兵を求めて

「どうかしたの?」


 曹昂がそう訊ねると、董白は無言で読んでいた手紙を渡した。


 その手紙を受け取った曹昂は、中身をざっと読んだ。


「……董卓からの書状だね」


「ああ、内容は読んで分かるだろう」


 ざっと目を通した感じでは、董白の事を気遣った文章が何行にも渡って書かれているが要約すると『一族の者達と離れて暮らして寂しくないか? 辛かったら何時でも長安に戻ってくると良い』と書かれていた。


「……愛されているね」


「うるせぇ。……返事は書いちゃあ駄目だよな?」


「検閲させてくれるのなら、別に良いよ」


「本当か⁉」


 まさか、手紙を出せるとは思わなかったので、驚いている董白。


「我が軍の内情を書かなければ、別に出しても問題ないよ」


 それに手紙を出していれば、何かしらの工作に使える可能性があった。なので、曹昂は手紙を出す事に反対しなかった。


「父上には僕から言っておくから」


「……ありがとよ」


 小さい声だが、感謝を述べる董白。


 それを訊いて、曹昂は微笑んだ。


「ああ、そうだ。言い忘れていたけど、兵を集める為に揚州に行くけど、付いて来る?」


「たりめえだろう。あたしが付いてないと、お前は色々な意味で心配だからな」


 董白は笑みを浮かべたが、曹昂は言葉の意味が分からなかった。


「それはどういう意味?」


「義母上曰く、外見は母親似だけど、内面は父親と同じ女たらしだから頑張りなさいって」


 実の母の様に慕い、育ての母である丁薔にそんな事を言われた曹昂は内心、衝撃を受けていた。


 董白の言葉に、貂蝉は無言で同意していた。


「そ、そんな事はないよ」


「嘘つけ」


「曹昂様。嘘はいけませんよ」


 董白と貂蝉は、半目で曹昂を見た。


 その視線の圧力に分が悪いと思ったのか、咳払いをして揚州に行く準備をするので手伝って欲しいと頼んだ。


 二人は半目で見ていたが、曹昂がそう言うのでこれ以上言っても駄目だと思ったのか準備に取り掛かった。




 数日後。




 曹操は夏候惇、曹洪、曹昂達と兵五千を連れて徐州へと向かった。


 その途中、一族の者達を豫州沛国譙県へと送った。


 曹操達は、そのまま屋敷で休まないで、徐州に向かう事にした。


 まずは、徐州で兵を募り、そして揚州で兵を貸してもらうようだ。


 屋敷の前では、曹操が曹嵩と話していた。


「父上。暫しのお別れです。どうか、お元気で」


「阿瞞よ。決して無理はするなよ。それと、私より先に逝くでないぞ」


「それについては、何とも言えませんが善処します」


「そうか。それと曹昂が作った製作所はどうするのだ?」


「それは昂と話をしたのですが、陳留に居る衛大人の下に製作所の設備を移す事にして、其処で製作してもらい、上納金を貰うようにしてもらいます。職人達も陳留へ行ってもらいます」


「そうか。では、そこら辺のところは儂に任せてくれ」


「お頼みします。父上」


 曹操は頭を下げると、馬に乗った。


「では、御達者で」


「お主もな」


 曹操は別れの言葉を交わして、軍と合流しに向かった。


 曹嵩は曹操の背が見えなくなるまで、その場に留まった。


 これが、曹操と曹嵩の最後の会話であった。




 曹操が軍と合流すると、其処には連れて来た者達以外の他に別の者が居た。


「子和。こんな所で何をしている?」


 曹操は従弟で曹仁の弟の曹純、字を子和に話し掛ける。


 二十歳になったばかりだが、口髭も顎髭も生やしていなかった。


 大きな目には理知的な光を宿していた。


 身の丈八尺約百八十センチもあった。


 ほっそりとした身体で、温厚そうな顔立ちであった。傍から見ると少し身長が高い学者の様に見えた。


 だが、これで武芸の腕が優れていた。


「孟徳従兄にいさん。僕も一族として協力しにきたよ」


「お前が? 家は良いのか?」


「もう父と母も居ないので、家は売り払い、使用人達には暇を出しました」


「そうか。では、私に付いて来てくれるか?」


「勿論です。兄共々、お仕えいたします」


 曹純は一礼する。


「ふむ。将はどれだけ居ても困る事は無い。付いて来るが良い」


「はい!」


 元気よく答える曹純。そして馬に跨った。


「出発だ!」


 曹操が号して先頭を進んだ。兵達はその後に付いて行った。


「ところで、従兄さん。どうして徐州に向かうのですか? 別にこのまま、南下して揚州で兵を貸して貰えば良いと思うのですが」


 馬に乗った曹純は曹操にそう訊ねた。


「分からんか?」


「はい。すいません」


 曹純は、しょんぼりしながら答えた。


「では、息子よ。お前は分かるか?」


 曹操は答える前に、曹昂にどうして徐州に向かうのか訊ねた。


「……徐州の刺史陶謙は反董卓連合軍に参加しませんでしたので、兵を募れば集められるからでは?」


「そうだ。それに徐州を経由して、丹陽郡に向かった方が楽だからな」


 曹操が徐州に向かう理由を教えると、皆は納得した。


「それで、まずは何処に行く? 徐州と一言で言っても広いのだぞ」


「まずは襄邑に。其処から南下して、丹陽郡と陳温の下に行って兵を貸してもらう」


 夏候惇の問い掛けにそう説明して、曹操達はまず襄邑へと向かった。

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