徐州を経由して揚州へ

襄邑へと向かった曹操達は、まずは徐州州牧の陶謙に兵を募る許可を貰う為に、使者を出した。


 何の知らせも無く、陶謙が治める領地で募兵すれば、敵対する意思があると取られる可能性があったからだ。


 曹操からしたら、今の標的は董卓であるので、陶謙と敵対する意思はなかった。


 将来的には、どうなるか分からなかったが、とりあえず敵対する意思はない事を伝えた。




 使者を出した数日後。




 使者は、手に陶謙の書状を持って、帰って来た。


 曹操は使者の苦労を労いながら、その書状を手に取った。


 中を見ると、時候の挨拶やら曹操の名声に称賛する文章が書かれていた。


 そのまま、褒め称える文章を読んでいき、最後の行までいくと。


『募兵するのは構わないが、私はこの州を守る義務がある。なので、あまり連れて行かれると、州の防備に綻びが出来る』


 と書かれていた。


 兵を募るのは良いが、あまり連れて行くなと暗に書かれていた。


「……ふん。随分と気持ちが小さい事を書きおるわ」


 書状を読み終えた曹操は、呆れた様に呟く。


「そうだな。兵を募るのに、制限をかけるとは」


「陶謙は孟徳達が反董卓連合軍の兵を挙げた時は静観するだけじゃなくて、董卓に貢物を送って、刺史から州牧になった奴だからな。何を考えているか分からんな」


「しかし、別に刺史でも問題ないのに。どうして州牧になる様に声を掛けたんだろうな?」


 曹洪が疑問を口にすると、曹昂が答えた。


「その内、刺史制度が無くなると思ったから、州牧になっただけだと思います」


「はは、有り得るな」


 曹洪が笑うと、曹操達も笑い出した。


「さて、とりあえず兵を募る許可は得られたのだ。その言葉に甘えるとしよう」


 曹操が笑うのを止めると、募兵を行った。


 董卓が長安に逃げた時に追撃したお蔭か、多くの民達が曹操の下に集まった。


 これで別の地に行けば、もっと集まるかも知れないと思ったが、陶謙の書状で釘を刺されているので、これくらいで良いなと思い南下して揚州へと向かった。




 徐州を発ち、南下する事数日後には、揚州の州境に着く事が出来た。曹操達は其処で陣地を張った。


 そして、直ぐに皆を集めて話し合いが行われた。


 揚州は九江・丹陽・廬江・会稽・呉・豫章の六つの郡がある。


 曹操達は話し合いの結果、二手に分かれる事にした。


 曹操と夏候惇は、豫章・九江・会稽の三つの郡に。


 曹洪と曹昂達と曹純は、丹陽・呉・廬江の三つの郡で募兵する事になった。


 ちなみに、この組み分けは曹操が決めた。


「さて、組み分けはこうしたが。文句は無いな?」


 曹操がそう訊ねたが、皆は何も言わなかった。


「では、行動を開始する前に、募兵をする期日を決めよう」


「そうだな。何時までもダラダラと募兵しても、金も兵糧も無駄になるしな」


「その通りだ。今月の二十五日までに、豫州の竜亢県に合流する事にしよう」


 曹操の提案に皆は従った。


 今日は四月三日なので、三つの郡を回って募兵するにしても、移動などを含めても、十~十五日前後掛ければ十分であった。


 其処から、船で長江を渡ったとしても、期日までに竜亢県に着く事は出来るだろう。


「では、各々準備に掛かる様に」


 曹操がそう言うと、夏候惇以外の者達は一礼して、準備に取り掛かる為に自分の天幕へと向かった。


 夏候惇は一人残って曹操に訊ねた。


「しかし、孟徳。お前が曹昂を手元から離すとは珍しいな」


「ふむ。息子と子和とはあまり面識が無いからな。これを機に親しくしてもらいたい。それに、あまり私の手元に置いておくと、視野が狭くなるかも知れんからな。偶には、私の傍から離すのも良かろう」


「……それだけではないだろう?」


 長い付き合いなので、曹操の顔を見てまだ何か隠している事を察した夏候惇は訊ねた。


 曹操は、夏候惇の問い掛けに苦笑しつつ答えた。


「あいつが居たら女を口説く事が出来ん! 前に、あいつの居ない所で美女に声を掛けたら、何故かあいつに知られて、それを薔に言われた事があったからなっ」


「お前という奴は……」


 女性を口説く為に、息子と別行動を取るとは、とても父親とは思えない行動であった。


「仕方がないだろう。蓮が妊娠した事を薔に言わなかったから、あいつはカンカンに怒って相手もしてくれぬし、蓮も妊娠したから相手もしてくれないのだぞ。私は男だぞ。美女と酒を楽しむぐらいの事は、しても良いだろう」


 夏候惇しか居ないからか、本音を打ち明ける曹操。


「……孟徳。お前のその女好きはどうにかならぬのか?」


「無理だな」


 夏候惇は自重しろと暗に言うが、曹操は出来ないと即答する。 


「……じゃあ、せめて花嫁と人妻と未亡人には手を出すな。それを守るのだったら目を瞑ってやる」


 曹操の女好きは、最早不治の病気と言っても良いので、夏候惇は譲歩した。


「おお、流石は我が友よ。話が分かるな。しかし、花嫁はまだ分かるが、人妻と未亡人ぐらいは」


「何か言ったか?」


 夏候惇は、拳をポキポキと鳴らしながら訊ねた。


 浮かべている顔の口元は笑っているが、目は笑っていなかった。


「いや、何でもない」


 夏候惇の顔を見て、曹操は首を振った。


「はぁ、本当に頼むぞ」


「ははは、任せろ」


 曹操は胸を叩くが、それを見ても夏候惇は胸の中にある不安は消えなかった。


(ここだと薔と蓮の目が無いからか? その上、曹昂の目から離れるから余計に不安になるのだろうな)


 せめて、故郷に居た時に、起こした花嫁泥棒とその土地の有力者の人妻に手を出す事はしないでくれと夏候惇は願った。

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