錦帆賊

 赤や黄色などの様々な色の袍を纏い、羽飾りを背負い鈴を携えている男達は闊歩していた。


 腰には、剣を佩いているので遊侠の徒と思われた。


 しかし、どうして多くの人達が、怯えているのかが分からなかった。


 分からないので、曹昂は目の前の露店の主に訊ねた。


「あの人達は、誰ですか?」


「あいつらを知らないって事は、お前さん余所から来た人だね?」


「ええ、まぁそうです」


「じゃあ、仕方がないね。あいつらは此処巴郡で、その名を轟かせる『錦帆賊』だよ」


「錦帆賊? って、賊なのにどうして、平然と歩いているんですか?」


「何でも、この郡の太守が賊の頭に弱みを握られているとか、脅されているとか色々と噂があるけど、その所為で、あいつらは昼間から平然と歩いているんだよ」


「成程。それで討伐されないと」


「まぁ、人にちょっかいを掛けたり、市場の商品を奪ったりもするから、迷惑なところはあるけど、郡内で犯罪が起こったら、その犯人を捕まえたりしてくれるから、其処だけは助かっているよ」


 つまり、迷惑な事もするが自警団みたいな事もするのだと曹昂は理解した。


 ただ、あまり人に好かれてはいない様なので、あまり近付かない様にしようと、手で此処を離れようと指示したが。


「おいっ、其処のお前! ちょっと待てっ」


 力強い声が掛けられた。


 曹昂は足を止めて周りを見た。すると、周りの人達も同じように誰の事を言っているのか分からずお互いを見ていた。


「お前だ、お前。其処のガキ」


 錦帆賊の一人が曹昂を指差した。


 その賊が着ている袍は他の者とは違う生地が使われていた。


 年齢は三十代後半で、刃の様に鋭い切れ目。逞しくはっきりとした目鼻立ちした顔立ち。


 髪は纏めないで、ざんばら髪にしていた。


 身の丈八尺約百八十センチほどあり、均整の取れた体格をしていた。口髭は生やしていないが、顎には立派に整えた髭を生やしている。


 その者がそう言うので、ようやく曹昂は自分達が声を掛けられたのだと分かった。


 周りの者達は、錦帆賊に声を掛けられたのが、曹昂達だと分かり距離を取り出した。


 錦帆賊達が寄って来たが、それを見て護衛の者達は、腰に佩いている剣を何時でも抜ける様に、柄に手を掛けるが。


「待った。向こうが何を言って来るか分からないから、少し様子見しよう」


 曹昂がそう言うので、護衛の者達は柄から手を離した。


 そうしている間に錦帆賊達は、曹昂達の下にやって来て囲んだ。


「お前等、見ない面だな。何者なにもんだ?」


 賊の一人が、曹昂達を値踏みしながら訊ねて来た。


 恐らく、この人が頭だろうと予想する曹昂。


 此処は自分が話すべきだろうと思い、口を開いた。


「豫洲から来た行商で昂と言います。この後ろに居るのは。父が僕に付けてくれた護衛と侍女です」


 嘘を交えながら、自分の紹介をする曹昂。


 全部が全部、嘘ではないので少しは信じて貰えるだろうと思いながら、笑みを浮かべる。


「行商? 何で行商が護衛なんて付けれるんだよ?」


 土地から土地を渡り歩く行商が護身術を習得しているのならまだ分かるが、護衛を連れるという事に疑問を感じて、訊ねた賊は目を細めた。


「父が豫洲でも指折りの商家でして、息子の僕に見聞を広める為の旅に出したのです」


「商家? 何ていう姓だ?」


「曹という性です」


 曹昂が自分の姓を言って、驚いたのは護衛と貂蝉の方であった。


 こんな所で本姓を名乗れば、どんな目に遭うか分からないと言うのにだ。


 護衛達はハラハラしていたが、賊達は。


「ふ~ん。そっか。で、お前は何を商いにしているんだ?」


 曹昂の姓を聞いても賊達は特に驚いた様子も、変わった様子も無かった。


 これは、別に曹という姓を持っている人達はこの国には沢山居るので、まさか曹昂の父が豫洲の曹操だと想像できなかったからだ。


(良し。上手く誤魔化せたな)


 前に劉巴に名乗った時に昂だけ名乗ったら変に思われていた。


 なので、下手な偽名を名乗るよりも、此処は本当の姓名を言った方が疑われないだろうと思い名乗ったのだが、予想通り疑っている様子も無いので曹昂は安堵した。


「おい、聞いているのか?」


「ああ、はい。僕は料理を商いにしております」


「お前、流れの料理人か? でも、お前の家は商家だって」


「父には『お前は物を売り買いするよりも料理を作った方が金になる』と言われたのです。それに僕自身も料理を作るのは得意なので」


「へぇ~。じゃあ、何か作ってもらおうか」


 賊の頭が、腹をさすりながら言って来た。


 突然だなと思いながらも、事を荒立てても良い事は無いと思い曹昂は笑みを浮かべた。


「え、えっと、では、近くの店の厨房を借りて何か作りましょうか?」


「おいおい。其処まで待てねえよ。この市場でも料理ぐらいは出来るだろう。此処で作れ」


 護衛達は厨房設備も無い屋外で、そんな無茶な事を言うので、怒りで柄に手を掛けようとしていた。


「あ、ああ~。でしたら、食材は何が良いですかっ⁉」


 背後から殺気を感じたので、これは早く何か作らないとまずいと思いとりあえず食材だけ選んでもらう事にした曹昂。


「そうだな。……おい、お前っ」


 賊の頭が周りの露店を見回していると、生け簀の中に居る蝦が目に留まった。


「は、はいっ」


「その蝦を寄越せ。全部だ」


「ぜ、ぜんぶですか?」


「ああ、そうだ。何か文句はあるか?」


 頭がすごむと、露店の人は手を首を横に振る。


「め、滅相も無い。す、全て差し上げますっ」


 露店の人は、蝦を生け簀ごと渡した。


 頭はその生け簀を持って、曹昂の足元に置いた。


「この蝦で何か作れっ。出来るだけ早くなっ」


 護衛達は困惑していた。


 彼らは豫洲出身だ。豫洲は内陸の為、肉は食べる事はあるが魚など殆ど干し魚か川魚だ。


 蝦は食べる事はあったが、どのように調理すれば良いのか分からなかった。


 曹昂も同じ気持ちだろうと思いチラリと見たが。


「う~ん。厨房設備がない上に、下ごしらえもしてない状態の蝦だから食べれる物だと限られるな。……ああ、あの料理ならいけるか」


 曹昂はブツブツと呟いていたが、何か思い至ったのか両手をポンと叩いた。


「すいません。流石に蝦だけでは、作れないので他にも用意したい物があるのですが」


「おお、何だ。言ってみろ」


「あまり大きくなくて蓋つきの壺。塩。葱。水。蓋つきの鍋。箸を沢山。紐。酒。卵。油。酢。底が浅い器を二つ。匙。最後に火を起こす為の薪と石と料理を盛る為の皿を」


「あ、ああ、そうだな? ……おい。今、こいつが言ったのを調達して来い」


 頭は用意する物を聞いて、部下に調達させに向かわせた。


 命じながらも、何に使うのか分からなかったが、頭はとりあえず用意させる事にした。


 


 少しすると、曹昂が言った物が全て用意された。


「おい。言われた物を用意したぞ」


 頭が顎で顎でしゃくると、部下達が調達した物を曹昂の前に置いた。


「ああ、ありがとうございます。じゃあ、まずは鍋で湯を沸かしてっと」


 曹昂は石で竈を作り、其処に薪を入れて火を着ける。


 その石の竈の上に鍋を置いて水を注いで蓋をする。


「茹でるか。まぁ、こんな所だと、それぐらいしか出来ないか」


 曹昂の工程を見て、蝦を茹でるのだと分かった頭は落胆した顔を浮かべていた。


 だが、次の工程を見て、頭は目を見開かせた。


 曹昂は蓋つきの壺の中に酒を注ぐと、その壺の中に活きた蝦を入れて上下に振りだした。


 頭は何でそんな事をするのか分からなかったが、とりあえず黙っておく事にした。


 まずかったら文句を言って、金をとるなりすればいいだけだと思い直した。


 頭がそんな思いを抱いていると知らずに、曹昂は次の工程に移った。


 酒に漬け込んだ蝦を放って、卵を割り黄身と白身に分けた。


 黄身の方に酢と塩を入れて、紐で縛った数本の箸で有る程度混ぜた。そして、今度は油が入った容器を持った貂蝉に指示をした。


 貂蝉は先程曹昂が混ぜていた物にその容器を傾けて縁から少しずつ油を流した。


 曹昂は油ごと先程混ぜていた物を混ぜだした。


 最初はシャバシャバしていた液体が段々とトロトロとしだした。


 頭は目をパチクリさせた。


「……え? どうなっているんだ?」


 先程まで液体であったものが、どうして粘性を持ち出したのか分からなったからだ。


「……あ~つかれた~。でも、これで出来た」


 曹昂は手を止めて、箸を持っていた手をブラブラと振る。


 だが、その苦労のお蔭で、容器の中には半固体の物が出来ていた。


「……おい。それは何だ?」


「あ、これは……大秦から伝わった調味料でマヨネーズという物です」


魔夜眠不マヨネズ? どんな味なんだ?」


「じゃあ、味見してみますか」


 そう言って、曹昂は匙でマヨネーズを掬う。


 頭は手の平を向けると、其処にマヨネーズを落した。


 毒があるかどうか気にすると思い、曹昂も匙で掬い手の甲に落として舐めた。


「……うん。美味い」


 前世の記憶で食べたマヨネーズに比べると些か味が違っていたが、それでもマヨネーズの味になっていた。


 曹昂が食べても調子が悪くなっていないので、頭は手の平にあるマヨネーズを舐めた。


「……なんじゃ、こりゃあああっ⁉」


 頭はマヨネーズの味に驚愕していた。


 酸っぱいのに深みがある。


 もったりとしているが、それでいてくどくない。


 頭は、こんな調味料など初めて食べるので驚きを隠せないでいた。


「ああ、もう沸いたな」


 頭がマヨネーズの味に驚いていると、曹昂は鍋の方を見た。


 湯気立っているのを見て、曹昂は鍋の蓋を取った。


 グラグラを煮え立つ湯の中に先程酒に漬け込んだ蝦を箸で取って煮え立つ湯の中に入れる。


 ある程度、入れたら蓋をして煮込んだ。


 酒に漬け込んだ蝦はまだ生きていたのか、鍋の中で跳ねる音が聞こえて来た。


 やがて、その音が聞こえなくなると、鍋の方から微かだが酒の匂いがしてきた。


(そうか。活きた蝦を酒に漬け込んだのは、酒の香りを蝦にしみこませる為かっ)


 先程の工程の意味がようやく解り、頭は料理が出来るのを待ち遠しい気持ちになった。


 曹昂が蓋を取り赤くなった蝦を取り出して、皿に盛った。


 その皿の縁には刻んだ葱に塩を掛けて放置した葱塩とマヨネーズを付けた。


「どうぞ」


「……この料理の名前は?」


 頭は皿に盛られた料理に目を奪われながら曹昂に訊ねた。


「酔蝦と言います。殻を剥いて食べて下さい」


 曹昂がそう言うので、頭は蝦の頭を取りからを剥いた。


 そして、出て来た赤みがかった白い蝦の身に葱塩を付けて口の中に入れた。


「・・・・・・うめえっ」


 頭は咀嚼して、そう呟いた。


 酒に浸かった事で酒の香りを楽しめる上に、生臭みを感じさせなかった。


 それでいて、プリプリとした食感で、噛む度に適度な歯応えを感じさせた。


 そして、其処に葱のシャキシャキとした食感と辛みに塩のしょっぱさが加わり飽きさせなかった。


「じゃあ、次はこの魔夜眠不とやらをつけてみるか」


 頭はマヨネーズをつけて一口食べてみた。


「~~~⁉」


 その瞬間、言葉を失った。


 先程は葱塩を付けても美味しかったが、頭からしたらもう少し味が濃くても良いと思っていた。


 だが、マヨネーズを付けて食べてみたら、先程よりも濃厚な味わいであった。


 酸味が有るのに適度な塩味もあり深みもあった。


 粘性があるので、葱塩よりも舌に味が残った。


 其処に蝦のプリプリした食感が合っていた。


「こ、こんなの初めて食べたぜっ」


 頭はあまりの美味しさに、そうとしか言えなかった。


 地元でとれる蝦の料理なので、余計にそう思えて仕方がないという顔をしていた。


(そりゃあ、後千年後ぐらいに出来る調味料なんだから驚くのも無理はないよな)


 頭が酔蝦というよりも、マヨネーズの味に驚嘆するのを見て驚くのも無理は無いなと思う曹昂。


 マヨネーズが何処で作られたかは諸説があるが、少なくともこの調味料が歴史に出て来たのは十九世紀になる。


 約千七百年後に出来る調味料を知っていたら、どう考えてもおかしいと言えた。


 曹昂がそう思っていると、頭が出された蝦料理を全て平らげると、曹昂の下に来た。


「あの、何か?」


 まさか、気に入らなかったのか?と曹昂は思ったが。


 突然頭は頭を下げだした。


「頼む。今、残っている魔夜眠不を俺にくれっ」


「え、ええ、どうぞ」


 作り方は分かっているので、何時でも出来るので曹昂は別段、交渉もしないでまだ容器の中に入っているマヨネーズを渡した。


「おお、済まないな。だが、貰ってばかりでは俺の名が廃る。という訳で、これをやろう」


 頭は腰に巻いている鈴を一つ取って、それを曹昂に渡した。


「これは?」


「この鈴を持っていたら、巴郡内でお前にちょっかいを掛ける奴は居なくなる。美味い料理を食わせてもらった礼だ」


「ありがとうございます」


「もし、何か用が有ったらこの甘寧興覇の下に来い。何でも叶えてやるよ。はははは」


 自分の胸を叩いて、大笑いする頭こと甘寧。


 曹昂は、名前を聞いてギョッとした。


(この人があの甘寧⁉)


 益州出身で侠客であった事は知っていたが、まさか目の前にいる人物がその甘寧であるとは流石の曹昂も想像もしなかった。


(これは運が良い。漢中に行く前に勧誘しよう)


 曹昂はそう心に決めた。




 曹昂が甘寧に料理を振舞い、その味を絶賛され鈴を貰ったという話は直ぐに郡内に広まった。


 それから三日後。


 曹昂は市場で露店を出した。


 噂のお陰なのか、曹昂が露店を開くと、直ぐに客が押し寄せて来て商品が飛ぶ様に売れた。


 露店に出しているのは、エビマヨと天むすだ。


 益州は米作りも盛んであったので、揚げた蝦を醤に漬けて米で握って出した。


 エビマヨは揚げた蝦をマヨネーズに和えただけの物だ。


 さほど難しくはない料理ではあるのだが、飛ぶ様に売れているのは甘寧のお蔭だ。


「あの錦帆賊の頭の甘寧は料理の味にうるさいんだよ。よく巴郡の長官に歓待させている所為か、舌が肥えているんだろうな。料理屋に入って料理が不味いと、その店をぶっ壊す事もしょっちゅうあるからね。その甘寧が美味いって言ったんだから、美味しいのは間違いないだろうと思って買いに来るんだろうね」


 曹昂が店に来た客に、甘寧から鈴を貰った事がどういう意味なのか教えてくれた。


(そういう訳か。つまり、料理にうるさくて悪名高い甘寧が褒めたから、こんなに人が来たのか)


 悪名は無名よりも勝る。


 という言葉の意味がよく分かった曹昂。


「曹昂様。手を動かして下さいっ。客は次から次へと来るんですからっ」


 客と話をしていると横から練師が悲鳴のような声を上げた。


 そう言っている間も客は注文してくるのだ。悲鳴を上げるのも無理はない。


「ああ、分かったよ」


 客との話を止めた曹昂は仕事へと戻った。




 それから数日後。


 


 時は酉三つ時約午後六時頃


「疲れた~」


「今日も疲れたね~」


「はい、そうですね・・・・・・」


 店を閉めた曹昂達は、自分達が泊まっている宿へと足を向けていた。


 今日も今日で、店には客が押し寄せて来た。


 曹昂達は料理を作りながら、客の応対などをしていたので、疲労が溜まっていた。


 だが、お蔭で当分は食うのも困らないぐらい稼ぎ出す事が出来た。


「曹昂様。後、どのくらい金が溜まったら漢中に向かいますか?」


 勘定をしてくれた劉巴が訊ねて来た。


 曹昂は即答しないで少し考えた。


「……そうだな。路銀や向こうの滞在費とかを考えると、あと数日は稼いだ方が良いな」


「そうですか。しかし、商売をするというのは初めての経験ですが、悪くないですね」


 劉巴は初めて体験した事に、楽しそうな顔をしていた。


「楽しい?」


「ええ、とても。商人になりたいという者の気持ちが少しだけ分かった気がします」


「それは良かった」


 もっと気位が高い人物だと思っていたが、順応性が高いなと思う曹昂。


 そして、後少しで宿に着こうとした所で。


「いたぞっ!」


「あいつだ。間違いないっ」


「他の奴等に知らせろ!」


 いきなり大声が聞こえて来た。夜の帳に隠れているので顔などは見えなかった。


 だが、身振り手振りで曹昂達に用事がある事だけは分かった。


 そして、笛の音が響いた。


「な、何事?」


 いきなり大声が聞こえて来て、笛が鳴りだしたので曹昂は訳が分からず戸惑った。


「曹昂様。何かしましたか?」


「いや、何もしてないよ。役所には税は払っているから、役人に捕まるような事はしてないよっ」


「では、何処かの名家の御令嬢を口説いたとか?」


「父上じゃないんだから、そんな事をするかっ。と言うか、貂蝉。一日中一緒に居たんだから、そんな事をしてないことぐらい知っているだろうっ」


「言われてみればそうですよね」


 貂蝉も言われて頷きだした。


「では、何なのでしょう?」


「……分からない」


「とりあえず、警戒だけはしておきましょうか」


 劉巴と他の者達は曹昂を囲んで腰に佩いている剣を何時でも抜ける様にして周りを警戒する。


 貂蝉も曹昂の傍に寄り、懐に入れている匕首を何時でも抜ける様に構えた。


 万全な態勢を取る曹昂達。


 そして、先程大声を上げた者達が、曹昂達の前まで出て来た。


「あれ? あの恰好は」


「錦帆賊?」


 様々な色の袍を纏い羽飾りを背負い鈴を携えているので、直ぐに錦帆賊の者達という事が分かった。


 笛の音を聞いて続々と現れた。


 曹昂は甘寧を怒らせるような事をした覚えはないんだけどな?と思いながら錦帆賊の者達を見ていた。


「……」


 先頭に居る錦帆賊の者が無言で両膝をついて包拳礼をしだした。


「どうか、御願い申し上げます!」


「「「お願い申し上げます‼」」」


 先頭の錦帆賊の者が、そう言って曹昂達に頭を下げるので、後ろに居る者達もそれに倣うかのように同じ事をしだした。


「え? え?」


 いきなりお願い申し上げると言われても、曹昂からしたら何をお願いしているのか分からないので首を傾げるしかなかった。


 側にいる劉巴達を見ても、同じ気持ちなのか首を傾げていた。


 何をお願いしているのか訊ねようとしたら、先頭に居る者が口を開いた。


「どうか、どうか。俺達の頭の怒りを静めて頂きたいっ」


「はい? 怒りを静めるって、どういう意味ですか?」


 曹昂が甘寧に会ったのは料理を振る舞った時だけだ。それ以降会っていないのにどうして怒っているのか分からなかった。


「実は、そのそちらさんが作った魔夜眠不に関しての事でして」


「マヨネーズがどうかしたのですか?」


「はい。実は」


 錦帆賊の人は事情を説明してくれた。


 曹昂から貰い受けたマヨネーズを、甘寧は痛く気に入り色々な物に付けては味を楽しんでいた。


 しかし、食べる物である以上減るのは、当然の事であった。


 甘寧はマヨネーズが残り少なくなったのを見て、屋敷の料理人に作る様に命じた。


 黄身と酢と油と塩だけで作ったのを見た甘寧は材料を揃えて作らせたが、言われた通りに、料理人が作り出来たのは分離したマヨネーズであった。


 それを見た甘寧は、激怒してその料理人を斬り殺してしまった。


 それからというものの、別の料理人を雇ってマヨネーズを作らせたが失敗した。


 なので、その料理人を辞めさせて、別の料理人にマヨネーズを作らせたが失敗するの繰り返しであった。


 甘寧も最初こそ怒りはしたが、失敗していけばその内出来るだろうと思い直して作らせていたが、マヨネーズが減るにつれて機嫌が悪化していった。


 そして、マヨネーズが完全に無くなると、失敗した料理人を樹に縛り付けて射殺しだした。


 日が経つ毎に甘寧の機嫌が悪くなっていくので、手下達は曹昂にもう一度マヨネーズを作って貰おうとやって来たと話してくれた。


(……歴史の偉人をマヨラーにしてしまった気がするのは気のせいだろうか?)


 話を聞いた曹昂は、頭の中でそう思ってしまった。


 自分の責任ではあるのだが、まさか此処まで嵌まるとは想像もしなかった。


「お忙しいのかも知れませんが、どうか俺達と共に来て下さい。このままじゃあ、頭がまた料理人を殺すかも知れないんで」


「「「お願いします‼」」」


 錦帆賊の者達が頭を下げて曹昂に懇願しだした。


 曹昂は少し考えると、劉巴に訊ねた。


「僕が決めても良いのかな?」


「大丈夫でしょう。我等の主は曹昂様なのですから」


「そうか。じゃあ」


 曹昂は錦帆賊の者達を見る。


「では、そちらの屋敷の場所を教えて頂けますか?」


「そ、それは、来ていただけるという事でしょうか?」


「ええ、勿論」


 曹昂が行く旨を告げると、錦帆賊の者達は歓声を上げた。

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