀る神が違う宗教同士で、戦争など良く起こっていたので気になり訊ねる。
「特にありませんね。我が宗派は道を求めるのであって、特に何かを祀るという事はしません。ですので、浮屠教や儒教といった者達とも険悪になっていません。更に言えば、黄巾党の者達とも協力をしておりましたよ」
「「「……え⁉」」」
瑛蘭は気軽に言うが、それは要するに黄巾党と共に漢朝を打倒する為に手を貸したと言う事になる。
それは、つまり逆賊に与する者達と言う事に他ならない。
そんな事を聞かされた曹昂は思わず身構えた。
「ほほほ、別に取って喰う事などはしませんよ。とりあえず、お座り下さい」
瑛蘭が東屋に置かれている椅子に曹昂達を座る様に促した。
そう言われても曹昂達は逡巡する。
自分達が黄巾党に協力していたと言うのを聞いて、平然と座れる者などそうは居ない。
甘寧も尻込みしていた。
(・・・・・・皆が座らない以上、此処は僕が率先して座るしかないっ)
呼び出した以上、何かしらの用件があるので呼んだのだと思い、曹昂は椅子に座った。
そんな曹昂を見た董白は生唾を飲み深く息を吸って、意を決して隣に座った。
曹昂達の様子を見て、甘寧達も倣うように椅子に座った。
曹昂達が座るのを確認した瑛蘭がニコリと微笑むと、曹昂と対面になって座った。
「この度は急にお呼び立てしたにも関わらず、来て下さり誠に感謝の言葉もありません」
瑛蘭はやって来た曹昂に、対して感謝の言葉を述べて頭を下げた。
益州の州牧ですら操る事が出来ると言われる盧瑛蘭が頭を下げるのを見て、甘寧達はざわつきだした。
そんな、ざわつきを気にせず曹昂は言葉を選ぶかのように口を開いた。
「こちらも、天師道とは如何なる宗教なのか知りたくて来ただけでしたので、そのついでに来た様な物です」
「そうですか。それで、どうですか? 我等が治める漢中を見た感想は」
「正直に言って、宗教が治めていると言うと太平道みたいに黄色い布を巻いている者達が好き勝手にしている印象があったのですが、此処はそれとは別に規律と道徳を以て平穏に治めている感じでしたね」
「そうですか。外から来た方にそう言われるのは、自分達の統治を誇らしく思います」
本当にそう思っているようで、瑛蘭は嬉しそうに顔を緩ませていた。
だが、その緩んだ顔も直ぐに引き締められた。
「貴方様の御父君であられる曹孟徳様は今は河内郡におりますが。その内、何処かに拠点を移すのでしょうね」
「・・・・・・そこら辺は僕には分かりません」
今の所、拠点にしているのは河内郡ではあるが。その内、兗州の東郡に行き、其処から兗州を支配下に治める事は前世の記憶で曹昂は知っていた。
だが、この場で言う事はしない。すれば、不気味に思われるからだ。
「そうですか。実は曹孟徳様にお渡し、して貰いたい物があるのです」
瑛蘭は懐に手を入れて、紙を出した。
「これを父に渡せと?」
「はい。その通りです」
「……父に見せる前に中身を見ても良いですか?」
「どうぞ」
瑛蘭は曹昂に手紙を渡した。曹昂は封もされていない紙を広げて中身を見た。
他の者には見せない様に注意しながら目だけで読んだ。
「……これは帰って父に見せて判断を仰がないといけませんね。僕には判断が出来ません」
「ですので、お願いできますか?」
「分かりました。父にはちゃんと見せます」
曹昂は、渡された手紙を懐に仕舞った。
「ありがとうございます。さて、堅苦しい話は此処までにして、遥々漢中にまでやって来たのです。おもてなしをさせて頂きますね」
瑛蘭が手を叩くと、何処からか料理が盛られた皿を持った使用人達がやって来て、東屋に置かれている卓に皿を置いて行く。
皿に盛られた料理は出来てから、さほど時間が経っていない様で、まだ湯気が立っており、香しい匂いが曹昂達の鼻の中を駆ける。
「どうぞ、快くまで堪能して下さい」
瑛蘭が食べる様に勧めると、何処からか腹の虫が鳴きだした。
隣から聞こえたなと思いながら董白を見る曹昂。
「~~~~~~」
董白は、お腹が鳴ったのが恥ずかしいのか顔を赤らめていた。
それを見た曹昂は噴き出した。
甘寧達も同じように噴き出した。
「……では、遠慮なく」
一頻り笑った曹昂が料理に箸を付けるのを見て、他の者達も料理を食べだした。
食事を終えた曹昂達は瑛蘭と別れて、自分達が泊る義舎へと戻ろうとした。
戻る際、曹昂は来た時と同じ馬車に乗ろうとしたら。
「おい。曹昂」
「はい?」
甘寧が呼び止め、曹昂の傍に来た。
「義舎に戻ったら話がしたい。夜に中庭に来い」
「……分かりました」
何の話か分からなかったが、とりあえず聞くだけ聞こうと思い約束を交わす曹昂。
その返事を聞いて、甘寧が頷くと馬車に乗り込んだ。
曹昂達が乗った馬車は泊る義舎へと進んだ。
義舎に戻ると甘寧達とは其処で別れた。
曹昂達が自分達が泊まる部屋に戻ると、貂蝉達が出迎えた。
無事な姿で戻った曹昂達を見て、劉巴達は安堵した。
その後で、何しに行ったのか誰に会ったのかを話した。
話を終えると、曹昂達は部屋で休んだ。
時刻は
寝台に横になっていた曹昂は目を開けた。
(そろそろ、良いかな?)
夜に会おうと甘寧と約束したのだが、時刻までは言っていなかった。
なので、何時頃行けば良いのか分からなかった。
完全に夜の時間になったので、部屋を出た。
夜なので、皆寝ていると思い誰も供に付けないで中庭へと向かう曹昂。
中庭に出ると、雲が晴れており月が出ていた。
夜空に浮かび、黄色く光る満月が庭を照らした。
幻想的な光景を見ていると、月を見上げる人が居た。
後ろ姿であったが、この時間なので甘寧だろうと予想した。
曹昂が近付くと、その者は足音を聞いて振り返った。
顔を見ると甘寧であったので、頭を下げた。
「遅れましたか?」
「いや、問題ない」
甘寧はそれだけ言って、庭にある東屋へと足を向けた。
其処で、話をするのだろうと察した曹昂は甘寧の後に続いた。
東屋に入り、甘寧が腰を下ろすと曹昂も腰を下ろした。
二人は腰を下ろしても無言であった。
曹昂が話さないのは、甘寧が何か話があって呼んだので、何かを話してくれるのか待っていたからだ。
「…………」
甘寧は目を瞑り、無言のままで腕を組んでいた。
自分の中でどう話すべきか考えている様であった。
やがて、目を開ける。
「……曹昂。お前はあの曹孟徳の息子なんだよな」
「ええ、そうです」
「お前が益州に来たのは、人材を得る為か?」
「そんな所です。まぁ、今の所、共に来てくれたのは劉巴だけなんですけど」
苦笑する曹昂。
桓階は部下にはなったが、臨湘に居るので共にという意味では省いた。
「そうか。噂で聞いたんだが、お前の親父の部下には豫州で有名な侠客の史渙が居るって本当か?」
「その通りです」
正確に言えば、曹昂が部下になるように頼み込んで部下になったのだが、その経緯は話さなくても良いだろうと思い話さなかった。
「そうか……良し」
曹昂の話を聞いて甘寧は頷いた。
「あの」
「曹昂」
曹昂が声を掛けようとしたら、甘寧の声が被った。
曹昂は甘寧に話す様に促した。
甘寧は頭を上げると話し出した。
「官吏を辞めて、手下と一緒に好き勝手にして、このまま一生こうして生きると思っていたが、こうしてお前に会えたのは何かの天啓ってやつなんだろうな」
甘寧は真っ直ぐな目で曹昂を見る。
「曹昂。お前に付いて行っても良いか?」
「それはつまり」
「言葉通りだ。お前の親父さんに仕えるって言う意味だよ。口利きを頼めるか?」
「勿論ですっ」
甘寧が曹操の部下になると聞いて喜ぶ曹昂。
(勧誘してないけど良しとしようっ)
そう思うと曹昂は、自分がした事と言えば料理を食べさせただけであった。これは餌付けしたみたいなものだなと思ったが、これはこれで良いかと思う事にした。
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