臨湘に辿り着いた

 襄陽を発った曹昂達は、江夏郡に入って郡内を見て回った。


 襄陽で大金を稼いだので、路銀には困らなかった。


 郡内を見て分かったのは、東に長江があるからか防備に厚いという事以外は、魚介類などはあったが特に名産品と言える物は無いという事だった。


 郡政は夏口で行われている事と、太守は黄祖という事が分かった。


 曹昂からしたら、この時期から黄祖は江夏太守になっているのかという事以外は、目ぼしい物が無いと分かり、長沙郡へと向かう事にした。




 江夏郡を発った曹昂達は、数日後に長沙郡に着いた。


 其処から、更に数日歩き郡政を行っている臨湘に辿り着いた。


「此処が臨湘か」


 郡を越えただけなのに、空気が違っていた。


 江夏郡では穏やかな空気が流れていたが、臨湘では空気がギスギスしていた。


 道を歩いている人達も、何かに怯えた空気を出していた。


 巡回の兵士達も、曹昂達をジッと見ている。


「此処に来るまでの道中で得た情報だと、長沙郡の太守の蘇代は劉表が荊州の州牧に就任するのに反対して、今も抵抗しているそうです」


「その動きに合わせて零陵郡と桂陽郡の太守達も同調しているって噂だったな。まぁ、その為か、余所から来た奴等が、劉表の間者かどうか気になっているのでしょう」


 自分達を見ている兵士達を見て、貂蝉と董白の二人はどうして兵士が警戒しているのか曹昂の耳元で囁くように教えてくれた。


 二人の説明を聞いて曹昂は納得して、これは警戒されない様にした方が良いなと思い笑顔で兵士達に近付く。


「これはどうも兵士の皆様。僕達は行商の者です」


 揉み手をしながら、兵士達に自分を紹介する。


 兵士達は曹昂が自分のことを行商と言い出したので、疑い半分安堵半分の気持ちになった。


 行商というのは、間者が成りすます職だからだ。


「……何を扱っている?」


「食べ物をです。商売の許可証は何処で貰えるでしょうか?」


 曹昂がそう訊ねると、兵士達は顔を見合わせる。


「とりあえず、役所に連れて行くか?」


「そうだな。案内する。ついてこい」


「はい。ただいま」


 兵士達が役所に案内してくれると言うので、曹昂は頭を下げて付いて行く事にした。無論、貂蝉達もその後に続いた。




(これは困ったな…………)


 役所に着いた曹昂は、この状況をどうするべきか悩んでいた。


「美味い。こんなに美味い食べ物は初めてだっ」


 曹昂の目の前に居る人物は、皿の上に山の様に盛られていた鳥肉と豚肉を包んだこの時代版の生春巻きを美味しそうに食べていた。


 余程、美味しいのか、それとも元々大食漢なのか分からないが生春巻きをどんどん食べていった。


 休憩中なのか通りかかったのか分からないが、兵士達は男が食べている物を見て、生唾を飲み込んでいた。


「うむ。これは美味い。教養も無い私では美味いとしか言えんが、本当に美味いな」


「は、はぁ、ありがとうございます」


 男が褒めるので、曹昂は感謝の言葉を述べた。


 曹昂は男を見た。


 年齢は二十代後半で、整った口髭を生やしているが顎髭は生やしていなかった。


 中肉中背で整った顔立ちをしていた。


 曹昂の前で生春巻きを食べているのは、この郡で功曹こうそうの職に就いており、名を桓階かんかい。字を伯序という者であった。


 兵士達の案内で曹昂が役所に着き、許可証を取っていると偶々通りかかった桓階が曹昂達を見るなり、何をしているのか訊ねて来た。


 曹昂が行商で、食べ物を扱っていると言うと桓階は。


「では、その商品を作ってもらおうか」


 と言われて、役所にある厨房を借りて生春巻きを作り桓階に出していた。


「これなら行商などしないで、店を構えれば直ぐに繁盛するだろうに。どうして行商などしているのだ?」


 桓階は満腹になったのか、食べるのを止めて曹昂に訊ねてきた。


「まだ修業中の身でして。こうして色々な所を回って腕を高めたいのです」


 曹昂は当たり障りない嘘を言って、誤魔化す事にした。


「さようか」


 それを訊いた桓階は少しだけ考えこんだが、直ぐに口を開いた。


「これだけ美味しいのであれば問題ない。許可証は直ぐに用意する」


「ありがとうございますっ」


 桓階が出店を許可して、貰ったので曹昂は安堵の息を漏らした。


 



 本作では桓階の字は伯序とします。

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