武陵郡を経由して益州へ
二日後。
曹昂達は劉巴の屋敷へと向かった。
劉巴と合流したら、その足で武陵郡へと向かうつもりであったので、皆旅支度は済ませていた。
「さて、劉巴ってのはどんな奴なんだろうな?」
「楽しみね」
董白と貂蝉は会うのを楽しみというか、仇に会いに行くかの様な顔をしていた。
曹昂は何でそんな顔をするのか不思議であった。
「どうして、二人はあんな顔をするんだろうね。練師」
「そうですね」
訊ねられた錬師も董白達が何も言わないので、二人が何を思っているのか分からなかった。
肩を竦める曹昂。
そうしていると、劉巴の屋敷の前に着いた。
其処には、荷車四台と馬が十数頭と馬が繋がれた馬車が二台あった。
屋敷の使用人達は話し込んでいたが、曹昂達の姿を見るなり劉巴を呼びに行った。
少しすると、使用人達の中から劉巴が姿を見せた。
「これは曹昂様。わざわざ、お越し頂きありがとうございます」
「いやいや、気にしないで良いよ」
頭を下げる劉巴に、曹昂は気にしなくて良いと手を振る。
曹昂がそう言うので劉巴は顔を上げたが、曹昂の後ろにいる女性二人を見て首を捻った。
「「…………」」
二人の女性は、年齢は曹昂と同い年ぐらいの年齢であった。
恐らく侍女だろうと予想する劉巴。
その侍女達が、何故か値踏みしているかのように見ている事が気になっていた。
劉巴はどうしたら良いのか困惑していたが、劉巴が困惑した表情を浮かべているのを見てとった曹昂は、その視線を辿ると自分の背後にいる董白達を見ているという事が分かった。
「……二人共」
「何だよ?」
「曹昂様。何でしょうか?」
「とりあえず、挨拶しようよ」
「ああ、そうだな」
董白が前に出て、劉巴をジッと見る。
「あたしは董白だ。よろしくな」
そう言って一礼する董白。貂蝉も董白に続いた。
「私は貂蝉と申します。曹昂様の侍女をしております」
何故か、侍女の部分を強く強調して一礼する貂蝉。
「お初にお目に掛かります。侍女の歩練師と申します」
董白達が挨拶するのを見て、二人に倣うかのように練師も一礼する。
「これはご丁寧にどうも。これから供をさせて頂く劉巴です。よろしくお願い致す」
劉巴は挨拶されたので返礼した。
そして、顔を上げると曹昂を見る。
「ご要望通り、馬車を用意しました。後、馬も十人分ほど」
「ありがとう。馬車がもう一台あるのは劉巴の母君を乗せる用かな?」
「はい。その通りです」
曹昂と話をしていた劉巴であったが、董白が横を通り馬の方に行ったので、目で追った。
董白は馬を一頭一頭念入りにじっくりと見る。
「……っち、皆中々の良馬だ。これなら益州に行っても問題ないぜ」
董白が馬を見て問題なしと言うので、劉巴は安堵した。
曹昂からしたら、最初悔しそうに舌打ちをしたのは何故だろうと思ったが気にしない事にした。
その後、劉巴の母親と挨拶をし、曹操の下に道案内させる護衛に曹昂が書いた手紙を渡して、劉巴の母と殆どの使用人達と別れた。
劉巴の母親達と別れた曹昂達は烝陽県を発ち、そのまま北上した。
「武陵郡は今、益州の混乱により難民が流れているので治安がかなり悪くなっています。なので、あまり滞在しないでそのまま北上した方が良いと思います」
「益州の方はそんなに混乱しているの?」
「人伝で手に入れた情報になりますが、益州州牧の劉焉に豪族達が反乱を起こして鎮圧されたそうですが、それでも混乱が続いているそうです。それに羌族が国境を越えて侵攻してくるわ、漢中が五斗米道に占拠されていると、色々な情報が錯綜しています」
「成程。益州は混乱しているのか。でも、州境を越える位は出来るだろう?」
「ええ、荊州側からでしたら出来るそうです。漢中方面の道は五斗米道が通れない様にしているそうです」
「そうか。分かった」
劉巴からの情報を聞いて曹昂は考えた。
(治安が悪い所に長居しても意味は無いしな。益州に行くのは勧誘する人材が居るかどうかと、どんな所なのか見て見たいし、それに五斗米道と言うのはどれ程の影響力がある宗教なのか知りたいしな)
少し考えた曹昂は、劉巴の教えて貰った通り武陵郡には長居しないで益州に行く事にした。
「…………」
曹昂達の後ろには董白が居たが、何故かジッと曹昂達を見ていた。
二人は視線の圧力を感じてはいたのだが、気にしない事にした。
それから数日後。曹昂達は武陵郡に入った。
郡境を越えただけなのに、直ぐに治安が悪い事が分かった。
そこかしこに、死体があった。
身ぐるみが剥がされたのか、皆全裸であった。
その死体に、野犬や鴉が群がり腹を満たしていた。
死体の食い残しや、腐乱した臭いが辺りに漂っていた。
普通の道でこの状態では、近くの城に行っても、それほど変わりないのではと思ったが、とりあえず水と食料を補充したいので近くの沅陵へと向かった。
やがて、沅陵に着いたが、敵の攻撃を防ぐ城壁がボロボロであった。
どうした事だろうと思いながら、曹昂達は城内に入った。
城内では、身なりがみすぼらしい人達が、そこかしこの道に座っていた。
道を歩く人達はそんなに多くなく、歩いている人達も顔が暗かった。
宿に向かう途中、市場を通ったが、露店に並べられている商品があまりにも少なかった。
ようやく宿を見つけて泊まる事にした。
身分を偽り泊まったが、その際に宿の女将と少しだけ話した。
「へぇ、零陵郡から来なさったんですか。でしたら、大変でしたでしょう。あそこら辺は、益州から難民が武陵郡に居付かないで零陵郡に行こうとした人達が野垂れ死んだり、盗賊に襲われたりして屍だらけでしたでしょう」
「どうして、死体を処理しないのですか?」
「したくても、太守様が郡内を暴れ回る盗賊の討伐に忙しいと言って何もしてくれないんですよ。少し前に、この城も盗賊の攻撃を受けてたんですよ。だから、皆盗賊が居るかも知れないから、誰も外に出ようとしないのですよ」
女将は、死体が道にあった理由を教えてくれた。
その話を聞いて、想像以上に治安が悪いなと曹昂は思った。
予定通り長居しないで益州に向かおうと決めた。
翌日。治安が悪い沅陵を出た曹昂達はそのまま北上した。
治安が悪いので、先頭は劉巴の護衛達に務めて貰い、その後ろに曹昂達がつき、その後ろに、曹昂が連れて来た護衛達が付くという隊列になった。
周囲を警戒しながら歩く曹昂達。
だが、曹昂の顔は明るかった。
馬を手に入れた事で、移動距離が飛躍し疲れにくくなったからだ。
「人の足と馬の足はこんなにも進む距離が違うんだな」
馬に揺られながら、しみじみと思う曹昂。
「私としては、良くぞ今迄人の足で旅をしていたなと感心するばかりです」
後ろにいる劉巴は感心していた。
馬を用意しなかったのは、董白の目に適った馬が手に入らないのもあったが、馬を買う程の金を用意できなかったのもあった。
そう考えると、馬を無料で手に入れる事が出来て幸運に恵まれたなと思う曹昂。
「なぁ、州境はまだか?」
曹昂の後ろにいる董白が訊ねて来た。
「もう、そろそろ。先頭に居る者達が州境の標を見つける頃だと思います」
「そうかい。ところで、曹昂」
「なに?」
「益州に入ったら、何をするんだ?」
「とりあえず、州内を回ってどんな所なのか知る事かな。ついでに良い人材がいれば勧誘するという感じだね。あと、ついでに」
「ついでに?」
劉巴と董白は身を乗り出した。
この事はまだ誰にも話していなかったので、丁度良いとばかりに話す事にした曹昂。
「五斗米道ってどんな宗教なのか調べてみようと思ってね」
「五斗米道ですか。私が訊いた限りでは、張陵という者が開いた道教教団で今は孫の張魯が後を継いで漢中を占領しているとしか聞いていません」
「一宗教が未だに郡一つを占領しているのだから、かなりの勢力を持っていると考えるべきだろう。だから知っておいても損は無いと思うんだ」
「確かに、その通りですね」
「でもよ。あたしらが行っても大丈夫なのか。怪しまれないか?」
「まさか、信者しか生活できないという訳ではないだろうから大丈夫だよ」
曹昂は内心で長安に関する情報も手に入れる事が出来るかもしれないと思ったが、口にはしなかった。
流石に董卓の行いを聞いて、董白が素知らぬ顔は出来ないだろうと思ったからだ。
そう話していると、前から馬に乗った劉巴の護衛がやって来て、そろそろ州境に入る事を伝えてくれた。
それを訊いた曹昂は、労いの言葉を掛けて州境を越えても警戒は怠らない旨を述べた。
報告に来た護衛は、了承し一礼して先頭に戻って行った。
「さて、後少しで州境だ。それまで警戒はしておこう。州境を越えたら、村で休ませてもらおう」
「承知しました」
「益州は盆地が多いからな。休める時は休んだ方がいいだろうから賛成だ」
劉巴も董白も反論は無いので、曹昂の提案に従った。
益州に入った曹昂達は近くの涪陵県に入った。
そこの村にある宿で一休みする事にした。
宿の一室で今後の事を話す為に曹昂は劉巴達を呼んだ。
「皆を呼んだのは他でもない。今後の事だけど、劉巴達には少し話したけど、とりあえず漢中に向かう」
「漢中ですか。あそこは五斗米道という宗教組織が占拠しているという話ですが」
「その五斗米道を調べる為に行くんだけど、何か意見はある?」
曹昂がそう尋ねると、劉巴が口を開いた。
「曹昂様が行くと言うのであれば、我等臣下は余程の事がなければ反対はしません。ですが、道中の路銀などはどの様に稼ぐのですか?」
人数も増えたので、食費も倍以上に掛かる。
更に漢中を越える為には幾つかの河を越えなければならない。その渡り船にも金が掛かる。
それらをどうするか訊ねる劉巴。
「そうだね。そこら辺は、また行商をして金を稼ぐとするか」
「行商ですか。何を売るのですか?」
「それは、市場を覗いて考えるよ」
曹昂がそう言っても劉巴は心配そうな顔をしていた。
それは、劉巴が連れて来た者達も同じであった。
「心配するなって。曹昂の事だから、何か凄い事するだろうぜ」
董白は劉巴の肩をバシバシと叩く。
そう言われても劉巴は心配そうな顔をしていたが、董白達が自信満々に言うので信じる事にした。
翌日。
曹昂は、貂蝉と護衛を数人連れて市場へと向かった。
「別に曹昂様が行かなくても、私共が市場へ行って品物を買えば問題ないと思いますが」
貂蝉はそう言うと、曹昂は首を振る。
「どんな物が売られているかどうかを見るよりも、市場に活気があるかどうかを見たいんだ」
「市場の活気をですか?」
「うん。それで、商売が上手くいくかどうかが分かるからね」
幾ら目新しい物を売ったところで、人が通わない所で売っても大して売れない。
なので、人が沢山居るかどうかを調べる為に市場に向かう曹昂。
「私にはよく分かりませんが、曹昂様が行きたいのであれば、私はお供します」
「ありがとう」
感謝の言葉を述べる曹昂。
その言葉を聞いて微笑む貂蝉。
「若君は絶対、将軍の息子だな」
「ああ、将来女たらしになるな」
貂蝉と話している曹昂を見て、護衛の者達は小声でそんな事を話していたが、曹昂達の耳には届かなかった。
そうして、市場に着くなり曹昂は見て回った。
(思ったよりも商品が多いな。盆地だらけとは聞いていたけど、思っていたよりも水産物が多いな)
曹昂の予想以上に川魚が多くあり、精米されていないが米もあった上に生け簀の中に蝦も泳いでいた。
これは蝦を使った料理でもするかと曹昂が考えていると。
向こう側から人が走って来た。
「おい、奴等が来たぞっ。皆、気を付けろっ」
その人が大声で触れ回った。
それを訊いた瞬間、市場に居る人達は怯えた顔で身体を震わせた。
「何だ? 一体?」
曹昂は誰が来たのだろうと不思議に思っていると。
何処からか、チリンチリンと鈴の音が聞こえて来た。
その音が聞こえる方に首を向けると、其処には羽根飾りを背負い腰に鈴を携えるという派手な格好をした集団が居た。
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