マヨネーズが好きならいける

 曹昂は直ぐにでも甘寧の屋敷に行くのかと思ったが、もう夜なので、流石に遅すぎるので、明日行く事にするべきだと錦帆賊の者達が言うので、その言葉に従った。



 翌日。



 甘寧の手下の錦帆賊の者達と共に、曹昂達は甘寧の屋敷がある臨江県へと向かう。


 陸路で行くよりも、水路で行く方が早いと言う事で、船着き場に付けられている甘寧達が使う船に乗り込んだ。


「船に乗るのも久しぶりだな」


「私もです」


 曹昂が船に乗り込むと劉巴も同意した。


「劉巴も乗った事があるの?」


「父が江夏太守であった時に、何度か」


 劉巴は父親の事を思い出したのか、少し苦い顔をしていた。


 そう話していると、貂蝉達も船に乗り込んだのだが、皆顔色が悪かった。


「どうかしたの?」


「いえ、その……船に乗るのはどうにも慣れなくて」


「あたしもだ」


 貂蝉がそう言うと、董白だけではなく護衛の者達も頷いた。


 普段から、船に乗り慣れた生活をしてない所為だろうと思い曹昂も仕方が無いと思う事にした。


 実際、貂蝉達は揚州に居た時に船に乗ったが、皆体調を崩していた。


 不思議な事に曹昂は船に乗りはしたが、体調を崩す事無くけろりとしていた。


「全員乗り込みましたっ」


「良し、出発だ。帆を上げろっ、綱を切れ」


 錦帆賊の者達が話をしていると、直ぐに出発した。


 船を止める綱は、切られ櫂で漕ぎながら船は進みだした。


 船着き場を出れば、後は水の流れと風に任せれば、直ぐに臨江県に着くと錦帆賊の者が教えてくれたので、船縁に手を乗せ流れる風景を見ながら考える曹昂。


(この時代だから、手漕ぎなんだよな。いっその事『帝虎』みたいに足で漕ぎながら動く船でも作るか? いや、この場合外輪か? スクリューも良いかも知れないな)


 船に揺られながら、どんな物を作ろうか考える曹昂。


 後ろで貂蝉達が船の揺れで、気持ち悪くなっているのも知らずに。




 二日後。




 上手く風に乗る事が出来、予定よりも一日早く臨江県に着く事が出来た曹昂達。


 二日しか乗っていないのだが、船着き場が見えると貂蝉達は顔を明るくした。


 船酔いしない曹昂と劉巴からしたら、其処まで船に揺れるのが嫌なのか分からなかった。


 船着き場に着くと、錦帆賊の者達が出迎えに来てくれた。


 皆、顔を見た事が無い初対面の者達であった。


「帰ったか。兄弟」


「おう、そっちはどうだ?」


「かなり悪い。日増しに機嫌が悪くなる。昨日なんて、太守が寄越した料理人の料理をぼろくそ言って殺そうとしたから、俺達が慌てて宥めたぞ」


「それはかなり悪いな」


「ああ、で、誰が頭が気に入る料理を作った料理人なんだ?」


 出迎えた者が目を動かして料理人を探していた。


「この方だ」


 錦帆賊の者が曹昂を手で示した。


「あん? ……本当に?」


「本当だ」


 出迎えた者は、信じられないという顔をしていた。


 曹昂はこれは仕方が無いなと思い苦笑いをしたが、貂蝉達からしたら激憤ものであった。


「おまえさ」


「まぁまぁ、向こうからしたら見ず知らず子供が来たんだから、信じられないと思うのは普通だと思うよ」


 董白が怒ろうとしたが、曹昂は宥める。


 そして、出迎えた者達の方を見る。


「とりあえず、屋敷に向かいましょう。其処で料理を作れば分かる事ですから」


「ふむ。確かにな。じゃあ、行くとしよう」


 曹昂の言葉に一理あると思ったのか、出迎えの者達は屋敷へと案内した。



 その夜。


 

 甘寧の屋敷にある部屋。


 その部屋には甘寧と手下達が卓を囲んでいた。


 皆、無言で甘寧を横目で見た。


 皆の視線を浴びているが、甘寧は無言で目を瞑り腕を組んでいた。


 何もしていないのに、不機嫌な為か、空気がピリピリしていた。


 そんな空気の中に居るので、手下の者達も戦々恐々としていた。


 誰か、何か言えと言うかのように、肘で互いを突っつき合っていた。


「・・・・・・今日こそは美味しい料理が食べられるんだろうな?」


 甘寧が重々しく訊ねた。


「は、はい。今日こそは頭が気に入る料理が出せると思いますっ」


「本当か?」


「はい。今日は絶対に気に入ると思いますぜ!」


「……その言葉を信じよう。だが、もし気に入らなかったら、どうなるか分かっているだろうな?」


 甘寧が目を細めながら言うのを聞いて、手下の者達は生唾を飲み込んだ。


 内心で、殺されるかもしれないと思った。


 其処に料理が運ばれた。


「お待たせしました」


 料理を運んだ使用人が、卓の中央に大皿を置いた。


 その大皿には、茶色の物体が山の様に盛られていた。


 皆、これは何だ?と思ったが、その物体から漂う、香ばしくかぐわしい匂いが甘寧達の鼻腔をくすぐる。


 匂いを嗅いでいるだけで、甘寧達は涎が出そうなくらいであった。


「……どれ」


 甘寧は箸で、その物体を掴んで口の中に入れた。


「……こいつはっ」


 咀嚼して驚く甘寧。


 食べているのは鶏肉だ。だが、普通の鶏肉ではなかった。


 衣みたいな物に包まれているお蔭で、噛むと肉汁が柔らかくもなく硬くも無い弾力と共に出て来る。


 衣の方もカリっとしており、塩味があり大蒜と葱の香りが美味しさを増進していた。


「美味いな。これは酒が進む」


 甘寧の口から美味しいという言葉が出て、手下の者達は安堵の息を漏らした。


 ようやく、甘寧の機嫌が良くなったのでほっとしたようだ。


 甘寧は機嫌良さそうに酒を煽ろうとしたら、別の使用人が小皿を持って来た。


「こちらは、今日の料理に付けて食べると美味しいそうです」


「こいつはっ⁉」


 小皿に盛られた黄色い粘性の物を甘寧はジッと見た。


 そして、小指で掬い味を見た。


「間違いない。こいつは魔夜眠不だ‼」


 甘寧が叫んだ。


 手下の者達からしたら、その魔夜眠不の味が分からないので、どんな味なのか分からなかった。


 甘寧は久しぶりにマヨネーズを味わえたので上機嫌になった。


 そして、マヨネーズにその茶色の物体をどっぷりと着けて口の中に入れた。


「…………」


 甘寧は無言で咀嚼していた。


 顏は凄く喜んでいるのだが、手下達からしたらどんな味なのか分からなかった。


 だが、味に五月蠅い甘寧が文句も付けないで食べているので、これはかなり美味しいという事だけ分かった。


「頭、俺達も食べて良いですか?」


 手下の一人が訊ねると、甘寧は咀嚼を終えて飲み込んだ。


「ああ、そうだな。おいっ」


 甘寧は料理を運んだ使用人に声を掛ける。


「はい。何でしょうか?」


「この料理はまだ有るのか?」


「大丈夫です。直ぐにでも作れるそうですので」


「そうか。じゃあ、直ぐに作って持って来させろ。この程度の量じゃあ足りないからなっ」


 甘寧は足りないと言うが、大皿にはまだ山の様に盛られている。


 この料理を作る為に、鳥を数羽使った。


 それでも足りないと言うので、後どれだけ鶏を使うのか分からなかった。


「ほら、さっさと料理人に伝えろっ」


「は、はい。ただいまっ」


 使用人が慌てて厨房に向かおうとしたら。


「ああ、ちょっと待て」


「はい。何でしょうか?」


「この料理の名前は何て言うんだ?」


「ああ、確か鶏肉の空揚げという料理だそうです」


「空揚げか。行け」


 甘寧は料理の名前を聞いて、納得したのか使用人に厨房に向かわせた。


 使用人が部屋から出て行くと、甘寧はようやく手下の者達に食べる事を許可した。


 皆、空揚げの味に耽溺していた。

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