廬江郡で合流する事になった

 豫洲が大混乱に陥ったという報告を聞くなり、曹昂は直ぐに曹洪達を集め、今後の事を話し合った。


「まさか、豫州の州牧が病死しただけで、この様な大混乱になるとは」


「それで、豫州はどうなっているんだ?」


 曹洪はこの前まで、平穏であった所が突然、戦場になったと知り愕然とした。


 曹純は驚きつつも、豫州がどうなっているか訊ねた。


「密偵からの報告によると、現在のところ、豫州の北半分を袁紹が刺史に推薦した周喁の勢力内に、南半分は文台殿の勢力内だそうですが、日を追う毎に文台殿の勢力が増していき、遠くない内に豫州は文台殿の手に入るだろうとの事です」


 曹昂は『三毒』からの報告をそのまま伝えると、曹洪達は唸りだした。


「その報告を聞く限りだと、豫州は文台殿。ひいては袁術の支配下に入ると考えた方が良いな」


「我等の故郷が敵の手に落ちるですか。少々、気に入りませんが。これも乱世という事で我慢するとして。問題はこれからの我等の行動ですな」


「確かにな。これでは豫州の竜亢県で合流するのも無理だな」


 頭を悩ませる三人。


 使者を出そうにも、現在曹操達が何処に居るのか分からないので、連絡の取りようがなかった。


 ならば、その所在が分かるまで人をやる事も考えたが、その間も兵糧は消費する。


 そうしている間に兵糧が無くなれば、反乱が起こる事も予想された。


 何か良い手は無いかと考えていると、話し合いに参加している董白がポツリと零した。


「義父上の行程を辿れば良いんじゃねえのか?」


「「「それだっ⁉」」」


 董白の言葉に三人は直ぐに揚州の地図を広げて、今の自分達が居る所を見つける。


「僕達が今、居るのが此処です」


「で、揚州と徐州境は此処だ。其処で孟徳達と別れて、そして孟徳達は豫章・九江・会稽の三つの郡に行くと決めたから」


「州境から一番近い郡は九江だね。其処から豫章か会稽のどちらに行ったのか」


「孟徳の性格から考えると、廬江を経由して豫章から会稽に行くか、呉郡を経由して会稽から豫章に行く事を考えられるな」


「二つに一つですね」


 行程を辿っていると、道が二つあったのでどちらを進んだのか分からなくなった。


 どうするべきかと悩んでいると。


『失礼します。主君からの書状を届けに参ったという使者が参りました!』


 部屋の外から、部下が曹操からの手紙が来た事を告げた。


 まさか、曹操が手紙を送って来るとは思わなかったので、驚くが直ぐにその部下に使者を部屋に通す様に命じた。


 そして、通された使者は驚いた事に曹休であった。


「曹休! お前、無事だったのかっ」


 甥っ子である曹休が現れたので、曹洪は驚きながら、その身体を触り何処か傷が無いか確認した。


「叔父上も御無事で何よりです」


「よく此処まで来たな。大変であったろう。怪我も無いな。良し。それで、お前の両親はどうした? 母は大丈夫か? 曹遂の兄者も無事か?」


 矢継ぎ早に兄夫婦の事を訊ねる曹洪。


 そう訊ねられた曹休は、暗い顔をする。


「……叔父上。大変、申し上げづらいのですが。豫洲の混乱から逃げる際、運悪く周喁軍と孫堅軍が戦闘している所にでくわしまして。その時に父は戦闘に巻き込まれて……」


「なん、だと…………」


 曹休の口から、兄の曹遂が死亡した事を聞いて曹洪はその場に座り込んだ。


 突然の訃報に衝撃を隠せなかった様だ。


「兄者が、曹遂の兄者が、死んだ、だと……」


「叔父上。気をしっかり持って下さい」


「……あ、ああ、そうだな」


 曹休に励まされて、曹洪は直ぐに気を取り戻した。


「それで、お前はどうして孟徳の使者になったのだ?」


「祖父が呉郡太守になっていた縁で知り合いも居るので、母と共に呉郡に向かう事にしたのです。時間は掛かりましたが、何とか廬江郡には入ったのです。其処で運良く孟徳おじ上にお会いする事が出来ました」


「ほぅ、それは運が良かったな」


「……女性を口説いている所でしたので、少し気まずかったです」


 その事を思い出したのか、曹休は顔を赤くしていた。


 曹昂も恥ずかしくて、顔を赤くしていた。


 まさか、真面目に募兵をしていると思った父が、曹昂と二人の夫人の目が無いのを良い事に女性を口説くので、恥ずかしいと思ったからだ。


 曹昂の気持ちが分かる曹洪達は、何とも言えない顔で困っていた。


「……あ、ああ、とりあえず、義父上と無事に合流出来たんだろう。それでどうしたんだ?」


 凄い気まずい空気なので、董白が代わりに曹休に訪ねた。


「は、はい。それで私達は呉郡に向かう経緯を伝えると、おじ上から『済まないが、子廉達も他の郡で募兵をしているから探してきてくれないか。お前の母上はちゃんと呉郡に送り届ける』と言われたので、私は皆様の下に来たのです」


「成程。それで孟徳からの書状というのは?」


「ああ、これです」


 曹休は懐から丸まった紙を出して、曹洪に渡した。


 その紙を広げて中を見る曹洪。


「……孟徳達は九江で募兵をして、廬江を経由して豫章から会稽にいく予定であった、豫州の混乱を聞いて今は廬江にいるそうだ」


 曹操の所在が分かり、曹昂達は安堵の息を漏らした。


「それで、何処で合流するか書かれていますか?」


「ああ。新しい合流場所は廬江郡の六安県だ。この書状が届いたら、直ちに六安県に向かうように、だそうだ」


「では、直ぐに準備しないといけませんねっ」


 曹純が立ち上がり曹洪達に礼をして部屋から出て行った。


「僕達も準備に掛かろうか」


「そうだな」


 曹昂達も出発の準備の為に、部屋を出て行った。


 部屋には、曹休と曹洪だけとなった。


 その部屋で、何をしたのかは曹洪達しか知らなかった。


 だが、曹洪達が部屋を出てくる処に出くわした兵、二人の目元が赤くなっていたのを見たのであった。

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